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消費者理論(2):効用関数

今回は、前回定義した合理的な選好関係を数値的に表現し、選好の量的比較を可能にする効用関数の概念を導入する。連載はこちら。


消費集合と消費ベクトル

選好関係$${≿}$$の合理性を定義する際、「選好関係が定義される集合$${X}$$に属する任意の$${x, y}$$」を導入した。より正確には、$${x, y}$$は$${N}$$種類の財(商品/サービス)からなる経済を想定した時、消費者が直面する個々の選択肢を表現した$${N}$$次元の消費ベクトル、$${X}$$は消費者が選択可能な全ての消費ベクトルからなる消費集合という。なお消費ベクトルは$${N}$$次元実数空間上の要素、消費集合は$${N}$$次元実数空間上の部分集合である。

消費ベクトル$${x}$$と消費集合$${X}$$
$${x=(x_1, \cdots, x_N)\in \mathbb{R}^N}$$
$${X\subset \mathbb{R}^N}$$


補足:要素と部分集合
そばとうどんの2財からなる経済を考える。消費者が選択し得るそばの消費量を$${x_1 (≥0)}$$、うどんの消費量を$${x_2 (≥0)}$$とおくと、消費集合$${X=(x_1, x_2)}$$は2次元実数空間$${\mathbb{R}^2}$$のうち、両成分がゼロ以上となる2次元ベクトル全体の集合となり、$${\mathbb{R}^2}$$の部分集合である($${\mathbb{R}^2}$$の2成分は任意の実数をとる)。一方、消費ベクトルは例えば$${(1,0)}$$、$${(3.2,10)}$$、$${(500,8.7)}$$のような、両成分がゼロ以上であるようなある特定のベクトルを指し、これは$${X}$$の要素であり、また$${\mathbb{R}^2}$$の要素でもある。属する$${(\in)}$$は集合と要素の関係を表し、含む$${(\subset)}$$は集合と集合の関係を表す。


効用関数

効用関数を、任意の消費ベクトル$${x, y \in X}$$に対し次のように定義する。

効用関数
任意の消費ベクトル$${x, y \in X}$$について、$${x≿y⇔u(x)≥u(y)}$$
であるような$${u}$$を、選好を表現する効用関数という。

上記の意味することは、ある消費者が消費ベクトル$${x}$$を($${y}$$に対して弱く)選好するならば、$${x}$$に対してある値を割り当てた$${u(x)}$$は$${y}$$に対してある値を割り当てた$${u(y)}$$以上であり、逆に$${u(x)}$$が$${u(y)}$$以上ならば、その消費者は消費ベクトル$${x}$$を弱く選好している、ということである。従って、より好ましい消費ベクトルにより大きな数値を割り当てた効用関数は上記の性質を満たすため、同じ選好を表現する効用関数は無数に存在する。

序数的効用と基数的効用
上記のように「重要なのは効用の大小であり、効用の絶対値には意味がない」とする考え方に基づく効用を序数的効用、「効用の大小に加え、絶対値にも意味がある」とする考え方に基づく効用を基数的効用という。例えば、ある消費者による消費の選択(AかBか)を観察することで「AとBのどちらが好きか」は客観的に測定可能だが、「AとBをどれだけ好きか」は客観的に観測可能ではない。このような事情を背景に、現代の経済学では基本的に序数的効用の見方に従っており、以下の議論でも序数的効用を用いる。

効用関数で表現される選好の性質
選好関係に応じた数値の大小関係を効用関数に割り当てることができる(=効用関数が定義できる)のは、選好関係が合理的であるためである。つまり、消費集合$${X}$$上の選好関係$${≿}$$が、ある効用関数$${u}$$で表現できるとき、その選好関係$${≿}$$は合理的(完備的かつ推移的)である
$${\because}$$(完備性)任意の消費ベクトル$${x, y \in X}$$の選好関係がある効用関数$${u}$$で表現できるとき、$${u(x)≥u(y)}$$か$${u(y)≥u(x)}$$のいずれかが成り立つが、これは効用関数の定義より$${x≿y}$$か$${y≿x}$$のいずれかが成り立つことと同値であり、これは選好関係の完備性に他ならない。
(推移性)消費ベクトルの$${x, y, z \in X}$$の選好関係が$${x≿y, y≿z}$$であるとき、効用関数の定義より$${u(x)≥u(y), u(y)≥u(z)}$$であるが、これは数値の大小比較のため$${u(x)≥u(z)}$$が成り立つ。これは効用関数の定義より$${x≿z}$$と同値であり、これは選好関係の推移性に他ならない。

以上の議論より、ある選好関係$${≿}$$が効用関数$${u}$$で表現できるならば、その選好関係$${≿}$$は合理的と言えるが、逆にどのような選好関係$${≿}$$であれば、効用関数で表現できるのか(=人間の好みがどのような性質を持てば、それを数値として評価できるのか)。実はその条件は、合理性だけでは十分ではない。選好関係が合理性を満たし消費集合$${X}$$が有限の選択肢であれば上記の効用関数を定義できるが、選択肢が無限の場合、効用関数を定義するには選好関係の合理性に加え、連続性を満たさなければならない(連続性の定義には、以下をはじめいくつかのバリエーションがある)。

選好関係が満たすべき条件(2)
3) 連続性:$${x \in X}$$に対して、
狭義下方位集合$${\{y \in X | x≻y\}}$$および狭義上方位集合$${\{y \in X | y≻x\}}$$
がいずれも開集合である
もしくは、
3') 連続性:$${x \in X}$$に対して、
下方位集合$${\{y \in X | x≿y\}}$$および上方位集合$${\{y \in X | y≿x\}}$$
がいずれも閉集合である

選好関係$${≿}$$が連続性(3の定義)を満たさない場合、ある消費ベクトル$${x}$$について、$${x}$$より厳密に好ましい消費ベクトルのいくらでも近傍に$${x}$$と同等かそれ以上に好ましくない消費ベクトルが存在する状況が起こり得る。消費者の好みが連続的に変化せず、消費ベクトルがわずかに変化しただけでも消費ベクトルに対する好みが大きく変化する可能性がある(例:辞書的選好)。逆に、連続性の仮定は消費者の好みが連続的に変化することを保証する。

選好関係$${≿}$$が合理的かつ連続であることが、その選好関係$${≿}$$を表現する連続な効用関数$${u}$$が存在することの必要十分条件である(Debreu, 1972)。

効用関数で表現できる選好関係の性質
消費集合$${X}$$上の選好関係$${≿}$$が合理的かつ連続
$${⇔}$$選好関係$${≿}$$を表現する連続な効用関数$${u}$$が存在する。

合理的行動

実際に消費者が採れる行動の選択肢$${S}$$は消費集合$${X}$$より狭いことが多いが、ある範囲$${S}$$を所与とした時、$${S}$$内の任意の$${x}$$に対して$${x^*≻x}$$となるような$${x^*}$$を選択する行動を合理的行動という。選好関係$${≿}$$が合理的かつ連続の時は効用関数が定義でき、合理的行動は効用$${u(x)}$$を最大化する$${x^*}$$を選ぶ行動と同値である。
従って、消費者の好みを数値として評価する効用関数を導入することで、消費者の合理的行動を効用最大化問題の解として分析できるようになる。

次回はこちら。

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