負ける

ONE PIECEは人生の教科書②〜逃げる〜

今日もワンピースから学んだ事を書きます。

テーマは

『逃げることの大切さについて。』

主人公のルフィといえば、まっすぐで猪突猛進型のイメージを持ってる人が多いと思います。

もちろんその一面はその通りなのですが、
重要な局面では、意外にも冷静な判断で、誰よりも核心をついた意見を言うことも多々あります。

そして、個人的に印象的だったのは、場合によっては、プライドを捨てて、積極的に逃げることを

もっとみる
6

私社会不適合者でいいと思う。最低限の適応でOK(*≧∀≦*)♪毎年2万人以上の人が自殺する、それ以上の人達が死にたくなるような気持ち抱えて日々生きてる憂鬱な世界に適応したいとは思わない。適応しないが勝ちだと思う。世の中のいう適応以外の道を探そう!

いつの間にか君の速さについていけなくなった、そのことが怖かった

※これは前の記事で「petal」のアクセスに対し「複雑」と述べた理由みたいなものの話。サイトを閉鎖した本音と人としての私のだめさの話でもある。

--- ◆ --- ◆ --- ◆ ---

 まだ味わうさ 噛み終えたガムの味
 冷めきれないままの心で
 ひとつひとつなくした果てに
 ようやく残ったもの
 これが愛じゃなければなんと呼ぶのか
 僕は知らなかった
 呼べよ 花の名前をただ一つだけ
 

もっとみる
あなたの今日が人生最上の日でありますように
2

勝ちたいと思うココロが

自分の心に、
「私が勝つ!」
という想いが、ずっしりと鎮座していることを発見した朝だった…。

学校の成績や
運動会の順位
表彰の数
なんかで、子供のころからずっと勝つとか負けるとか
べっとりとくっついていた概念。

「勝ちたいかー? おう~っ!(拳上げる)」

頭脳で勝ちたい!
美貌で勝ちたい!
可愛さで勝ちたい!
スタイルの良さで勝ちたい!
年収の額で勝ちたい!
名声のすごさで勝ちたい!
人気

もっとみる
Thank you!♡
6

プロが負ける理由

これ、何の数字だかわかりますか?

1年以内34.5%

2年以内15.2%開業3年後70%

10年後に残っている確率10%

10店舗出店して、10年後には1店舗あるかどうかって事です。

これは、飲食店の廃業率データです。

ざっくり言うと、
・私なら独立してお店を出してもやっていける!
・私なら、絶対に成功出来る!
と、自信満々に戦いに行った人達の敗北率データです。

少なからず、独立する

もっとみる
スキありがとう♩フォローもお願いします!
7

久しぶりの口喧嘩はほぼほぼ負ける

口喧嘩なんて、もうだいぶやってません。

そして、だいぶやってないことを急にやろうとすると失敗するのが、世の中の決まりです。

だいぶ前の出来事だけど、僕が久々にやった口喧嘩は、予想通り見事に失敗しました。

喧嘩の内容は極めて稚拙なもので、はたから見たら「どっちもどっちだろ」と思うようなものでした。

ざっくり言えば「狭い道での車の譲り合い」みたいな事での口論です。

つまり、「そっちがどけよ」

もっとみる

「留学は必要ない!とか言うアホから国民を守る党」

SNSの時代だよ?

オンラインで英語なんて話せるじゃん?

金かけなくても、日本に外国人はいるよ?

海外の文化なんて調べたらでるじゃん?

飛行機代がもったいない!
オンライン英会話何ヶ月分だとおもってる?

今時、国内留学だよ!

こんな馬鹿げたコメントをたくさん目にします

わたしから言わせてもらえば、
こんなことを言う人に限って
長期間留学なんてしたことないのです 笑

このような人たち

もっとみる
ありがとう!Have a good day!
109

負けないで。

「負けたら次に勝てばいい。
また負けたら
その次に勝てばいい。

どこまでいっても同じことで、
最後に勝てばいいのだ」
(漫画家・弘兼憲史)

ーーーー

なるほど。
物事の本質、真理のように
感じることができました。

負けたから おしまい
ではなく
負けたけど また頑張ろう
なのですね。

子どものころは、
そうだったハズ。

いつからだろ

もっとみる

ご当地グルメがラーメンに負けた #台湾

牛肉麺が消えた。

台湾旅行に来ていたとき、わたしはご当地グルメの「牛肉麺(ニューローメン)」が食べたかった。牛肉麺は辛いスープに牛肉がのった麺で、るるぶやマップルに台湾グルメとして紹介されている。麺料理と辛いものが好きな私は牛肉麺が大好きで、台湾にいくたび「牛肉麺!牛肉麺たべたい!!」と口ぐせのように話していた。

ところが、台湾グルメの牛肉麺が全然見当たらない。夜の街を歩いても、お昼ご飯を探し

もっとみる
恐悦至極とはまさにこのこと!!
15

【コラム】負けるから始める。

□踊場の広い階段

15才でダンスを始めた僕はとても平和に踊っていました。
舞台で少し前よりも多くのパートを踊らせてもらうだけで、とても幸せで今の自分のダンスに幸せに浸る事が出来ました。まるで数段上るとすぐに大きな踊場がある階段のようだった。

25年前の札幌でダンスを始めた頃は、ダンスの動画をYouTubeで観る。なんて事は皆無であり、日々目の前で繰り広げられるダンスが全てで、憧れでした。

もっとみる