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ある老人の依頼。【短編小説】

宣伝用の動画を作ってほしいと依頼があり13時にその老人の家へ着いた。

車が1台分しか通れない狭い道を抜け、空き地を2つ挟んだ場所にその家はあった。少し壁にひび割れはあるが、どこにでもあるような一軒家。

インターフォンを押すと、老人が顔を出した。
眼光が鋭いが、特段威圧的でもない、白髪の短髪、紺のシャツにスエットパンツ。
「ご苦労様です」
と、僕に言った。
「よろしくお願いします」

居間へ案内される。
本棚が目立つ。机の上に無造作に書類らしきものが重ねられていて、ノートパソコンが1台と、その周りに何かしらの書き物が途中であるのが見受けられた。

椅子に座り、その、老人と向かい合った。
「宣伝用の動画を撮影したいとうかがっていますが、どのようなものを撮影しますか?」
老人は頷くと、
「わたしの撮影をしていただきたい」
「え、あ、はい」
「言いにくいのですが、わたしは少し特殊な傾向がありまして、それでカメラを置いて一人で撮影するとどうしても一つうまくできないことがあるのです」
「特殊な傾向、ですか」
「これを」
と、老人は文字が印刷された紙を僕に渡した。

いくつか質問が書かれている。
「わたしがカメラの前で話します。5分ほどしたら、あなたはこの紙に書かれた質問をわたしにして頂けますか?」
「はい。これは、ネットに上げる用ですよね」
「ええ、わたしが今まで調べ上げた成果を宣伝したいと考えてます」

僕はハンディカムをセッテングして、老人をカメラの前に座らせた。

「いつでも話し始めてください」
老人がカメラを睨み頷いた。
姿勢をただし、
「今回は、わたしに関する様々な誤解と、その説明について正しく理解してもらおうと思っています。まず、わたしが飼っていた猫について。誓ってもいい、わたしはあの猫を心から愛していた。だが、唐突に消えたこと、それと様々なわたしに関する悪い噂が重なり、あの猫はわたしに殺された。そういえばあの猫も最近見ない、きっとその猫達も殺したんだ。そんな噂が広まっているらしい」

猫を殺した?
僕はハンディカムの横でなんの話をしているのか理解が追いつかないでいた。

「まず、いくつかの不自然なことが起こり、わたしには別人格がある。そう仮説をたてた。その人格がどうして現れるのか? わたしは自らを注意深く探り、突き止めた。足を組み、右耳を触ったとき、何度か記憶が飛ぶことが分かった。わたしの癖だ。そして、その記憶のない状態でわたしは何をしていたのか、カメラで撮影することに成功した。それがこの動画だ」

と、ここで老人は、わたしを見て、
「この動画は後で渡すので編集のとき加えてください」
僕は頷く。

「見てもらったように、わたしはなにか興奮したように叫び、猫を追いかけ、そしてどこかへ電話をかけている。ひたすら暴言を吐き、そのうち気を失う。何度か試みたが、毎回ほぼこれと同じ展開だった。良からぬ噂はたぶん、この別人格の叫び声を聞いた近所の人たちから出てる可能性がある。このことを知ったわたしは猫を知人に引取ってもらった。誤解があったこと別人格とはいえ改めて申し訳なかった」

なんの話をしてるんだ。
別人格。暴言の電話?

「この暴言を注意深く聞くと、別人格の言動に共通点があることに気づいた。この人格が出なくなるようにできないか? そうわたしは考えた。確率的にわたしが足を組み、右耳を触れば出てくるが、そうじゃないときもある。いつ出てくるか分からないその存在にわたし自身が一番怯えていた。そこで、今日わたしは別人格のわたしを説得してみたいと思う。いくつか質問を用意し、できればもう出てこないようにしたい」

質問って、この紙のことか。
え?
いや。

「では、別人格を呼び込みます」

と、老人は足を組み、右耳に触れた。
すると、突然ガタッと背もたれに引き寄せられ、両腕がダランと下がった。

「……」

と、突然立ち上がり、
「なんでだよぉーっ!」
と、大声で叫び始めた。
僕はビックリして少し後ろへ身体を反らした。
大声が苦手なんだ。

老人は「なんでだよぉー!」を繰り返し、辺りを歩き、電話の子機をとると、ダイヤルを押し、耳に当て、またしばらくして、
「なんでだよぉー!」
と、叫んだ。

怖い。
なんなのだろう。
僕は、全身に寒気を感じつつ、そうだと、渡されたプリントを思い出した。

「はじめ君」
と、まず呼ぶと書いてある。まず呼ぶ?
「はじめ君!」

老人は叫ぶのをやめ、
「なに? なんだお前は!」
と、僕に言った。

僕はプリントに目を移し、質問を続ける。
「ナナちゃんでしょ?」
なんだこの質問。

「そうだ、ナナちゃんだ」
「悪気はなかったんだ。急な引っ越しだったらしい」
「は? お前に何がわかる」
質問返しはやめてくれ。続ける。
「はじめ君の事好きだから言えなかったんだってよ。だけどよく聞いて」
「引っ越しってなんだ!」
食い違い始めてる。
「8年後、ナナちゃんと再会する。だから大丈夫、安心しろ」
「は?」
この後、プリントには、「大丈夫、安心しろ」を繰り返すと書かれている。
「嘘だろ」
「大丈夫、安心しろ」
「会えなかったら死ぬか?」
「大丈夫、安心しろ」
「ナナちゃんは僕のこと好きなの?」
「大丈夫、安心しろ」

老人は静かになり、その場に三角座りをして、頭を下げた。
「……」
なんだろうこれは? 僕はわけが分からず、事の成り行きを見守った。

老人が顔を上げた。
そして、ゆっくりと立ち上がり、椅子に座った。
そしてカメラを見つめ、
「たぶん、これで大丈夫でしょう。どうか、わたしへの誤解が解けますように」
そう言って、頭を下げた。

撮影が終わった。

「ありがとうございました。編集が上がるのお待ちしてます」

老人が言うには、最近自分の別人格が現れ、それで地域で変な噂がたっていると、その人格は子供の頃の自分で、好きだった少女に裏切られた悲しみで苦しんでいるのだと気づいた。なので、説得を試みた。それを動画にして、誤解をときたいということだった。「逆に余計変な噂たちませんか?」と聞いたが、「かもしれない」と、老人は笑った。
僕は、その表情を見て、まあ、わかってはいるのかと、少し安心した。

ちなみに8年後、ナナちゃんと再開したのかについては、
「昔のこと過ぎて覚えてない」
と、言っていた。

動画が完成して、メールで納品した。
1ヶ月後にYouTubeにアップされていたその動画を見たら、再生数は26回だった。

コメント欄に。
「斬新な短編映画ですね、うちの劇団入りませんか?」
と、小劇団のアカントからコメントされていた。
その劇団のちゃんねるに行くと、老人が研究生として、劇団員から質問を受付けるコーナーをやっていた。

僕は途中までその動画を見たあと、少しだけほっとしてワーナー公式の浅香唯のライブ動画へと切り替えた。





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