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小城製粉 | 掛け合わせの妙

白玉粉や餅粉など耳馴染みのあるものから、上用粉、上新粉、上南粉、みじん粉、道明寺粉、寒梅粉、落雁粉、乳児粉…などなど、「米粉」と呼ばれるもののなかには実に多くの種類が存在する。
元々は菓子職人が自らつくりたい菓子にあわせて米粉を配合し製造していたというが、江戸時代以降、和菓子需要が高まるにつれその役目は徐々に職人の手を離れ、製粉メーカーの元へと移っていった。

鹿児島県薩摩川内市で米穀粉類の製造・販売を行う小城製粉。和菓子屋にはじまり、当初は自分の店で使う粉だけを製粉していたが、近隣の職人たちからも依頼を受けいつしか事業へと発展した。

「米を挽き、つくりたい粉ができなければ製粉機を増やし、そこからできた粉と粉を掛け合わせながら、職人たちが求める粉をつくり続けてきました。ある意味で私たちは『非効率な粉屋』と言えるのかもしれません。ですが、だからこそこの粉ができたんだと思います」

深遠なる米粉の世界と向き合い、開拓し続ける小城製粉。彼らが掴んだ新たな可能性とは、一体どんなものだったのだろうか?

米粉の仕組みと米粉屋の本分

まずは、基本的な米粉の違いについて改めて整理してみよう。

米粉の種類は「原料」「製粉前の米の状態」「製粉方式」「粒度」の4つで大別することができる。

①原料・・・うるち米を使うか、もち米を使うか。ここでまず大きく二分される。うるち米は、いわゆる私たちが普段の生活で口にする主食としての米。粘りが弱く、半透明で光沢がある。一方もち米は、乳白色で強い粘り気があり、その名の通り餅や、赤飯などにも用いられる。

米を機械に流し入れる

②製粉前の米の状態・・・一度米を蒸してデンプンを糊化(アルファ化)させるか、生米のまま製粉するか。糊化したデンプンは、生米のデンプンと比べて消化がしやすくなる。

アルファ化中

③製粉方式・・・アルファ化せず生米のまま粉砕する場合、そのなかでさらに「乾式」あるいは「湿式」の2つに分かれる。
乾式は、さっと水洗いしてぬかを落とした米を乾燥させ、そのまま粉砕する製粉方式。一方湿式は、水にしっかり浸して米の内部に水分を含ませ、その後表面の水気をとってから粉砕を行う。

浸水した米は小舟のような形をした木桶に広げられ、乾かされる

乾式は工程が少なく済むが、粉にストレスがかかるためデンプン損傷が大きくなりやすい(*)。一方湿式は設備投資が必要で手間隙もかかるが、その分米自体のデンプンの損傷をおさえることができる。

*デンプン損傷・・・デンプンの粒が熱や機械的衝撃によって傷ついたり割れたりしたもの。デンプン損傷の度合いが高ければ高いほど、吸水量が多くなる。損傷デンプン含量が高い米粉をつかうと水を吸って生地が重くなるため、膨らみにくい。

④粒度・・・目的にあわせて様々な粒度で粉砕する。小城製粉の場合は複数の製粉機を保有しているため、用途ごとに機械も使い分ける。
しかし、たとえば「上新粉よりも上用粉の方が細かい」といった定義はあるものの「○〜○mmの粉は白玉粉」といった明確な規格は実は存在しない。そのため、どの粒度のものをどの粉と定義するかはメーカーごとに考え方が異なるのが現状。

連続して杵を打ち下ろすことで製粉するスタンプミル

①〜④の掛け合わせによって、米粉の可能性は大きく枝分かれしていく。

米粉の分類図 ※小城製粉の場合

またそれだけでなく、製粉した粉同士を配合することで新たな特性を持つ米粉をつくることもできる。
小城製粉では創業から現在に至るまで、職人たちからの様々な要望にオーダーメイドの配合で応え続けてきた。その結果、現在ではなんと400種類もの製品を自社に保有しているという。

米粉を知り尽くした職人がたどり着いた、米粉100%でパンを膨らませる方法

そんな小城製粉が2010年に販売開始したのが「米粉パン専用粉」。
その開発の道のりは、食物アレルギーの子どもを持つ親から「我が子でも食べられるパンをつくってほしい」とリクエストを受けた、あるパン職人の相談から始まった。

「子どもが小麦アレルギーなんですとか、卵、乳製品がだめでってお問い合わせはパン屋さん、お菓子屋さんには少なくないんです。『小城さんのところで、アレルギーを持つ人でも平気なパン用の米粉をつくれないだろうか』というお声自体は、実はかなり前から度々いただいていました。色々なタイミングが重なって、ようやく本腰を入れてやろうとなったのが2008年ごろのことです」

小城さんにとって米粉とは

話を聞かせてくれたのは、小城製粉の取締役兼製菓部主任を務める小城吉輝さん。

2008年の日本といえば、第一次米粉ブームの真っ只中。新聞やテレビでは相次いで米粉をテーマにした特集が組まれ、コンビニ大手のローソンから全国発売された米粉パンをはじめ、巷では米粉を使用した様々な商品が見られるようになった。

しかし、当時売られていた米粉パンと小城製粉が目指した米粉パンには決定的な違いがあったと小城さんは言う。

「単純に、目的が違うんです。あの頃の日本は、海外から輸入される小麦の消費量が増える一方で国内で収穫された米の消費が低迷、事実上供給過剰になっていました。米をもっと消費してほしい、そのためには米を粉にして小麦と同じようにすれば用途が拡大して消費が進むだろう、という国としての考えが根底にあったんですね。
なので当時の米粉パンはグルテンフリーである必要がなくーーそもそもグルテンフリーという言葉もまだ日本にはありませんでしたがーーどちらかと言うと、パン職人たちが気軽に小麦の代用として使えるものであることのほうが重要でした。だから昔の米粉パンは、小麦粉を少量混ぜたりバイタルグルテンを添加してつくられています。

一方で私たちの目的は、アレルギー対応食でありながら子どもたちも食べたくなる美味しい米粉パンを完成させること。そうするとグルテンを入れるという発想はまずなくなりますし、だからこそ難しさがありました」

何を以って「パン」と呼ぶか

数々の米粉を生み出してきた厨房

開発を進める過程で、小城さんは「パンとは何か」という根本的な問いに直面することになる。

それまでにも、研究領域で100%グルテンフリーの米粉パンの開発に関する前例はあった(*)。しかしその理論に納得はしながらも、小城さんには葛藤があったという。

*2001年に山形大学工学部の研究グループがプラスチック発泡成形の考え方を応用し、初めて米粉100%による製パンに成功した。
https://nishioka-lab.yz.yamagata-u.ac.jp/resarch/komepan.html

「研究結果としては素晴らしいものでしたが、その構造や製法、仕上がりの状態に関しては私たちが見知った小麦のパンと乖離があると感じました。果たしてこれをプロの職人たちの現場に持ち込んだ時に、パンと呼んでもらえるのかなと。いくら最終的に近しい形になったとしても、そこに至るまでのステップが違いすぎたら、職人たちにとってそれはもうパンではないですよね」

いくら良いものをつくっても、使ってもらえなければ意味がない。和菓子職人でもある自身の経験からそう感じた小城さんは「パン屋の厨房にある機械だけで、パンと同じ工程でつくれること」を念頭に置き開発に邁進した。

「グルテンがない分、生地の扱いには少しコツが要るかも」

そしてもうひとつ。米100%のパン用粉をつくる上で大きな課題となったのが、「膨らみ」だ。

膨らみの理由は配合に有り。その構造のヒントは築城技術に?

「膨らまなければ、やっぱりパンとは呼べないですよね」と小城さん。

「だけどグルテンは入れないでつくりたい。そんなわがままを形にできたのは、職人たちの声に応えて色々な粉をつくり続けてきたこれまでの経験と、開発に着手した時点で試作に使える豊富な種類の米粉が倉庫にあったことが大きかったと思います」

たくさんの米粉のなかから、粉の特性を活かしてパンのような膨らみを表現できる配合を考え続けた小城さん。研究に費やした期間は2年にも及んだ。

「小麦のパンと同じように分割成形できます」

さらに、生地の膨らみを保持するための重要なポイントとなったのが粉の粒度だ。

「小麦のようにグルテンで膨らみを保つことができない以上、他のやり方で代用しなければならない。この時に、粒度のバラつきが使えるんです。
大事なのは、粒度の異なる米粉をうまく配合すること。バラバラの粒度の粉を集めて構造を複雑にしたほうが、膨らみを保ちやすいんですよ。

どういうことかと言うと、お城の石垣をイメージしてもらうとわかりやすいと思います。あそこに使われてる石って形が不揃いで、並べ方もちぐはぐですよね。つまり大小様々なものを積み上げていった方が、地震なんかで揺れた時にも耐えられる強い構造になるんですよ。米粉パンも同じで、グルテンに頼れない分粉の粒をあえて不揃いにしておくことによって、潰れにくい、膨らみが長持ちするパンがつくれることがやっていくうちにわかったんです」

長い歳月を経て完成した「米粉パン専用粉」は、業界内でも大きな話題を呼んだ。発売から5年後の2015年には、そのアイデアと品質の高さが認められ「日本食糧新聞社制定第28回新技術食品開発賞」を受賞。さらにはグルテンフリー先進国のヨーロッパからも注目を集め、2014年にはドイツへパン用米粉の輸出を開始した。

小城製粉では「米粉パン専用粉」を使った最終製品も提案している
パンらしい香ばしさと米ならではの艶やかさ、モチモチの食感が共存する小城製粉の米粉パン

また、2017年にはドイツ・ベルリンにKOMEKO社を設立し、国内150を超える店舗に米粉を提供。現地スタッフと連携し、米粉のさらなる国際普及に力を注いでいる。

米粉職人が思う、米粉の尽きぬ面白さ

「米粉って、人の人生と同じだなと思うんですよ」と小城さん。

焼き上がりの窯を開けると米の甘い香りが一気に広がる

「仮にまったく同じ米を使っても、製法と粒度の掛け算でまったく違うものができる。さらにその掛け合わせ方を変えることで、可能性はどこまでも広がっていきます。ですがその一方で、どこまでいっても米の味だけは絶対に残る。いろんな挽き方をしたり、配合をして違った特徴になっても、味は必ず元の米のものが一つひとつストレートに生きてくるんです。
どんな場所に生まれて、どんな学校に行って誰に出会って、どんな働き方をするか。生まれてから死ぬまで人の可能性は無限大なんだけど、でもどこまで行っても根っこの部分は変わらない。それと一緒です。米粉って、本当に面白いんですよ」


■小城製粉
〒895-0041 鹿児島県薩摩川内市隈之城町1892番地
https://kojoseifun.co.jp/