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吉祥寺のライブハウスを出ると、月が綺麗に見えていた

いまから10年前。
大学4年生になったばかりの4月に、無事に働き先が決まった。
それと同時に、本来であれば最後のモラトリアムを、何も考えずに謳歌するような期間が始まった。
しかし、僕にはひたすら焦燥感があった。

本当にこの会社で良いんだろうか。
転勤がずっと付き纏うけど、本当に良いんだろうか。
面接で会った偉そうなおじさんたちみたいに、僕はなるんだろうか。
もらうことができる給料は見えたけれど、それで幸せになれるんだろうか。
楽しくて、面白い出来事はあるんだろうか。

見えてきた将来へのなんとなくの不安に加えて、意志が強くて考えがしっかりしている同期の内定者と話をしていると、自分が人生を無駄に過ごしてしてきたような気にもなった。
色んな人から祝福されて、楽しみだね、っていう話をされたけれど、結構曖昧な返事をしていた。
下北沢の居酒屋でもらった励ましの言葉も、なんだか逆に重荷になっていた。
自分が知っている社会人の人たちみたいに、僕は社会でやっていけるのだろうか。

そんな気持ちにピッタリ合って、当時何度も聴いていたのが、ふくろうずの「キャラウェイ」という曲だ。

夜にランニングや散歩をしながら、イヤフォンで何度も聴いた。
メロディーも歌詞も、独りの夜に寄り添ってくれた。

そしてこの曲が聴きたくて、ふくろうずが出演する、吉祥寺のSEATAというライブハウスで行われるThe Mirraz主催のイベントのチケットを取った。

吉祥寺には仲が良かった友だちが住んでいたこともあって、大学時代はそこそこ足を運んでいた。
公園口にある安いチェーンの居酒屋に行って、飲み終わりに武蔵家で味濃いめ麺多め油多めのラーメンを、ライスと一緒に食べるのが定番だった。
ハーモニカ横丁や井の頭公園にはあまり行かなかったけれど、サンロードをよくうろうろした。今はなくなってしまった、ムーミンスタンドには何度か行った。

SEATAは、あまり歩いたことがなかった通りをまっすぐ進んだ、駐輪場の地下にあるライブハウスだった。
着いた時、駐輪場から自転車を押しながら出てきた子ども連れの主婦や高校生とすれ違った。

当時、今以上に吉祥寺は人気タウンとしてチヤホヤされていた気がする。
だからすれ違う人を横目に「この人たちは結構値段が高い家に住んでるのだなあ」と感心して、住んでいた友だちが割と平凡だったことも思い出して「別に高くない家もあるのか」とか考えた。
大学生の頃は実家暮らしだったので、家にどれくらいのお金が掛かるかはまったくわからなかった。


イベントは、とても楽しかった。
主催のMirrazのライブが良かったし、何よりふくろうずのライブがとても良かった。

満足して地下のライブハウスから外に出ると、月が綺麗に見えていた。
狭い箱だったから耳鳴りがしていて少し迷ったけれど、ガードレールの上に座って耳にイヤフォンを刺した。
残念ながらライブで演奏されなかったキャラウェイを、聴きたくなった。


耳鳴りで少し聴き取りづらかったけれど、歌詞が自分の身体に入ってきた。

来年の今頃は東京にいないことは決まっていて、どこで生活しているかはわからないけれど。
付き合う友だちも、変わっているのかもしれないけれど。
終わりが見えてきた今の恋愛も、終わっているのかもしれないけれど。

おぼつかない夜はこうして月を見上げて、なんとかやっていけると良いなあ。

センチな気持ちになっているとお腹が空いてきたので、いつも通り武蔵家にラーメンライスを食べに行くことにした。

キャラウェイ / ふくろうず


<太・プロフィール> Twitterアカウント:@futoshi_oli
▽東京生まれ東京育ち。
▽小学校から高校まで公立育ち、サッカーをしながら平凡に過ごす。
▽文学好きの両親の影響で小説を読み漁り、大学時代はライブハウスや映画館で多くの時間を過ごす。
▽新卒で地方勤務、ベンチャー企業への転職失敗などを経て、会社員を続ける。
▽週末に横浜F・マリノスの試合を観に行くことが生きがい。

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