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自分のこと出来損ないと思っていても

※この記事は約1800文字です。
※5分で読めます。

いきなりですが
あなたは自分が好きな人ですか?


多分、声を大にして「自分が好きです」って言える人は少ないと思います。

当然、僕もです。

「それは若さからくる経験不足でしょ」
「もっと経験すればいいのに」

人生経験のある人はそう思うと思いますし、その通りです。


ただそんなこと言われても

「何を経験すればいいんだろう」
「抽象的すぎて分からない」

と思っていました。そして何を経験するにしてもそこから動けない自分がいる。

そしてそんな自分の行動を制限するものの正体も分からない。苦しい。苦しいな。

自覚できないけど抱え続けるには酷な苦しみの正体


それを自覚させてくれたのは、旅中に山梨のゲストハウスで出会った人でした。(以下その人をAさんと呼びます)



Aさんはたまたまゲストハウスの共用スペースに居ただけの本当に赤の他人でした。




だけどパッと見すごく話しやすそうな人だと思ったから、思わず声をかけました。

案の定Aさんはすごく話しやすかった。そして4人の子供を育てた母の強さと優しさがある人だった。そんな人だったからこそ

「自分のことが好きになれない」


という長く続くその苦しみのことを話したいと思ったのかな

話の勢いが止まらず、身の上話をだんだん語るようになりました。





ここから少し過去の話にはなります。(打ち明けるのに少し勇気はいるんですが、、書きます。)






大学1回生の頃、僕はミスタードーナツで初めてのバイトをしていました。

だけど、そこで壊滅的なまでに何もできなくて

毎日怒られてばかりで

お客さんの前でも怒られてばかりで

その使えなさから友達からは
「先輩たちがみんなたーぼーの悪口を言ってるよ」と言われて

心をへし折られて

自己肯定感が一気に落ちた経験があります。

それ以来どこで働いても、何なら働いてなくても何か失敗したら「その時のできなかった自分」がずっとリマインドされ続けました。

「周りの人が当たり前にできていることが1人だけずっと出来ていない」

そんな思い込みが自分の頭の中で5年以上も続いて

その結果何をやっても続けられず、怖くなって逃げて、結局上手くいかなくて


何も踏み出せない自分のことすっごく嫌いでした。


その結果、極力自分の感情を殺すように生きるようになりました。


そんな何も出来ない自分なのだから、人間らしく感情を抱く意味はない。


だから怒ることも悲しむことも笑うことも封じてしまいたくなりました。

24歳になった今でも、感情を表現することが苦手です。

人前で泣くことはもちろん出来ないし、怒っててもその感情をハッキリ出すことが出来ないし、心から笑い、誰かのことを思う瞬間もほぼない。



とにかく思考も行動も「自分が嫌いだから」が前提にくるものばかり




そんな話をAさんにしました。するとAさんは

「もったいないよ。あなたのことが好きな人や友達に失礼だと思わないの?」

「辛い過去があって自分を受け付けられなくなってしまうのは分かる」

「だけどもったいないよ。あなたには良いところがいっぱいある。見ず知らずの私に話しかけてくれたり、旅をする行動力があったり、聞いた話だと素敵な友達もいるのに」

「その良いところを全て否定してしまうから、結局何にも続かなくなるんでしょ?」

「大丈夫、もし誰かに傷つけられても、誰かがその傷を癒してくれるから」



Aさんからそう言われハッとしました。

「そっか、どんなに自分は出来損ないだと思っていても、それでも否定しなくていいし、寄り添ってくれる人は絶対いる。」

初めて心からそう思いました。

何も出来なさすぎても、どんなに壊滅的に失敗したとしても、それでもそんな自分を受け入れてくれる人はいるのに、自分はそれを受け入れようとしなかった。

だから結局自分で自分を苦しめてた。でもそれは誰も幸せにならない。

だったらいっそもっと人らしく生きていい。わがままや愚痴も言っていいし、怒ってもいいし、泣いてもいい。


まだどこか素直に感情が出てこない自分がいるのですが、心が動きました。

「どんなに自分が置いていかれたと思っても、動き出せる。その動き出しを陰で見守ってくれてる人はいる。だから怖がらないで」

何度も言い聞かせる。何度だって


そしてAさんと、いつも僕と仲良くしてくれてるみんな、これを読んでくれてる人たち

あなたたちのおかげで今の元気な僕がいます。


「本当にありがとう」



Aさんからもらったハムサンド
美味しかったなぁ




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