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【読書感想】キャッチ・アンド・キル

※こちらの投稿では性加害・被害についてコメントなどを記載しておりますのでフラッシュバックなどがある方はご留意ください。

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昨年映画『SHE SAID シー・セッド その名を暴け』をamazon primeで観た。(公式サイトのリンクを押しても変なページに飛ぶので映画.comのリンクを貼ります)

この映画は映画プロデューサーのハーベイ・ワインスタインによる性加害についてニューヨーク・タイムズ紙の記者ミーガン・トゥーイーとジョディ・カンターの取材から記事掲載に至るまでを映画化したものだ。

キャッチ・アンド・キル ローナン・ファロー/関美和 訳 文芸春秋

それに対して『キャッチ・アンド・キル』は当初NBCの報道調査記者としてワインスタインの性加害について追っていたローナン・ファローによる当該スクープにまつわる出来事をまとめた本だ。

性加害の告発は難しい側面を孕んでいるといつもこういった出来事が報道されるたびに思う。被害者の職業やこれまでの行為、被害後の行動によって告発自体の信ぴょう性を疑われることがある。それは二次加害にあたる。『キャッチ・アンド・キル』の中にも信ぴょう性の低い話をしに来る人もいてそれを記者として選り分けていかなければいけない場面も出てくる。そういうこともあるのなら、外野は信じられる話かどうか分かるまで静かにしていようという人がいるのは理解はできる。でもこの取材の過程でも他にも被害を訴えてインタビューに答えている人がいるということが別の被害者の気持ちを動かしていくことがあったり、この報道から#MeToo運動が始まったりなど連帯することで被害の実態が浮かび上がることもある。
二次加害をする人の中には告発によって被害者が何か得をするようなイメージがあるように思うのだが、そうだろうか?この本の中にでてくる人々は著者を含めてスパイ組織に狙われたり、勇気をもって話をしても信じていた人々に裏切られたりする。性加害による被害者ではないが著者のNBCでの上司とのやり取りは本当に最悪な気持ちになるし、ネタバレになるがNBCでの仕事も失われる。

私の性被害について述べれば、小学生ぐらいのときに公共のトイレから出てきて男女が合流する踊り場で知らないおじさんに腕を撫でられて、そのことをやっと夜親に打ち明けたらなんで早く言わないんだと怒られたり、大学生の時は毎日満員電車に乗っていたせいか一年に一回以上は痴漢に合っていたこともある。でも友達が通り道で後ろから知らない人に抱きしめられて「ふざけんな」と怒鳴って事なきを得た話を笑って聞いてしまったこともある。
胸糞の悪い著者のNBCでの話や被害者たちが被害後も加害者のもとに帰ってしまうようなことも被害の程度の差が大きいが私は被害者でも加害者でもあったことがあるように思う。性加害じゃなくてパワーハラスメントのような話で言えば以前いた職場で上司からパワハラを受けていたと思うけど毎日の生活とここを離れて別の会社で働ける自信がなく迎合していたし、上司から命じられるがまま、あるいは言われていなくても空気を読んで、意見することもなく自分より弱い立場に当たる人たちを怒鳴りつけたり人前で叱責したことも多々ある。戦う勇気は持てないままに、私はもうこれ以上自分を嫌いになりたくなくてその仕事辞めた。

人間は多面的な生き物だと思う。本当は自分を誇りに思えるようにおかしいと思うことには声をあげたいし著者のように誰かのために戦える勇気がほしい。せめて自分にも加害性があることを自覚していきたいと思う。最後に下記を引用して終わりにする。

暴行をおこなうのは上司や家族や、その後の人生で避けられない人たちであることが多い。暴行のあとで連絡をとっていたことが、告発の信頼性を損ね攻撃の材料にされることはわかっていたと言う。彼女がワインスタインのもとに戻ったのにはさまざまな理由があった。彼女は脅かされ、まとわりつかれてヘトヘトに疲れ切っていた。最初の暴行以来、何年経ってもワインスタインに会うたび自分の無力さを思い知らされた。「彼の前では自分が小さくてバカで弱い人間になった気がした」。彼女は何とか言葉にしようとして泣き崩れた。「レイプのあとは、彼が勝ったのよ」

ローナン・ファロー、関美和『キャッチ・アンド・キル』、文芸春秋、2022、p287(ISBN 978-4-16-391526-5)

それでも、示談金で被害者の口を封じてきた人間に被害を受けたと訴えたアルジェント自身もまた示談金を支払っていたことで、マスコミは彼女の訴えを欺瞞だと決めつけた。
 だが、アルジェントが示談金を支払ったからといって、ワインスタインの件が真実であることに変わりない。彼女の話は当時それを見た人や聞いた人によって裏付けられている。性的虐待の被害者は、加害者にもなり得る。性犯罪に詳しい心理学者なら、そのケースが非常に多いことはわかっている。だが、今の世の中では被害者は聖人であることを求められ、聖人でなければ罪人扱いされてしまう。その夏に声をあげた女性たちは、ただの人間だった。アルジェントも含めて全員が勇気ある行動を取ったことは認めるとして、だからといって被害から何年も経ってとった行動は言い訳できない。

ローナン・ファロー、関美和『キャッチ・アンド・キル』、文芸春秋、2022、p288(ISBN 978-4-16-391526-5)



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