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当たり前、なんてないんだから

いま自分が住んでいる街は、通っていた大学がある街だ。
僕が引っ越したことを報せてから、同じ大学に通っていた、いまは少し離れた場所に住んでいる友人たちが、わざわざ遊びに来てくれた。

商店街を「うわー、懐かしい」「なんかエモいなあ」と言いながら歩く友人たちと、大学時代に通っていた居酒屋に入ると、10年以上前の昔話に花が咲く。
みんなちょっとずつ変わっていたり大人になったりしてはいるけれど、本質的な部分は変わっていないのがわかって、それがちょっと嬉しくてとても楽しい。

ただ解散はあの頃より早い。
みんな家庭を持っていて、誰が言い始めるでもなく、早めに解散する。
帰り道は楽しかった余韻に浸りながらも、ちょっとだけ寂しさを感じる。
そして、生きている間に、この友人たちとあと何回会うことができるかな、なんてことを考える。

毎日のように友人たちと顔を合わせていたあの頃、身の回りにいる人たちといつまで付き合うか、あと何回会えるかなんて、考えたこともなかった。
これからもずっと、一緒に生活していくようにさえ思っていた。
目の前にある関係は、当たり前にあるものだと、無意識に信じ切っていたのだ。

でも、あの頃に毎日会っていた友人たちとは段々と会う頻度が減っていき、今では一年に一回会うかどうか、みたいな関係になった。
当たり前だと思っていたことは、当たり前ではなかったのだ。


友人たちと過ごした大学時代。
僕は音楽をテーマにしたフリーペーパーを作るサークルに入っていて、好きなバンドにアポを取ってインタビュー取材を何回かしたことがあった。
レーベルに所属して、CDを出したり、夏フェスに出演したりしているバンドでも、学生からのお願いということもあってか、取材を快く引き受けてくれることが多かった。

いまからちょうど10年前、僕は昔から好きだった、ギターロックのカッコ良いスリーピースバンドに取材することになった。
その時の取材は、ある一曲の歌詞を掘り下げて紹介する、という企画だった。

指定された取材先は三軒茶屋のスタジオで、ライブのリハーサルの合間に、1時間弱の時間をもらった。
インタビューには、ボーカルの下平さんが応えてくれるという。

好きなバンドということで、また三茶という場所に対してかなり緊張していた僕を、下平さんは笑顔で迎えてくれて、一度握手してから取材が始まった。

冒頭、僕が下平さんにいつもどんな気持ちで歌詞を書いているのか、という質問を投げかけると、下平さんは一気に真剣な顔になった。

「僕はね、大事な人と一緒にテレビを見たりご飯を食べたりする何気ない日常が、当たり前じゃないんだよっていう警告をみんなにしたいんですね」

下平さんは、長い間一緒にいた、当たり前にずっとそばにいると思っていた交際相手と別れてしまった。
それ以来、出会いや別れは頻繁に起こるということ、当たり前に思っていることは当たり前ではないという強い想いを、一曲一曲に込めるようになったという。

その話を聞いて、正直僕は「なんかちょっとありがちだなあ」とか呑気な感想を持った。
でも、当時の自分にとって、30近い年齢の大人の言葉は、すごく印象に残った。



そして、最近は自分の周りの大切な人と会うたび、日常を一緒に過ごすたび、三茶のスタジオで聞いた下平さんの言葉を思い出すことが増えた。

少しでも油断すると、目の前にある日常が当たり前なものだと勘違いしてしまうけれど、下平さんが作った音楽や僕に話してくれた言葉が、そうではないよ、と言ってくれる。

身近な話で言えば健康診断の評価は随分Aになることを見なくなったり、お酒も翌日に残りやすくなったりしているし、少し視野を広げるとすぐそこで戦争や気候変動も起きている。
いま、日常だと思っていることが、日常ではなくなるリスクなんて、あちらこちらに広がっているのだ。

それでも、小さ過ぎる自分にできることなんて、いくつもある訳でもない。
僕が影響を与えられる範囲も、そんなに広くはない。

だからこそ、いまこの瞬間を、もっと生きないといけないんだろうな、と思う。

でも、頭でっかちに、「もったいない、もったいない」「今しかない、今しかない」と考えるのではない。先のことを考えて、不安になるのも違う。

見えている景色や、目の前にいる人との時間が当たり前ではないこと。
下平さんのように、僕も誰かに伝えていきたいなと思っている。

Boy&Girl / Half-Life


<太・プロフィール> Twitterアカウント:@futoshi_oli
▽東京生まれ東京育ち。
▽小学校から高校まで公立育ち、サッカーをしながら平凡に過ごす。
▽文学好きの両親の影響で小説を読み漁り、大学時代はライブハウスや映画館で多くの時間を過ごす。
▽新卒で地方勤務、ベンチャー企業への転職失敗を経て、今は広告制作会社勤務。
▽週末に横浜F・マリノスの試合を観に行くことが生きがい。

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