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私と、あいつと、深夜ラジオ。

私の斜め後ろには、いつも私のことを監視しているもうひとりの私がいる。
私の言動を細かくチェックし、私に小言を囁いてくる。
私が周囲の目を気にして、考え込み過ぎてしまう性格なのはこのためだ。

深夜には、悶々とした、鬱屈とした気分になる。
電気を消した部屋で、瞼の裏にはもうひとりの自分が映り、一日中私の行動を監視した結果を伝えてくる。
「あの時のあの発言、あれは相手にこう受け取られたね。嫌われたね」
「今日〇〇さんと楽しそうにお話ししてたね。相手はお前のことなんて興味ないのに、あんなに楽しそうにしてたら気持ち悪いよ」

もうひとりの私は、いつもネガティブな話しかしない。
深夜の私はそのネガティブに蝕まれ、呑まれ、頭を掻きむしってから闇夜の深淵に堕ちていく。


今夜もいつものあの部屋で

深夜に陥りがちな私の思考を、ネガティブから引っ張り上げてくれるものがあった。
深夜ラジオだ。
大の大人がテレビでは見せないバカな話で盛り上がり、暗くて深い私の思考を簡単に吹き飛ばす。
また、時に心の内を熱く曝け出せば、私が積み上げてきた苦悩が解放される。

特定の周波数の電波しか通さない壁に囲われた部屋に、パーソナリティと自分だけの特別な空間ができているようで居心地が良かった。
この部屋には、もうひとりの自分が入ってくることはない。

自分の気持ちや考え、さらには苦しみまでをも言葉として電波に乗せて昇華できたら、どれほど気持ちいいだろう。
私はそんなことを考えるようになっていた。


第1回放送

大学時代、実習の一環として熊本県水俣市に1泊2日の研修(を建前とした旅行)に出かけた。
実習のメンバーの他に、大学の教員2名。
廊下を歩くと「ギシィッ」と音が鳴り、その度に歴史を感じる旅館で過ごした夜。
私たちは遅い時間まで酒を呑み交わし、語り合っていた。
酒の力も借りながら、信頼できる仲間を前に頭の回転と口が止まらない。

ネガティブな話。考え込みすぎる話。他者からの目線を気にしすぎる話。などなど。
みんなが笑って聞いてくれて、「それでそれで?」と話を引き出してくれる。

こうなったらもう止まらない。
水俣の旅館をキーステーションに、私の深夜ラジオ番組が始まる。
パーソナリティは、私と、いつも私の斜め後ろに立っているもうひとりの私。
普段感じている苦悩や葛藤を、みんなが笑ってくれるように精一杯ポップに話した。

あの夜のことは忘れられない。
あれほど自分の恥ずかしい一面をみんなに曝け出したことが初めてだった一方で、もうひとりの私と一緒に苦しみを笑い飛ばしたことは、己の考え込みすぎる性格を肯定するための第一歩となった。

夜通し喋り倒した後に部屋から見た景色


ON AIR

いつも深夜に現れては私の睡眠を阻害し続けた彼でも、渦巻く鬱屈をラジオのような気持ちで言葉として吐き出す作業においては重要なパートナーとなる。
彼から一方的にネガティブを押し付けられると苦しみだけが募っていくが、対等に対話していると苦しみをネタとして昇華することができる。

私のお気に入りのストレス発散法は、ガチャガチャで手に入れたミニチュアのマイクとカフを前に気持ちを吐き出すことだ。

不定期放送。誰かが聴いているわけでもない。聴いてみたところで面白くもない。
それでも、今夜も時報が鳴って番組が始まる。
さあ、私の気持ちよ、声よ、どこかへ飛んで行け。

そして、あのパーソナリティのように、私を闇夜の深淵から引き上げてくれ。


もうひとりの私、放送の相方は私の写し鏡だ。
少しは愛せるようになっただろうか。

今夜はそのことについて話そうと考え、私はマイクの前に座り、カフを上げる。

『        』

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