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【小説】放課後、窓際の檸檬たち

【登場人物】

 アイダ:毎日楽しい。
 ウエノ:読書すればモテると思っている。
 私:「普通」が個性。


***


「うわ、ウエノがホントに本読んでる!」
「言ったろ。僕は生まれ変わるんだよ、インテリに」
「マジか、すげぇ。有言実行じゃん。あ、今の俺の方がインテリっぽくね?」

 放課後の教室。
 何だか動く気が起きなくて机に伏せて寝たフリをしていたら、バカみたいな会話が耳に入ってきた。
 思わず窓際の机に目をやる。

 アイダ君とウエノ君だ。うちのクラスの明るいバカと静かなバカである。
 自分もバカなので勝手に親しみを感じている。

「なに読んでんの?」
「梶井基次郎の『檸檬』」

 タイトルを聞いたアイダ君が同名歌のメロディーをハミングした。

「それってどんな話なん?」
「いま読み始めたとこ」

「長い?」
「いや。短いのから挑戦してみようと思って」

 アイダ君がウエノ君の隣の机に腰掛け、本を覗き込む。
 一緒に読むのか。仲いいな。

 物語は主人公が不吉な塊に心を悩まされている描写から始まる。

「うわ、暗い始まりだなぁ」
「好きなものを楽しめないのは辛いよな……」

 しょんぼりする二人。

「この『見すぼらしくて美しいもの』に惹かれるって、俺もあるな」
「例えば?」

「ほらあの、坂の下のラーメン屋とか。見た目はちょっとアレだけどうまいじゃん」
「うーん、うん。ちょっと違う気もするけど合格」
「何目線だよ」

 あのラーメン屋さん、入ったことないけど美味しいんだ。今度行ってみようかな。

 主人公がおはじきや南京玉をなめる楽しみについて触れる。

「『びいどろの味』か。これ、めっちゃ分かるな」
「分かる」

 二人して口をモゴモゴとさせている。
 彼らの口内には今、過去の経験からの「何か」がそれぞれ入っているのだろう。

 健康な頃に好きだった場所として『丸善』の名前が出てきた。

「『丸善』ってあのマルゼンか。本屋の」

「そういやアイダが貸してくれた漫画の最新刊、もう出てたっけ?」
「まだ。来週かな。あれ3巻が無いんだけど、お前持ってる?」

「持ってないぞ」
「じゃあ誰が持ってんのかなぁ」

「僕の家にあるのは6巻だから」
「おい」

 ちゃんと返しなさいよ。

 話はお気に入りの果物屋の紹介に入る。

「果物屋の説明、めっちゃ楽しそうだな」
「ノリノリだもんな。興奮して早口になってる感じ」

「ウエノもそういうとこあるよな、ラッコの話してるときとか」

「ラッコのメイちゃんは凄いぞ。あの可愛さの前に世界は一つになり、その平和は永久不滅、そして伝説になる。可愛いは正義。それこそが真実」

「それ長くなる?」

 ウエノ君は可愛い動物が好きなのかな。私もメイちゃんの動画見たことあるよ。

 その日、店に珍しく檸檬が出ていたので購入する主人公。

「お、やっと檸檬出てきた」
「よ! 主人公!」

 え、檸檬が主人公だと思ってたの?

 物語ではそのまま檸檬への称賛がウキウキと語られる。

「恋だな。もうこれは」
「檸檬ちゃんに恋しちゃったのか」
「檸檬はヒロインってわけだ、この物語の」

 ウエノ君がニヤッとして言った。
「甘酸っぱいな」

「上手いこと言ったつもりか?」

 言ったつもりか?

「『つまりはこの重さなんだな。』いいな。使えるなこのフレーズ」

 というアイダ君の言葉を受けて、机の中からぐしゃぐしゃに丸まった紙を取り出し、手のひらに乗せたウエノ君。

「つまりはこの重さなんだな」

 彼が絶妙にイイ声で言ったので、私は必死に笑いを堪えて震えた。
 それ、たぶん現国の小テストだよね?

 幸福な気持ちで丸善に入った主人公は、しかしまた憂鬱になってしまう。
 そこで檸檬を使って城を築くことを思いつき、画本を積み上げ始める。

「ここ、サビだよな多分。この話の」
「めちゃくちゃ盛り上がるもんな」

 確かにワクワクするって感じ、分かるかも。

「全然関係ないけど『赤くなったり青くなったりした』で昼休みのお前の顔色を思い出した」
「あれは僕の抹茶オレにお前がサイダー混ぜたせいだろ」
「凄いもんを生み出しちまったな、俺たち。もはや兵器だよ」

 飲み物で遊ぶなよ。

 本の山の頂に檸檬を据えつけたところで、ヒュゥーっと二人から歓声があがる。
 楽しそうだね。

「この『カーンと冴えかえっていた』って表現イイよな、何か」
「な。……あ! そういやさ、こないだAクラの奴らとバスケしたじゃん?」

「ああ、あのお前が気持ちわりぃ動きして笑われてたときな」
「嘘だろ? 『アイダ君って運動もできるんだぁ』って沸いてたんじゃなかったの?」

「運動もって何だよ、『も』って。他にお前に何ができたんだよ」
「そこまで言うことなくない?」

 ウエノ君が「これ何の話だっけ?」と呆れる。

「とにかく、あのときオカザキが『カーンと入れろっ』って俺に言ったんだよ。おかしくないか?」

「それは……まあ、おかしい、か?」
「おかしいだろ! 野球ならまだ分かるよ。でもバスケで『カーン』は無いだろ」

「いや、待て。ゴールのリングに当てて入れろってことじゃないか?」
「それならせめて『ガーン』だろー」

 いいから続き読めよ。

「そのまま出てっちゃったよ、こいつ悪いな」
「悪いな。店員さん困っただろうな」
「俺が店員だったら軽く殺意わくな」

「ていうか気味悪いよな。何かの儀式?ってなる」
「人の店で勝手に召喚するなよな」

 そして主人公は檸檬を爆弾に見立てて店がこっぱみじんになる様を想像してほくそ笑み、物語は終わる。

「うわ、ヒドっ」
「怖っ……妄想爆弾魔が誕生した話だった」

「店員……皆がんばって働いてたのに」

 もしかして架空の同僚を心配しているのか?

「でも、主人公がちょっとでも明るい気持ちになれたのは良かったよな」
「そのうち何かいいことあるといいな」

 いい奴らだな、バカだけど。

「面白かったな」
「な」

「あーあ、何かレモン味のもん食いたくなってきた。ウエノ、帰りにコンビニ寄ってこーぜ」
「ちょうどフラッペの期間限定がレモンじゃなかったか?」
「よし、決まり!」

 ガタガタと帰り支度をする二人。

「おーい」

 アイダ君が急に声をかけてきたのでビクっとする。

「あ、起きてんの? お前も早く帰れよ、爆弾魔が出るかも」

 二人の笑い声が遠ざかってから、ムクリと体を起こす。
 私もレモンフラッペ買って帰ろ。


【了】

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