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私が肉屋になったきっかけを…。

私、かなりのおバカでして…。
中学、高校と学年で毎回下からなんとNo. 1❗️
胸張っていう事ではありませんね😅

大きく跳びますが、就職を決める時期に評定が大きく左右されますよね?
それで、私の場合は平均に全く届かず…。
遊んでばっかりだとそうなりますよね😂

『え、どこにも行けない。』

ってなって、かなり焦ってたんですよ。
その時期に焦るのは私含め何人か居たんですが、
就職活動諦めました😊

でも、やはり就職しなければ食べるお金も無く、生きる知恵も無くでしたので…
適当に求人票から就職先を選んだんですよ。
アイウエオの順でその時は決まりました。
ランダムで決めたので。

よく見てみると面白く無さそうなんです。
就職してもすぐ辞めそうな気がしてですね…。
(私は好き嫌いがハッキリしてて、好きな事に関してはずっと好きだけれど好きじゃない事だと飽きっぽいんですよ。)

めんどくさいと思いながら求人票をみていると、ふと目に止まった就職先があったんです。

名前は伏せますが、お肉屋さんです。
何故か?
実は私の実家はお肉屋さん&焼肉屋さんなんです。
小さい頃は親父はあるお肉屋さんにて専務として働いて居ましたが、色々あって私が中学の頃くらいから自営業をすることになり今でも経営者として働いています。

そうだ!俺も肉屋になろう!😙
その時は私は軽い気持ちでした。

『親父に言いました、俺、肉屋になるけん』

すると、親父は私にこう言いました。

『そぎゃん軽か気持ちで肉屋になるなんか二度と言うな』

と。
ズッシリときました。

その言葉の重みは実は私も分かってはいました。
綺麗事から汚い事まで全て目に入れてきました。

中3から高校卒業するまで手伝いに行ってたんです。
精肉店では毎日お客さんが来るわけでも無く、配達はクーラーさえも効かない車。
取引先はあーしろこーしろと。
ひどい時にはお金を投げて渡すなど。
まだ酷いことは沢山ありますが長くなるのでやめておきます。😅
でも、親父はいつも頭下げてお客さんの為だろがと私に言い聞かせてました。

私は聞きました

『何で、そこまですっと?』

親父は言いました

『お前らにひもじか思いばさせようごつなかけんだろ?借銭してでも飯だけは食わせる。(お前達に腹減った思いをさせたく無いからだろ?借金してでも飯だけは食わせる)』

と。

このセリフも私の心にズッシリ来ました。

確かにそうです。
金も無く、毎月支払いどうしようと。
家賃、光熱費どうしよう。借金地獄なんです。
晩飯はカレーか、半額惣菜。

この苦労だけではないと思います。
だから、私にあの時叱ったんだと思います。

それでも、私はこう思いました。
そういう家族思いな、お客様思いな人間になりたいと。
それだったら、私も肉屋になって自分がカットしたお肉を皆さんの食卓に運び喜ばせたいと思いました。

そして、実家とは別のお肉屋さんに就職しました。
お肉屋さんが休みの日は実家に帰り手伝いをしています。

いつまでも皆さんの食卓に幸せを送れるようなお肉屋さんを目指していきます。

長くなりましたが、
これからも『田舎のお肉屋さん』
宜しくお願い致します。🙇‍♂️


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