見出し画像

【小説】王様の朝食

 暑さで目が覚めた。
「あちぃー」
 カーテンを勢いよく開けると外はいい天気だ。
「ふっふっふ、絶好のアイス日和だな」
 俺は足取り軽くベッドから抜け出した。

 先日、いつも頑張っている自分へのご褒美に業務用の高級アイスクリームを購入した。冷凍庫を占領するその姿にニンマリする。
 俺はボックスを取り出し、大きめのスプーンを片手に窓の近くへ。ダイニングチェアを持ってきて窓を開け放つ。気持ちのいい風が入ってきた。

 椅子に膝を抱えて座る。膝の上にはでっかいアイス。いざ!
「いただきます!」
 美しい雪原にスプーンを突き立て、思い切りすくい取る。パク。
「んんーっ!」
 うまい! 最高だ! ああ、朝から何て贅沢。今の俺は王様だ。

 目を閉じて想像する。王様、おはようございます。王様、今日も素敵ですね。王様、本日のご予定は何もありません。ごゆっくりお過ごしくださいませ……。

 パクパクと何口か食べ、心が落ち着いたところで一旦アイスは冷凍庫へ戻す。また後でな。
「さて、アレを作りますか」
 窓を閉めてエアコンをつける。冷蔵庫を覗き込み、目当ての物を取り出す。
「おはよう、昨夜はよく眠れた?」
 冷えたバットに話しかける。中身は一晩卵液に浸したパンである。キミはこれから俺の美味しい朝食に生まれ変わるんだよ。

 使ったのはお気に入りのふわふわ食パン。小さめサイズなので二枚。砂糖を混ぜた牛乳を先に染み込ませるのがポイント、そのあと卵液につけて冷蔵庫の中で寝てもらった。

「そうだ」
 急に思いついて、バットの中にシナモンパウダーを振りかける。買ったはいいがあまり使っていなかったシナモン。これは初めての試みだが、きっと上手くいくという予感。

「よし」
 フライパンを温め、バターを投入。
「バターの量は遠慮しないっ」
 たっぷりのバターが溶けてひろがったところへパンを並べる。ジュワッという音が耳に嬉しい。鼻歌に合わせて体を揺らす。蓋をして、湯気で曇る向こう側を見つめること数分。
「どうかな?」
 蓋を開けて焼き目を確認する。
「ん、いい感じ!」
 パンを裏返して蓋をし、また数分待つ。

 その間にドリップコーヒーを用意する。いつものインスタントも好きだけど、今朝はこれの気分。最初にちょっとお湯を注いで蒸らすといいって何かで言ってた。そして少しずつお湯を分けて注ぐ。いい香りだ。

「おっと、できたかな」
 フライパンの様子を見る。
「か、完璧ーっ!」
 芸術的な焼き目である。出来上がったフレンチトーストを皿に盛りつける。
「何をかけようか」
 シンプルに粉砂糖を振るか、メープルシロップもいいな。そのとき貰い物のクローバーハチミツが目に入る。
「今日は……、キミに決めたっ!」
 瓶にチュッとキスする。

 ダイニングテーブルにフレンチトーストの皿、ハチミツの瓶、フォークとナイフとスプーンを並べる。傍らにコーヒー、そして再び登場のでっかいアイス。

「それでは、いただきます!」
 まずはそのままのフレンチトーストを食べてみる。ふわトロだ。バターは幸せの味、ほんのりシナモンの香り。
「大成功!」
 次にハチミツをかけて一口。爽やかな甘さが口の中にひろがる。
「これいいな。どこで買ったか教えてもらお」
 そしてアイスをのせる。じわ……と溶けていく。口に入れると冷たくて温かいのがじゅわり、一つになる。
「くうーっ、最高」
 アイスにもハチミツをとろーり。
「うま、これも合う!」
 夢中になって皿に向かう。合間に飲む熱いコーヒーがまたうまい。アイスを食べて、すぐにコーヒーを飲む。うん、うまい。
「あっ」
 キッチンからシナモンを取ってきて、アイスにかけてみる。パク。
「天才だぁーっ、自分の才能が怖い……」
 額に手をあてて天を仰ぐ。

 存分に朝食を楽しんだあと、目を閉じて息を吐く。アイスはまだまだ残っているので後日のお楽しみ。テーブルの上を片付け、洗い物に取りかかる。鼻歌が止まらない。

 今朝は贅沢な喜びを味わった。お腹から元気がわいてくるようだ。無敵な俺のご機嫌な一日が始まる。

【了】

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?