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朝井リョウ「スター」書評


 「スター」を読み終えました。実は、私が朝井リョウ先生の作品を読むのは、これが初めてです。「桐島」も「何者」も「ゆとりぬ」も「死にがい」も「発注」もどれ一つとして読んだことはありません。映像化された朝井作品も見たことはありませんでした。そもそも「スター」も、買うのはいいけれど、読むつもりはありませんでした。以前朝井氏が、小説というのは「著者が自分というフィルターを通して世界をどう見ているか」が記されている、と仰っていた気がします。(そんなこと言ってなかったらすみません)私は朝井氏の事を、世界を見るためのフィルターとして、とても信頼しています。もっとわかりやすく言うと、本人が一番面白いので、作品が面白いのは当たり前ではないか、と考えていました。椎名林檎の「ギブス」の歌詞にあるように、「だって写真になっちゃえば、私が古くなるじゃない」と同じ理屈で、作品の事はただの「点」だと思っていました。

 読むつもりがなかったのにどうして読んだのかというと、私自身が「読んでほしい」というただそれだけの思いで朝井氏のラジオ「ヨブンのこと」に幾度となくメールを送っているのに、朝井氏が「読んでほしい」という思いで世に送り出した作品を、私が読まないのはフェアでないと考えたからです。間接的に金銭の動きが発生しているので当然フェアにはなりえないのですが、私なりに考えたちっぽけな矜持でした。もちろん、読むことと読まれることに、何の関係がないこともわかっています。放送時間が三十分しかなく、たくさんネタが読まれるコーナーが無い番組で、メールが読まれるというのは、私にとってはとても辛い道程でした。幸いにも何通か読んでもらえて、とても嬉しかったです。今後も訳の分からないメールを送り付けると思いますが、どうかお許しください。


 本題の書評に入る前に、読みたくなかった理由をもう一つ記しておきます。私はプログラマーが本業で、酔狂で小説を書いています。九月末に、まるで自転車でペダルを回すよりも転んでいる距離のほうが長いような小説を仕上げ、文學界新人賞に応募しました。十月十五日が締め切りの群像新人賞にも別の小説を書いて出そうとしている最中に「スター」が発売されました。読む時間がないというのは言い訳で、時間は作るものです。問題は、読むことで私の中の何かが大きく変わってしまうのではないか、ということでした。この問題については杞憂に終わりました。読み終えても私は私のままでした。正確に言うと、「スター」を読んだ私になっただけなので、創作活動に影響はありませんでした。「スター」がつまらないとか、内容が薄いとか言うつもりはなく、平たく言うとめちゃくちゃ面白いのです。私が伝えたいのは「スター」は「スター」であり、それ以上でもそれ以下でもないということです。

 「スター」を手に取り、(またはネット通販で)購入し、読んだ人がどういう行動を取ると、朝井氏にとって望ましいのでしょうか。たくさん売れて増刷がかかると嬉しいのはもちろんわかります。読んだ人から、「面白い」「わかる」「深い」「刺さる」「時代を捉えている」「考えさせられる」という感想を渡されても、彼が正直に喜ぶのでしょうか。彼が本来実現したいのは「文士劇」であり、「人情すきやき譚のコント」であり、「K―POPのダンス」であり、「あほやなあ」の言葉であると考えている私は、「スター」を読んだ感想が「時代をよく捉えていて考えさせられる内容、わかり味のある深い話で私にぶっ刺さっていて超面白い」のような百四十文字で終わってしまうのは、何だかもったいない気がしています。だから私は小説を書いているのかもしれません。


 「スター」は様々な対比で描かれています。尚吾と紘、浅沼と大樹、鐘ヶ江と岩角、他にも登場人物同士の比較が色々あって語りたいのですが、その辺は読めばわかるので詳しい説明はここでは省きます。私は「スター」内に幾度となく繰り返し登場する対比が朝井氏の中の「リョウ」と本名の(便宜上ひらがな表記にします)「りょう」との対比を表しているのではないかと考えました。小説家としての「リョウ」が有名になればなるほど「りょう」との差がどんどん開いていきます。この「りょう」と「リョウ」の隙間を埋める、渇望の物語が描かれていると、私は勝手に妄想しています。


 直木賞を受賞した「リョウ」という存在に「りょう」は苦しめられたのではないでしょうか。「リョウ」も、直木賞を固辞し「リョウ」が欲しかった本屋大賞を獲った伊坂幸太郎のような国民的作家になれず、独り歩きする桐島構文の幻影と戦っていたのだと思います。「スター」は「りょう」が敬愛する芸人のオードリー若林氏のエッセイ「カバーニャ要塞――」と同じ発売日でした。私が見た限りでは、Amazonにおける発売日前日の本の人気ランキングで、「カバーニャ要塞 四十伍位」「スター 四千五百位」でした。無料で読める試し読みのnoteでも、「スター」のカウントダウン投稿につく「いいね」は、一投稿に付き一つか二つ、月額課金で読める若林氏のエッセイにつく「いいね」は一投稿平均千五百です。この圧倒的な差について「りょう」と「リョウ」がどのように感じているか、答えは「スター」の中に書いてありました。

 私のもとに「スター」は届きました。ぜひ、他の方のもとにも越境して届いてほしいと思います。最期に朝井氏に伝えたい言葉があります。それは、あの日ナディアに伝えようとしていた言葉を借りて少しアレンジした、「これからも楽しい世界を見せてください」です。次回作の「正欲」が私のもとに届くのを、楽しみにしています。

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