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負ける強さ(短編小説11)

「1人じゃ呑まれると思ったから」

探偵事務所に訪れた青年はそう言った。
その身体は細く、うっすらと光り輝いているけど
どこか暗くもあって、光と闇を同時に感じさせた。

彼曰く、生まれつき特殊な能力があり、
今まで1人で探偵の仕事をしていたという。
だけども、世界に対して心を開き、まっすぐであればあるほどに、
この世の闇は深く、つけ入ってくる。
下手すれば、その闇に彼は呑まれてしまう、そう言ったのだ。

事務長である扇は、眼鏡の隙間から彼をじっと見つめて、それから下を向く。

痛いほど気持ちがわかった。
この世は今、どれだけ光が強いものでも、1人では闇の力にまだ負けてしまう。
誰だって、恐れを持っているからだ。

「明日からおいで」

扇は青年にそう声をかけた。

ー負けるが勝ち。弱さは強さだー

自分の弱さを把握できれば大丈夫。助けを求めることは恥ずべきことじゃない。

「よく、きてくれた」

そう言った時、青年はハッと顔を上げて、扇を見た。

それからというもの、青年は扇の補佐としてあらゆる現場へ同行した。

彼の魅力は、存在感の薄さだった。
おかげで誰にも気づかれないままに探偵の仕事ができた。
その分、闇にも染まりやすく危なっかしいところはあったが、、。

扇は、青年に声をかける。

「お前、1人でバランス取ろうなんて考えなくていいぞ。
元々俺らは1人で生きていけるようにはできてないから」

この事務所に彼がきた地点で、
彼にもそれはわかっていたのかもしれないが

ーわかっていることを改めて伝えることー

それも立派な光だった。

青年は、「ありがとうございます」と言って
ここにきて初めて、微笑んだ。


おしまい


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