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日本のVFXは、このままだとガラパゴス化してしまう――オダイッセイが訴える、危機感【プロフェッショナルストーリーズ Vol.4】

映画『おらおらでひとりいぐも』を題材に、それぞれのプロフェッショナルたちを深堀する連載企画が展開中。

第4回のゲストは、オダイッセイさん。

VFXスーパーバイザーとして、『南極料理人』(09)や『関ヶ原』(17)、『人間失格 太宰治と3人の女たち』(19)など多数の作品で活躍されています。

幼稚園の頃から映画業界にあこがれていたというオダさんが、どのようにしてVFXスーパーバイザーになったのか。これまでの歩みと、最新作『おらおらでひとりいぐも』の舞台裏、さらに、現在の日本のVFXに対する想いなど、熱く語っていただきました。

(聞き手:SYO)

企画書段階から、完成まで携わる仕事

――VFXスーパーバイザーとは、そもそもどういうお仕事なのでしょう?

作品によって変わるんですが、昔でいうところの特撮監督ですね。CGディレクターは編集作業が始まってからの参加ですが、VFXスーパーバイザーだと企画書の段階からかかわることも多いので、結構違いますね。
しかも、参加した時点ではまだ決算がとれていない場合もあります。
たとえば「これくらいの予算でこの内容なんだけど、どれくらいVFXはかかりそう?」といった質問にもお答えしつつ、初期段階から携わることも多いです。

無駄なお金を使わないためにも、モデリングやCGの知識がある人が早くから参加したほうがスムーズなんです。作品によっては、プリプロダクション(撮影に入る前の準備期間)が半年間かかるものもあるので、その間にこっちでイメージボードやモデリングの準備をしておいて、撮影が始まるタイミングではもう素材を完成させていることもあります。

あと、仕上げの段階で「タイトルが変わっちゃった」とか「ロゴのデザインを頼みたい」といった部分にも対応するので、1本の映画ができるまで、最初から最後まで携わるポジションかもしれません。

幼稚園の頃から、映画業界に一直線

――オダさんがVFXスーパーバイザーの道に進まれたきっかけは、どんなものなのでしょう?

僕の場合は、幼稚園の時に観た『空の大怪獣 ラドン』(56)です。子どもながらに作りものだとわかって、「こういうことをしたい」と思いました。その後、小学3年生ころになるとなんとなく仕組みがわかるようになって、そのころ手塚治虫さんにもハマって、漫画家もいいな……と将来の仕事を考えるようになりました。

そして中学生になって、『ニューヨーク1997』(81)を観たとき、エンドロールでジョン・カーペンター監督が脚本・音楽もやっていることを知り、パンフレットを読んだら編集にも関わっていると書いてあったんです。それを見て、「ああ、やっぱり映画のほうがいい」と感じ、そこからは一直線ですね。

――映画の道に進みたいと思ってからは、どうやって業界入りを果たされたのでしょう?

僕は長崎が地元で、東京とは距離がある。そこでまず はアメリカ版のメイキングブックとか、いろんな映画の関連本を取り寄せて読み漁りました。絵コンテはヒッチコックの本から学んで、独学で学びました。当時はまだネットがない時代で、『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』(81)が公開されたくらいのころですね。

高校の頃になると自主映画の製作を手伝うようになり、そのまま長崎大学の教育学部美術学科に入り、ビデオ編集機に触るようになりました。大学1年生の終わりごろに架空のCMの絵コンテを作って、民放のテレビ局に売り込んだんです。そこから番組制作のプロダクションに紹介してもらい、アルバイトをしながらいろんな機材の扱い方を覚えました。
黒木和雄監督の現場の美術スタッフとしてもぐりこんだこともありましたね。英BBCのアシスタントなど、何でもかんでもやりました。

――どうしてそこまで、情熱が途切れなかったのでしょう?

やっぱり、映画バカなんですよ。(笑)
当時から映画は死ぬほど観てますし、仕組みを知りたくてコマ送りとかしてまで見まくっていました。海外では『ジョーズ』(75)を教材に、タイムシートを作って「何が起こる」とかを書いて演出の勉強をしてる、と聞いたらバカ正直にすぐ真似してました。(笑)

あとはやっぱり、地方で映画の仕事に就くためには、自分から積極的に動かないといけなかったのもありますね。

そういうことを続けていって、地元のTV局や福岡の広告代理店に声をかけてもらえるようになり、深夜番組のディレクターやCM制作などを経験して、26歳くらいに東京に出てきました。

夢の中へ_gifmagazine

(映画『おらおらでひとりいぐも』GIFMAGAZINE 公式チャンネルhttps://gifmagazine.net/users/105284/profile

――沖田修一監督とは『南極料理人』(09)で初タッグを組まれ、そこから何作もご一緒されてますよね。それぞれ印象的な出来事はありますか?

『南極料理人』では、雪に悩まされましたね。撮影の二週間前くらいから、毎日「どうしましょう雪が積もりません……」と制作部から電話が来ていたのですが、結局、撮影地には雪が積もらなかったんですよね。なので、近くに積もった雪を2トンくらい持ってきてもらって、基地の周りに数メートルほど敷き詰めたんですよ。制作部のみんなと一緒に。
ちなみにそれ以外の雪は、全部合成で足してるんですよ。

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――そうだったんですね! まったくわからなかった……。

『横道世之介』(13)では、「80年代の新宿駅のシーンをどうしましょう……」という話になったんですが、「きっと主演の高良健吾さんは気配を消してくれるから大丈夫」と伝えて、実際に現地で撮影して全部背景を差し替えています。

『おらおらでひとりいぐも』でも、彼岸花のシーンで、花を足しています。奥行きは全部合成ですね。演者さんの周りは、造花を用意してもらいました。やっぱり、そこにあるかどうかで演者さんの表情も違ってきますし、赤い花だから多少反射があるんですよね。
たまたま『人間失格 太宰治と3人の女たち』(19)で近いことをやっていたので、その経験が生きましたね。

あと、マンモスに関しては、クランクインのときには毛を生やす前の状態までは出来上がっていました。現場で、田中裕子さんに対してどれくらいの大きさにして撮影するかを皆さんで決めたいとのことだったので、早めに用意しました。

(映画『おらおらでひとりいぐも』公式Twitter)

アカデミーに、VFXの賞を作ってほしい

――オダさんはCGスタジオの取締役も務められていて、「日本のVFXの発展を目指す」と発言されていますよね。その部分に対する思いを、ぜひ教えてください。

実は、日本のアカデミー賞の中に、VFXのポジションがないんですよ。『関ヶ原』(17)では、美術に近い仕事を行っているんですが、一切評価されない。映画をやりたい若い子たちもたくさんいるのに目標がないと、いまのグローバルな映画界と張りあえる土壌がなかなか作れない。それが課題なんですよね。

僕はいま3社の取締役をやっていて、タイやインドネシア、インドとのネットワークも作っているんですが、どうしてその活動を始めたかというと、映画『暗殺教室』(15~16)をやったときに、3DCGのチームを継続させていくことが、すごく難しいと感じたからなんです。だから、僕が取締役になって活躍する“場”を作って、新しい仲間が映画の仕事を一緒にずっとできるようにしようと思った。

例えばCGデザイナーって、ゲームだと新しいアプローチを試すよりも決められた仕事することが多いんですが、映画は結構自由度が高いんですよ。ただそのぶん、ゼロから簡単に参入できる業界ではない。だからこそ、僕が受けた仕事に参加してもらうことで、実績になればいいなと思っています。

そして、彼らがもっと羽ばたいていけるように、日本のアカデミーが評価してくれるような枠組みを作りたい。新しく賞を作るためには年間200万用意すればできると聞いたので、いろいろとアプローチをしているところです。まだなかなか状況は厳しいんですが、これが自分の目下のテーマですね。

いま動かないと、近い将来日本のVFXはガラパゴス化してしまう。何とか実現したいと思っています。

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とにかくガムシャラに、映画で食べていく道を切り開いたオダさん。そんな彼が最後に話してくださった、「未来のための課題」が、心に残りました。

日本映画のさらなる発展のために、後進のクリエイターたちのために、VFXがもっと評価される環境を作りたい――。そんな彼の想いが、多くの方に届くことを願っています。

VFXスーパーバイザー:オダイッセイ
1965年生まれ、長崎県出身。主な作品に『舞妓Haaaan!!!』(07/水田伸生監督)、『南極料理人』(09/
沖田修一監督)、『マイ・バック・ページ』(11/山下敦弘監督)、『横道世之介』(13/沖田修一監督)、
『暗殺教室』(15/羽住英一郎監督)、『家族はつらいよ』(16/山田洋次監督)、『関ヶ原』(17/原田眞人監督)、『人間失格 太宰治と3人の女たち』(19/蜷川実花監督)、『嘘八百 京町ロワイヤル』(20/武正晴監督)など。

映画『おらおらでひとりいぐも』11月6日(金)公開


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