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LINE電話【ショート小説】

「じゃあね~」
その言葉を最後に、iPhoneは僕らのこれまでの想い出を映していた。

彼女とは3か月前に別れた。
ハツラツとした明るさは眩しくて、誰に対しても分け隔てなく接するから、いつも自然と輪の中心にいるような人だった。
そんな中でも誰にも依存しない強さを兼ね備えた彼女に惹かれていないと言ったら嘘になるが、心を開ける友人も少なく、人に興味を示せない僕とはあまりにも対照的だったから、一縷の期待すらもしたことは無かった。

告白されたのは本当に突然で、その時は素直な驚きと彼女を楽しませる自信の無さから恐怖心を覚えたが、予期せぬ動きを繰り返す彼女らしいなとやっぱり美しく映った。

それからは全てが新鮮だった。
人と話すことの楽しさも知ったし、会うたびに格好の違う彼女に振り落とされぬよう負けじとファッションの勉強も始めた。

とにかく少しでも。自慢の彼氏になれるよう色々な努力をした。
彼女を真似てか、いつしか少し声のトーンも上げて話すようになったし、
話題に事欠かないよう、漫画や映画などあらゆるエンタメに触れて理解しようとした。それでも、「一生で追いつける気がしないな。」
そう諦念にも似た感情を覚えるほど本当に彼女が好きだった。
なによりそんな自分を好きになれていた気がした。


告白同様、別れは突然訪れて、あまりにも短かった。

必死に説得を試みたが、彼女は僕の言葉に耳を塞いでその場にしゃがみこんだ。きっと僕の話なんてもう聞きたくなかったんだろう。
講じる手段は残されていなかった

以来、この3か月。
彼女と付き合えたという自信からか、はたまた彼女に貰った感性からか、
友人とウィンドウショッピングも板についてきたし、一生縁が無いと思っていた音楽フェスで はしゃぐ姿が携帯の待ち受けを鮮やかに飾っている。
誰がどう見ても充実した生活。
そんな自分がこれから先ずっと彼女の影響だという拭えない事実が時折、胸を締め付けるけれど。

僕の何が至らなかったのか。嫌われたのか。未だに分からない。
きっとそもそもが釣り合わない天秤で、糸がプツンと切れてしまったんだ。

LINEの通話終了音がまだ頭の中で反響している。
切れた電話線がもう一度紡がれて、次のコールに代わる時を待ちわびるように。


「じゃあね。」
そう言ってスマホの液晶を押すのはやっぱり私の方だった。
「絶対自分から電話を切らないよなぁ」思わず笑ってしまった。
LINEの背景で笑っている思い出の自分も笑っているような気がした。

彼とは3か月前に別れた。
不愛想で人見知りだし、ファッションに無頓着な彼はあまり気づかれていないけど意外とスタイルも容姿も良かったから、時折女の子の間でも話題に上がるタイプではあったけど、確かにそれほどモテる奴でもなかった。
付き合った時も、周りはしばらくその話題で持ちきりだったみたいだし、男友達からは「どこがいいの?」なんてバカにされたりもしたな。
誰も分かってくれないので、人に話したことはない。
分かってもらおうとも思ってないけど。

私は音に敏感だ。
それは物心ついた時からずっと。特に人としゃべるときは顕著だった。
一対一で喋るとその人の声や服の擦れる音、時には足音。
情報がいっぺんに頭の中になだれ込んで来て気持ちが悪くなってしまう。
だから私は大勢の集まりを好んだ。誰のどの音にも集中しなくて済むから気が楽になる。

でも彼の音は何故か好きだった。
正確にはこれまでに聞いたことのないあまりに無機質な音がして、もっと聞いていたいと思ってしまった。

「みんなに優しくて本当に人が好きなんだね。憧れる。」
彼はそう言ったけど、私は誰にも興味ないだけ。
本当にやさしいのは彼の方だと知っていた。
彼の音は誰一人として拒絶していない音だったから。

彼の音が次第に崩れだしたのはすぐだった。
何かの勘違いかと思ったけど、その旋律は日に日に安定感を欠いていった。


あの日は別れ際、駅で「さよなら」を告げた。
告白同様、悩みに悩みぬいての決断だった。

それから彼は口から色んな種類の音を出したけれど、そのどれもがこれまで聞いたことがないくらい不快な音色で頭を揺らした。
強いめまいで私はその場にしゃがみこんだ。
早くこの時が過ぎてほしい。そう思うことしか出来なかった。


久々に電話で彼の音を聞いた。
LINEの通話終了音がまだ頭の中で反響している。
わざとらしく明るいコール音はやっぱり嫌いだった。

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