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それはもう綱渡りをする人みたいに

12月末 すごく年の瀬。

遅い通勤、駅までの道を俯いて歩いていたら視界に靴下が入った。

靴下?

ちょっと色褪せた水色地、側面に沿って白い線が一本入った靴下がすいすい視界の左上を出たり入ったりしている。

え?と思って顔を上げたら2メートルほど先で若い男の子が右足の靴を脱いで逆さまにしていた。バランスをとる靴下の右足は器用で、綱渡りの人のそれの様で、何度かすいすい、すいすーいとした後に一度も地面につくことなく、またすいっと靴に吸い込まれていって、素晴らしかった。

私だったら3回や4回は地面に先っちょをつけちゃうだろうし、つけちゃった事は内緒にする、心の中で、自分自身にも。それは秘めた行いの一部になるだろう。あ、着いちゃった、3秒ルール。あっ、着いちゃった、3秒ルール。

彼の足はそれはそれは大胆で、大胆に右足を掲げていて、地面についている左足とひょいひょいと浮いている右足の角度は直角に少し足りない80度ぐらい、なんだかとにかく大胆に素晴らしく、すいすいひょいひょいしており、良いものを見た気持ちでいっぱいになった。

運動神経いいな。私は最初にそう思った。コンプレックスでも無いけれど、もう本当に自分の運動神経が皆無なことは純然たる事実なので、運動神経いいって良いな。と。いつもの言い訳をしてしまう。運動神経無いから私には無理だな。(やっぱり運動神経は少しだけ私のコンプレックスなのかもしれない)
バランス感覚の方かな。次にそう思った。自分のバランス感覚だって自信がないのだけれど。

もしかしたら、もしかしたら足の角度かもしれない、最終的にそう思う。あのぐらい開いたら私にもできるのかもしれないと。

次、やろう。
次、私の靴に小石が入ったら、足を80度ぐらいにひろげて片足で立とう。
すいすいとおっとっととを混ぜて、綱渡りをするみたいに。
出来るかもしれない。少し嬉しくなって顔を上げたら青空で、冬の空だった。

冬の空は色が薄いよね、って1人頷く。

ふいと視線を戻すと、先程の彼はずいぶん前にいて、コンビニに流れ着いていた。たぶん彼は今日は休みで、なぜなら髪の毛なんか立っているだけで風に吹かれているみたいに寝癖だらけで、こんな景色を見るとこの時期だけは年の瀬だなぁと思う。

クリスマスが終わってから大晦日の数日間の空気が好きだ。
忙しないのにしんとしていて、自分だけがスローモーションの中にいるみたいで、かと思ったら同じスローモーションを生きてる人を発見したりして。はたまた自分が早送りになってる時だってあって。

何を見ても年の瀬だなぁと思うから。思ってまた少し嬉しくなって足を早めた。

空気は冷たいけれど柔らかく、あたたかく、いつもの年末では無いみたい。

歩きながら、さっきまで自分が俯き過ぎていた事に気がついた。
私はいつも俯き過ぎている。

斜め上を向いて歩こう。それはもう綱渡りをする人みたいに。

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