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【SS】 人類の未来 #シロクマ文芸部

 子供の日が今年もやって来る。去年までは人類にとっては最も辛い日だった。子供の日は世界中でまちまちなので、国によって日は違うが、一様に辛い日であったことには違いない。今は西暦二〇九九年、辛い日となった原因は二十年以上前に遡る。

 当時の世界は国同士が何かにつけて対立をし、溝を深くしている時代だった。日本もその渦に巻き込まれていたのである。もとより、世界を先導する大きな信用も力もない日本は大国の決定に従うだけの存在になっていた。そんな時、かろうじて均衡を保っていた国同士がちょっとしたことで経済制裁を始めてしまい、最終的には武力を盾にした戦争へと発展していってしまったのである。最初は小さな戦争だったのだが、不満を我慢していた多くの国は同調するように隣国と戦争状態になっていってしまった。

 火器を持たない小さな国も戦争に巻き込まれた。小国は自らの国の存在を守るために、一線を越えてしまった。今から二十年前、極秘に開発していた細菌を空気中にばら撒き、風に乗せて世界中に撒き散らすということを実行してしまったのだ。自らの国も被害に合うことは承知の上だった。それでも強行してしまった。

 空気中に放たれた細菌は人の命を終わらせるものではなかった。人の命を作れなくしてしまう細菌だったのだ。世界中の人々は小国の一部の人間を除き、そのことを知ることはなかった。おりしも春の強風が世界中で吹き荒れている時であり、細菌は瞬く間に世界中に拡散し、大人も子供も老人も若者も、健常者も障害者も一様に呼吸をすることで確実に感染してしまった。

 一年後、世界中で出産がゼロになったことをきっかけに世界中が異変に気づいたのである。感染した時にお腹の中にいた子供は無事に出産までこぎつけたが、新しく妊婦になる女性は現れなかったのである。医者をはじめ科学者たちは世界的な異変に気づき、研究をはじめた。世界中で成人男性と成人女性の検査が行われ、震える声でその結果が全世界に公表された。

「我々が世界中の機関と協力し、調査した結果をお伝えします。現在の成人男子と成人女性、合計で十億人に上る人を検査した結果、子孫を残すための機能は全て失われていることがわかりました。残念ですが、人間が未来にわたって子孫を残すことは不可能になったと言わざるを得ません」

 世界中はパニックに陥った。自分の国は大丈夫だろうと思っていた国々もそうではないということを知らされ、隣国と争っている場合ではないということを悟ったのだ。大国を中心にして国の予算のほとんどを子孫を残すための体に戻す研究に注ぎ込みはじめた。毎年新成人を中心に検査も継続され、二十年が経過したが成果は全く出ていない。

 感染後、最後に生まれた子供たちがちょうど成人した時だった。人類で最後に成人した若者たちも検査を受けはじめた。検査をしている病院では今年で最後の検査となってしまうことを意識しながら、例年と同じ作業が各国で繰り返された。すると検査をしている医者の一部が騒ぎはじめたのだ。新成人の一部の若者には正常な機能を持っていることが報告されたのだった。

 細菌に感染した時に母親のお腹の中にいて、まだヒトの形を形成できていない妊娠三ヶ月未満だった赤ちゃんだけが正常な生殖機能を持って誕生していることが判明した。世界中で歓喜の声が上がった。全ての検査が終了し世界中で二千万人の新成人だけが、子孫を残せると判明した。女性はそのうち四割程度だった。

 世界はこの人類最後の成人に希望を託すことになった。全ての国は武器を捨てた。ギャングもヤクザもその生業を止め、人類が未来に向けて再出発できるようになることに目を向けはじめた。戦争や闘争は何の意味もないと全世界の人々が気づいたのだ。

 世界中で、一人もいなくなった「子供」をもう一度見ることができるかもしれない、そして人類の未来につながるかもしれないという希望が生まれた瞬間だった。新成人に人類の未来が託されたのだ。そして一年後、世界中で「子供の日」が復活されると共に、新成人に対する結婚は厳しく制限され、各国の管理下に置かれることとなり、新たな国家間の摩擦を生み出しはじめたのだった。

 果たして人類の未来に本当に希望ができたのだろうか。公には喜びのイベントが開催されるようになってきたものの、水面下では新成人たちを秘密裏に拘束する動きが活発化してきているようでもある。



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