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最愛のヒト【ショート小説】


「さいた~さいた~チューリップの花が~~」
愛娘と手を繋いで幼稚園に向かう。
覚えたての不安定な歌声を響かせながら、
時折こちらを見上げてくる。
この子の今も未来も愛したい。そう思っている。

「ならんだ~ならんだ~ あか しろ きいろ~~」
疑いのない無垢な瞳に吸い込まれそうになる。
最愛の存在。


僕は彼女を殺した。
22世紀を告げた年だったからはっきり覚えている。
SNSでとある投稿を見た。
著名な起業家が自社のタイムマシーンに乗せる人を
募集するとのことだった。
多くの人は笑いながら応募して
そのことすら忘れていた頃。
当選したという連絡が来た。

他の当選者の名前と人数は明かされなかった。
接触を避けるためなんだと思う。

タイムマシーンに乗るまでは
半年のトレーニング期間を経た。
これが厳しかった。
肉体トレーニングで、体は悲鳴を上げた。
連日続くストレス性の高い試験で、気が狂いそうになった。
禁止事項やその処罰を何度も暗唱させられた。

いつ投げ出してもおかしくなかったが、
最後まで続けられたのは
スミレの為だったからだと思う。

スミレは僕の彼女だ。
父親がいない。
彼女が小学校に入る直前に蒸発してしまったらしい。
お母さんは女手一つでスミレを育て上げたのだ。

芯の強い美しい女性だったのだろう。
スミレはいつもお母さんの話をしてくれた。
話を聞くたびに素敵な女性だったのだなと思う。
スミレの笑顔が。涙が。
何より今のスミレの美しさがそれを物語っていた。

彼女は僕らが付き合いだしてすぐ亡くなった。
来年スミレと結婚する前に会ってみたかった。
どんな女性だったのか。
何を好み、何をして。
どんな顔で何を見つめていたのか。
知る必要があると思った。

無事タイムマシーンは願いを叶えてくれた。
彼女の話通り、非の打ちどころのない魅力的な女性だった。


「どの花見ても きれいだな~~」
覚えたての不安定な歌声が途切れる。
幼稚園に着いた。

「スミレ。じゃあ今日も友達と仲良くね」

「パパ~大好き~~」

「パパもだよ~~」


チューリップなんかよりスミレは遥かに美しい。

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