バーチャルYouTuberの死とは何か?

Project:;COLDの登場により、「バーチャルYouTuber(VTuber)の死」という概念が去年注目され、様々な議論を呼んだ。Project:;COLDのあらすじは以下の動画を見ていただくとして、さっそく本題に移りたい。

そもそもバーチャルの定義が出来ていない問題

「バーチャルYouTuberって死ぬんだ」だといった短観的な反応から、「演者が死んだんだろ それってどうなんだよ」といった勘違いなど様々な反応を見せた本件。ここまでバーチャルYouTuberの死について議論を呼んだのは各々にとってのバーチャルYouTuberの定義が異なるからだろう。

現在バーチャルYouTuberには様々な定義がされているが、私が先日編集したWikipediaでの定義では以下のように定義している。

バーチャルYouTuberは、2016年12月に活動を開始したキズナアイがYouTuber活動を行う際に自身を称した事に始まる語であり、2017年末以降では主にインターネットやメディアで活動する2DCGや3DCGで描画されたキャラクター(アバター)、もしくはそれらを用いて動画投稿・生放送を行う配信者の総称を指す語として使用されている

私が調べてきた限りでは、VTuberの定義は大きく分かれて「キャラクターやアバターそのもの」か「キャラクターやアバターの演者」や「キャラクターのYouTuber」といった概念に分かれている。これはほんの数例の例外は除いて、概ねのメディアでこのような定義がされている。

しかし、その定義そのものが「キズナアイに似たもの」に寄った定義になっているという泉信行氏の指摘もあるように(参考)、これらの定義は実態を伴った定義ではないというのが確かだ。だから前述のような勘違いやトラブルを生む原因となったと私は考えている。

では、実際にバーチャルYouTuberの死とは何か。実例をもとに考えていきたい。なお、下記は実際に亡くなった人物に対する記述も含まれる。不快に思われる方もいるかもしれないが、その点はご了承いただきたい。

キャラクターとしての死: キャラクターって死ぬの?

キャラクターとしての死とは何だろうか。私は「死んだキャラクター」と聞いて瞬時に思いつくアニメキャラクターが少なくとも2人いる。『魔法少女まどかマギカ』の巴マミと『School Days』の伊藤誠だろう。

この2人に共通するのは、実際に放映された当時にキャラクターとして死亡して話題になったことだ。そもそも、エロを全面に押し出したこともあり、放送規制の対象になったSchool Daysはnice boat.という特殊要因もあるが、話題になったことは間違いないだろう。

この2人は本編中に登場人物や敵にやられることで、その時系列において2度と生きたシーンが登場しない。つまり、我々の現実世界でも生きていた人間が生き返ってこないようにキャラクターとして死んでいるのだ。
(※ただし、巴マミはその後も別時間軸で登場はするので注意)

キャラクターというものは、作者によって諸事情によって2度と出されないこともある。こういった2度と登場しないものをキャラクターの死と私は捉えている。

キャラクターとしての死: バーチャルYouTuberの場合

では、バーチャルYouTuberがキャラクターとして2度と登場しない時と死とは何か。パターンは3つ考えられる。

1. そもそもそのバーチャルキャラクターは日の目を見ることがなかった。
2. 引退や失踪など2度と人目に現れない状態になる。
3. Project:;COLDのようにバーチャルキャラクターの設定として「死」という概念を付与する

この中で一概にどれが多いか……というのは答えることが難しいが、どのパターンも数多く存在する。

1.の例では、現在でも活動しているバーチャルYouTuberを抱える多くの企業は実際に稼働することがなかったアバターを抱えている。記憶に新しい事件として、星野ニアがあげられるだろう。
星野ニアは、実際に日の目の見ることのなかったバーチャルYouTuberのアバターとして配布され、多くの星野ニアという存在が誕生している(参考)。
この日の目に見なかったバーチャルキャラクターは、企業に限らず、個人にも少なからず存在していることであり、REALITYやVRoidをはじめ様々なアバター作成ツールで塩漬け状態になっている個人所有モデルが多いことは容易に想像つく。

2.の例では、毎日起こる。ある意味現実の死に近い概念だろう。この現世を去るように、毎日誰かがこのバーチャルという世界を去っていく。そして、2度とその動いている姿は見ることがなくなる。我々はそうやって毎日引退や失踪を目にして生きながらえてきた。

3.の例では、BOOGEY VOXXIcotsu語部紡をはじめ、様々なアンデッドや幽霊といった設定を持つバーチャルYouTuberにも言えることだ。ただ、これらはProject:;COLDのように途中から死ぬのではなく、多くは最初から死んでいる。本当の死というものを表現した例では、Project:;COLD以外では「イヴ」という存在が最もなのかもしれないが、ネタバレになるためここでは説明を省きたい(参考)。

ここまで1-3までの例を見てきたが、少なくとも3の例が実際に死ぬシーンや死んだ事後というものを見せる演出をしてきた例が少ないため、実態を伴った例の中では最もすくない例と言えるかもしれない。ここまでが、バーチャルキャラクターとしての死の話だ。

現実の死: 中国の場合

バーチャルYouTuberは主導者を失えば、動かすことは難しくなり、実質的な死を多くは迎えることになる。

2021年1月22日、墨茶 OfficialというBilibiliチャンネルを運営していた男性が亡くなった。これは国内では全く話題になっていないが、中国メディア一部では、このことが報道され話題を呼んだ(参考)。

しかし、この話題になったのはVTuberだからであるからではなく、中国の貧富の格差による問題の一環として取りざたされたからだった。

電脳女将・千鶴の場合

サブカルチャーとTwitterに長年入り浸っているオタクの中で大分県由布市湯布院町湯平にあった旅館「つるや隠宅」という宿を知らないものはいないだろう。それが、去年の記録的な豪雨の影響で閉鎖・廃業したのだ。

理由としては様々あるだろうが、最もだろう要因は女将さんや女将の孫である渡辺健太さんら旅館を営む家族4名が亡くなったことにあるだろう(参考)。

特に渡辺健太さんは、つるや隠宅をサブカルチャーと結び付けた重要人物で旅館のアカウントで常にVTuberの限界オタクをしていたのも彼だった。
しかし、去年の大分県の記録的豪雨の被害に遭われて帰らぬ人に。

渡辺健太さんが考案した千鶴は、声優さんを迎えてVTuberとなったが、今回の事故によって一切の動きが出来なくなっていた。しかし、107日後に様々なことを経てTwitterに復活した。

千鶴は確かに自分を動かす大切な人を失った。しかし、多くの人が協力することで再度千鶴として「ありがとう」を伝える活動を行うことが出来た。……多くの人にはここまでの記憶までは残っていると思うが、この話には続きがある。

「別府タワーちゃん」 新たな公式キャラクターに - 大分合同新聞

渡辺健太さんは、おおいたバーチャル応援団・Vチアーズという大分を応援するバーチャル応援団の発起人の1人となっていた。市の観光開発担当者はこの渡辺健太さんの参加してくれたことに感謝を示し、その意思を継いで現在も活動は続いている。つまり、一度は死んだと思われた意思はまだ生き続けているのだ。

バーチャルキャラクターとは2度目の出会いというものがあり得るが、現実の人間はそうとはいかない。でも、その意思が継がれていくことによってバーチャルキャラクターは生き続けることが出来る。これが、バーチャルキャラクターの死というものの実情だ。

キャラクターのお葬式

一方で、みなさんはキャラクターのお葬式というものが過去あったことをご存じだろうか。それは漫画『あしたのジョー』の登場人物、力石徹が最終話で亡くなり、1970年3月24日に談社講堂で実際執り行われたというのだ。

しかも、お葬式は本格的なものであり、当日はお坊さんが呼ばれ、読経がされる中、キャラクターの慰霊写真は当たり前のように置かれ、当時の漫画誌の紙面には「力石徹が死んだ あしたのジョー ファンの集い」というタイトルで訃報が設けられていた。

その後も漫画『北斗の拳』のラオウをはじめ、同じような葬儀は数例ながら執り行われ、これらは宗教学やメディア学の研究対象になっている。ユリイカのバーチャルYouTuber特集でもこの葬儀のことは書かれているし、情報処理学会では、今回noteに書いたようなVTuberの死についての内容が書かれている(参考)。

今後、バーチャルYouTuberと死というトピックスは人間が関わる以上、何度か話題になることだろう。さらなるバーチャルYouTuberに対する理解が進み、千鶴さんのような意思を継いでいく展開が常あってほしいと願うばかりだ。

古月

【おことわり】
今回事例として紹介いたしました、墨茶さん、渡辺健太さんの没命に際し、謹んで哀悼の意を表します。

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