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地方の美術館だから過ごせる贅沢な時間

5月末、仕事で長野県上田市に行く機会があったので、空いている時間に上田市立美術館サントミューゼを訪れた。ここでは7月22日まで、100歳を超えて創作を続けている水墨抽象画の篠田桃紅の作品が90点近く展示されている。大きな施設や本でいくつか作品を見たことはあるけれど、こんなにいっぺんに触れられるなんて!と訪問前から期待していた。

結論を先に言ってしまうと、見に行って大正解だった。

サントミューゼの位置はJR上田駅から歩いて10分ほど。線路を辿っていくと大きなイオンモールが目印になって、その向かいなので迷うことはない。敷地は広く、丸い芝生敷きの広場を長い建物がぐるりと囲うような構造。市立美術館だけでなくオペラやオーケストラの公演ができるような大ホールも備えている。楽器や演劇の練習ができるスタジオや多目的ルームも複数ある。

長い建物の隅っこから入って、左側に打ちっ放しのコンクリ壁、右の窓からは広場を眺めながら美術館へ向かう。天井が高くて気持ちいい。過去の公演写真が何十枚も掲示されていて、クラッシックには疎いものの著名な人が来たんだなと思いながら通り過ぎる。写真はプロの手によるものでスタイリッシュ、たくさんあるからといって野暮なわけではない。むしろちゃんとレイアウトされていて場が格好いい。

朝早かったせいもあって歩いているのは自分だけ。コツコツとヒールの音が響いてしまうのが申し訳なく、ちょっと摺り足になる。

建物の中ほどにある美術館入り口にはカウンターと、ミュージアムショップがある。カウンターのお姉さんに促されてショップでチケットを買い、いざ2階の展示室へ。

篠田桃紅を知ったのは、彼女が103歳のときに出した本を見てからだったと思う。100歳超えの著者による出版がいくつか続いていて、その中の一人という認識だった。その後NHKの対談番組でちゃんと活動を知り、名前を見かけると気にするようになった。

1913年に満州で生まれ、父の教えで5歳頃から筆を持つ。1935年頃には20代で書を教え始める。ご本人にとっては当たり前なのだけれど「戦前ですでに大人だった人」というのはそれだけで尊い気がする。戦後、進駐で来ていたアメリカ人が水墨による抽象画を評価し始め、1956年に渡米。もうここから世界的なアーティストの道を歩んで今に至る。

特徴的なのは墨と朱・墨と金などの線が勢いよく描かれている構図で、私にとってはどれを見ても「一番置いてほしいところに線がある感じ」がする。テトリスで空いているところに形が嵌るような謎の爽快感があって、眺めているだけでなぜか安心する。

でも最初からその作風だったわけではなく、書からまだ文字が残るようなアレンジの時代があり、さらに思い切ったシンプルな構図に移ったあと墨+αの画材を使うなど、年代によって変遷していることを知った。美術館が膨大な作品群の中から「変遷をテーマに展示しよう」と考えて初心者でもわかりやすく並べた展示を、思いっきり享受した。

開場から時間が経つと年配の夫婦や若い一人客など何人か入場したけれど、同じ部屋で重なるのは数人ほど。穏やかな照明のもと、みんな静かに鑑賞している。気に入った作品があればちょっと座って眺めていられるし、解説文は自分のペースで読める。

もし東京で篠田桃紅展があったら、こんなゆったりとは見ていられなかっただろう。同時に「ほかの地方でも同じなんじゃないか」と思い当たった。そういえば去年の秋、雨の日に松本市美術館に行ったときも好きなだけ絵を眺めていられた。草間彌生の壁一杯の作品を何度も見に戻ったり、山の頂上から360°を描いた絵の中央に立ってクルクル回りながら頂上気分を味わったりした。

東京の大きな美術館、博物館はキャッチーな作品を集めて大々的に宣伝し、数万人単位でお客さんを集めている。もちろん魅力的な展示が多く並ぶ価値はあるのだけれど、意外と並ばなくても面白い作品を存分に味わえるかもしれない。地方の美術館へ足を運べば。

今回の上田市は、東京から新幹線で1時間半あれば着く。それくらいなら通勤で使っている人も多いはず。同じ時間を全然違うベクトルで伸ばすと、想像しなかった場所に到達する。

試しに「東京から1時間半」というワードで検索してみると、らいむさんという乗り鉄さんが新幹線や特急を使ったルートで「どこまで行けるか」を調べていた。記事下の表では、御殿場や名古屋、長野や新潟、福島や仙台まで1時間半圏内だという。結構行ける。

以前松本でOLをしていたとき、後輩が「週末、一人で札幌にラーメン食べに行きました」と言うので驚いた。松本〜新千歳間で飛行機が飛んでいるので、時間だけを考えると実は東京より近い。それこそ1時間半で着く。彼女はどうしても食べたいラーメンがあったので飛行機チケットを取り、食べたいラーメンを食べて帰ってきたのだという。

それくらいの気軽さで「あの街へ行こう」があってもいいし、その目的が「○○展を見たいから」でもいい。行ったら行っただけ、大都市の美術館とは違う時間の流れで作品を楽しめると思う。

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