見出し画像

【ホラー】後悔をさせる穴

「こんな部屋があったのか、信じられない。昔はこんな酷いことをしていたなんて。しかも教会の地下室で。。。」

 マイケルは自分が見ている光景を俄かには信じられなかった。同行しているジョンはカメラ越しにその光景を見て、腰を抜かしそうになっていた。

🔹 🔹 🔹 

 西暦1800年、世の中は荒んでいた。そこには犯罪が蔓延り、自警団も対応できないほど街は退廃しつつあった。季節は冬、横殴りの雪も降っていた。気温は氷点下、視界も遮られるほどの悪天候の日だった。

 一人の男が何者かから逃れるように周りを気にしながら、白い息を吐き教会に駆け込んできた。今日はミサが行われていない日であり、教会には誰もいなかった。しかし、外の吹雪を避けられるだけでもいいと男は駆け込んできたのだった。教会は二十四時間助けを求めて駆け込んでくる人たちのために、鍵はかけられてはいないが、神父は自分の住む家、教会の裏にある家に帰っていた。

 男は、教会に入り、とりあえず助かったと感じていた。しかし、明かりをつけるのはそこにいることを悟られると考えたため、暗闇の中、教会の中に整然と並べられている椅子と椅子の間にうずくまり、手のひらに息を吹きかけながら夜が開けるのを息を殺して静かに待っていた。眠ることも我慢して。

 翌朝、神父が礼拝堂に入ってきて、蝋燭に火を灯し、聖水を入れ替え、キリストへの祈りを捧げていた。まさか、人がいるとは思ってもいなかった。ひとしきり祈りを捧げ終わった後、椅子の間から寝息が聞こえることに気づいた。神父は静かに寝息の方に近づいていった。そして椅子の間に膝を抱え込んで丸くなって眠っている男を見つけ、しばらく見つめながら観察していた。

「この男は何か罪を犯してここに逃げ込んできたようだな。大した罪でなければいいが」

 そう思い、神父は男を起こす前にあたたかいスープとパンを用意してやろうと考え、一旦家に戻った。その時、自宅のドアベルが鳴らされた。

「すみません。自警団です。昨夜、強盗が発生し住民を殺害して逃げた男がこの辺りに逃げた可能性があり、朝早くで申し訳ないのですが聞き込みをしています」

 神父は静かに、いつもの変わらぬ態度で警官に答えた。

「朝早くからご苦労様。教会には凶悪な男は来ていませんよ。もし、姿を見かけたら連絡するようにしましょう。寒い中、ご苦労様です。早く捕まることを祈っています」

「わかりました。神父様、朝早くから本当に申し訳ありませんでした。凶悪犯なのでくれぐれも気をつけてください」

 心なしか、自警団の唇の端が上がってニヤッとしているように見えた。しかし、神父は至って平常心で丁寧に頭を下げ見送った。

 スープを温め、パンを二切れ皿に乗せ、神父は礼拝堂へと向かった。果たして男はまだ熟睡中だった。神父はこれ以上ここにいたら祈りにくる村人に見つかってしまうと思い、男の肩をゆすって起こすことにした。

 揺さぶられた男は、ハッとしたように後退りし身構えた。目覚めたばかりの視界がぼやけているのが次第にはっきり見えるようになり、目の前にいるのが神父だとわかり、破裂しそうになっていた心臓の鼓動も落ち着きを取り戻した。

「し、神父様。申し訳ありません。もう、行くところがなく教会の扉を開けて入ってしまいました。私は悪いことをしてきましたが、捕まりたくありません。神父様、助けてください」
「そんなにビクビクする必要はありません。ここは神のご加護がある場所です。あなたが悔い改めるのであれば神は全ての罪をお許しになられます。心配しないで、まずは暖かいスープでも召し上がってください」

 そういうと神父はスープとパンを男に差し出した。男は昨晩からほとんど食べ物を口にしていなかったようで、貪りつくようにスープとパンを口に運んだ。ひとしきり食べて落ち着いたのか、男は神父の前に跪き、話し始めた。

「私は、仕事を首になり収入が途絶えてしまいました。しかし、季節は冬です。私は暖を取ることもできず、暖かい食事を取ることもできなくなってしまいました。それで仕方なく、近くの裕福そうな家に押し入りました。そんな私でも神様は許していただけるのでしょうか」

 男は涙を流しながら懇願するように神父の目を見つめながら涙を流していた。

「大丈夫ですよ。神は誰一人として見放すことはありません。悔い改めたその瞬間にあなたはイエス様の子供になれるのです。さぁ、私の後についてきなさい。ここにいては見つかるのも時間の問題です。もっと安全な場所に移してあげましょう」

 男は心から安堵した。やっぱり教会に来たのは間違いではなかったと。自首しなくてよかったとさえ思っていた。神父はそんな男の気持ちを見透かすように、声をかけることなく礼拝堂の奥の方へと歩き始めた。

「さぁ、この階段を降りて地下に行くのです。この辺りの自警団は教会の中まで捜索することはありません。しばらくはここに隠れていなさい。食事は私が運んであげるから。決して声を出さないようにしていれば十日間もすれば外に出られるようになるでしょう」
「神父様、ありがとうございます。こんなに良くしてもらえるとは思っていませんでした」

 男は地下に通じる階段を降り始めた。後ろからは神父がついてきているので暗い地下でも安心して男は下っていった。神父は後ろから声をかけた。この地下室の奥の方にさらに下に降りていく場所があります。そこに向かってください。より安全に匿うための場所がこの教会にはあります。私を信じて進みなさい。

 男は、地下一階のフロアを奥の方へ進んだ。確かに何やら下に降りられそうな場所がある。神父に確認しようとして振り返った瞬間、神父の足がすごいスピードで男を蹴り飛ばした。男は抵抗する暇もなく更に下の階への穴に転がり落ちてた。真っ暗闇の深い穴の中に落とされたのである。

「神父様。神父様。これはどういうことですか。ここは何なのですか。私をどうするつもりなのですか」

 矢継ぎ早に言葉を並べる男に対し神父は静かに言った。

「そこは罪を犯したものが過ごす最後の場所です。食事はありません。一週間以内に衰弱死してネズミの餌になるでしょう。現世での行いを悔いてそこで最後の時間を過ごしなさい。あなたが転がり落ちた穴は、後悔をさせる穴と呼ばれているところです。上がってくることはできませんよ。それでは私はミサがありますので。あっ、そうそう、どんなに叫んでも外には聞こえませんよ。声が枯れるだけです。無駄なことはせずに祈りなさい。命が尽きるまで」

 そう言い残すと神父は、何事もなかったかのように地上に出て礼拝堂の掃除を始めた。今日は少年少女の合唱団が集まってミサを盛り上げる予定が入っていた。

 神父は何事もなかったかのように日常に戻り、少年少女合唱団の一行を笑顔で迎えていた。

 そして、月日は流れていった。

🔹 🔹 🔹 

 その後、二百年が経過した。大学生になったマイケルとジョンは中世の教会の歴史を調べていた。調べていて、多くの犯罪者が行方不明になっていた時期があるという史実を知った。マイケルとジョンはすでに百年前くらいから使われなくなっている教会が山中にあるということを知り、探索してみようと計画をしていた。

 そして、よく晴れた秋晴れの日、撮影装備を点検し山の中に入った。すでに人が通った形跡もないところだったため、たどり着くまでにかなりの時間がかかったが、何とか着くことができた。二人は、早速礼拝堂に近づき、正面の大きな扉を開けた。ギギィーと鈍い音を立て扉は五十センチほど開いた。何とか体を横にしながら礼拝堂の中に体を滑り込ませた。高いところにある明かり取りの窓からの光で礼拝堂の中はうっすらと確認できた。正面にはキリストの彫像があった。恐る恐る近づいていくと、キリストの足元の板が長い年月でめくれているのを発見した。どうやら地下に降りるための入り口のようだ。

「ジョン、ここに、地下への入り口があるみたいだ。カメラを回してついてきてくれ」
「了解、マイケル。気をつけて降りろよ。腐ってるかもしれないぞ」

 二人は地下に降りた。地下というより半地下で明かり取りの窓もある。ただ、かなり煤けているので明かり取りの役割はほとんどしていなかった。二人は、地下の部屋の中を歩き回ってみた。すると、端っこの方にさらに地下に続くと思われる入り口を見つけた。いや、入り口というより丸い穴なので、落とし穴のように感じていた。結構深そうだ。

 カメラの眩しいくらいのライトで穴の中を照らしてみると、底の方に無数の骨が確認できた。その多くは、上に向かって手を伸ばしたままになっていた。穴の入り口のところに文字が刻まれていた。

『ここは、後悔をさせる穴。決して抜け出すことができない場所。重大な犯罪を犯したものたちを閉じ込め、生涯苦しめるための穴である。アーメン』

 そして壁には穴に落とされた人たちの名前と罪状が記されていた。その数三百六十五名にも上っていた。

 ジョンとマイケルは呆然として前屈みで穴の中を覗き込んで見つめていた。あまりにも集中していたので周りの異変には気づかなかった。二人の後ろから、神父が音もなく近寄ってきて、いきなり二人を穴の中に蹴落としてしまった。二人は穴に落ちた衝撃で気を失ってしまった。よく見ると運が悪いことにジョンは持っていたカメラを固定する三脚のハンドルがハイに刺さり穴の中に充満しているガスが一気に肺の中に侵入し、呼吸困難に陥ってしまった。持っていたカメラは、落ちた衝撃でライトが割れてしまったが、レンズは穴の方を向いていて、覗き込んでいる神父の顔を一瞬だけ捉えていた。

 二人が完全に落下したことを確認した神父は、壁に刻まれている名前の最後にジョンとマイケルの名を追加して刻んだ。そして罪状に「神への冒涜」と記して神父自身は忽然と消えた。

 どのくらい時間が経ったかはわからないが、マイケルは暗闇の中で目を覚ました。なんだか吐き気がするが暗闇なので何も見えない。ポケットを探りライトを付ける。目の前には変わり果てたジョンの姿が横たわっていた。そして自分たちの下や周りには無数の骸骨が散乱していたのだ。おそらくガスはこれらの遺骨が原因と考えられた。マイケルは何とかして助けを呼びたかったが、スマホの電波は届いていない。途方に暮れていた。落ち着いているようだが、かなりパニックになっていた。

 その頃、二人が乗ってきたアウディのSUV車のグローブボックスで奇跡が起きていた。マイケルは車から教会に向かう前にタイマー機能でメールするように予備のスマホを設定していたのだ。送信先は、マイケルの恋人であるケリーだった。

『マイケルだ。今、ジョンと僕は古い教会を発見してその中を探検しようとしている。中世に起こったことを確認するためだ。場所は、緯度xxx経度yyyだ。もし、このメールが届いてしまったら、我々二人の身に何かが起こったということだ。その時は警察と連携して助けに来てくれ。決して一人では来ないように』

 ケリーは焦った。地元の警察に電話を入れてパトカー二台で教会に向かった。近くにあったSUVを発見し、協会の中に入った。しばらく捜索すると地下への入り口を見つけ、降りていきマイケルの細い声がする方に近づき、穴を発見しマイケルを発見した。

 マイケルは無事救出されたが、ジョンはすでに息をしてはいなかった。そして、壁を見てみるとジョンの名前だけが刻まれていて、マイケルの名前は消えていた。その後、周辺がくまなく捜索されたが神父を見つけることはできなかった。

 大学に戻ったマイケルとケリーは教会の神父の似顔絵を確認していた。マイケルが見た神父は1800年に活動していた神父の顔と瓜二つだった。マイケルは怖くてそのことをケリーにも教えなかった。

「近づいてはいけなかった場所だったんだ。もしかすると僕らが行ったことで、これから先、何か起きてしまうかもしれない」とマイケルは恐怖を感じていた。


🌿【照葉の小説】短編以上の小説集   ← 電子出版を含めた小説集


いつも読んで頂きありがとうございます。
「てりは」のnoteへ初めての方は以下もどうぞ。
🌿プロフィール
🌿松浦照葉の掲示板


#小説 #短編 #教会 #地下室 #ホラー #創作

この記事が参加している募集

眠れない夜に

よろしければサポートをお願いします。皆さんに提供できるものは「経験」と「創造」のみですが、小説やエッセイにしてあなたにお届けしたいと思っています。