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RPG in 本の森

時間が空くと、本屋をウロウロすることが多い。
特段欲しい本がなくても、行くあて無く店内を彷徨い、気になったジャケットやタイトルに惹かれた作品を数ページ読んでみるなどする。

二子玉川で友人と待ち合わせをしていたある日。
約束の時間まで2時間を残していたため、私は初めて「蔦屋家電」を訪れた。

店名からなんとなくの想像はつくが、本屋と家電屋が一緒になっているのだろう。
その程度の軽い心持ちで入店すると、そこは想像を超える空間だった。

家電だけではない。店内には、インテリアや雑貨、カフェ、ワーキングスペースなど、ここが本屋であることを忘れてしまうようなラインナップだ。
そして、家電をはじめとする雑貨類の間を縫うように、そのジャンルに沿った本が立ち並んでいる。
「買いたいもの」のジャンルを超え、「知りたいこと」のジャンルごとに統一されたレイアウトは、「あれも買いたい、これも買いたい」という購買意欲を掻き立てる。


長い冒険の始まり

今回に関しては目当ての本があった。
SEKAI NO OWARIのメンバーであるSaoriさんのエッセイ、「ねじねじ録」と「ざくろちゃん、はじめまして」だ。
SEKAI NO OWARIの音楽は中学時代から好きだったが、彼女の書籍は読んだことがなかった。以前から読んでみたいと思っていたので、今日買おうと決心していた。

お目当ての本を目指して進むが、多様な商品・コーナーが複雑に入り乱れる店内は、一見さんにはなかなかしんどい。
次第に、私は「どこに何があるのか分かりにくいなあぁぁっっっっ!!!」とマスクで隠しながら口パクの文句を吐き捨てる。とりあえずでエッセイコーナーを目指していたが、同じところを行ったり来たりしてしまう時間が過ぎていた。

普段、本屋を訪れた際には店内の端末を使って本の場所を検索するという行為を極力しないようにしている。迷いながら彷徨う時間も、新たな発見に繋がればと考えているためだ。
どこに何があるのか分からない店内を楽しみにしている人間としては有難いことに思えるが、流石にここまで店内が複雑だと気が滅入る。

一人きりで挑む本の森の冒険が始まった。


醍醐味

さらに店内を彷徨っていると、ある本のジャケットとタイトルに惹かれた。
『月と散文』
なぜ目に止まったのだろうか。今となってはその理由なんて分かりっこない。

そして、作者名を見て驚いた。
『又吉直樹』

「おぉ、まじか、たまたま気になった本が又吉さんのものだったか」
目に入った要素の全てに惹かれ、衝動買いを決意。
なお、Saoriさんのエッセイには未だ出会えていない。

すでに30分以上が経過していたが、これも本の森の冒険の醍醐味だ。


RPG

先ほどまでは一人の時間を謳歌していたが、目の前に不明なことがあり先行きが不透明な時、それは寂しさを掻き立てる。
「あぁ、誰かと一緒に探したいな」
本の森の冒険の最中、そう脳内で独り言。
すると、偶然イヤホンからSEKAI NO OWARIの『RPG』が流れてきた。

『空は青く澄み渡り、海を目指して歩く。怖いものなんてない。僕らはもう、一人じゃない』

このタイミングでこの曲、この歌詞とは。なんたる偶然か。
この曲の歌詞は、SaoriさんがFukaseさんと大喧嘩をして家を飛び出した事件から改めて仲間の大切さを再認識し、書かれたと何かで聞いたことがある。

仲間と離れた一人きりの時間だからこそ、仲間の大切さが身に染みる。おそらく、多くの人にこういった経験があるだろう。
SEKAI NO OWARIの皆さんに比べれば些細なことだが、私はその時、猛烈に仲間を欲していた。


途中、全く関係ない料理本や映像化された話題の小説のコーナーなどで道草を食いながら、入店から1時間半以上をかけて目当てのエッセイに辿り着いた。
長かった。だが、これが良い。
いつもより呼吸が深くなるような、五感が敏感になっているような、そんな時間だった。

ここまで難易度の高い本の森は初めてだった。
そして、ここまで心が躍る本の森も初めてだった。


今回の収穫は、目当てのエッセイ2冊と思いがけない出会いのエッセイ1冊。
これから、文章の行間を彷徨い感情を探す冒険が始まる。
満足感と期待に心を躍らせていると、友人との待ち合わせの時間になった。

友人にそれまでの冒険のことを話す私は、おそらく相当な早口だったであろう。
それは平凡な休日に降ってきた些細な興奮か、新たな発見への期待か、はたまた仲間と再会できたことへの安堵か。

蔦屋家電を出て見上げた二子玉川の空は、青く澄み渡っていた。
「僕らはもう、一人じゃない」なんてセリフは、この友人には小っ恥ずかしくて言えないと心の内にしまっておくのだった。


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