見出し画像

ツバキ・ナカシマ(6464):アドバンテッジアドバイザーズを割当先とするCB/新株予約権発行

本シリーズでは、上場企業によるエクイティ性資金の調達に関する適時開示を取り上げ、資金調達の背景や商品設計、発行体(企業)・引受先(企業やファンドなど)に対する経済性を理解し、ファイナンスの狙いを紐解く。特に、ファンドを引受先とするファイナンスにおける、ファンド目線でのリスク・リターン設計の狙いや投資戦略の解釈に比重を置く。

本シリーズの分析対象は、主に下記の商品区分・調達方式に該当するエクイティ・ファイナンスの適時開示のうち、実施の経緯や調達規模、商品設計の工夫や話題性など、何らかの観点で特徴的と思われる事例である。

  • 商品区分:普通株式、優先株式、転換社債、新株予約権、劣後債など

  • 調達方式:公募、第三者割当


ツバキ・ナカシマ(6464):資金調達の背景

2023年10月18日引け後、ツバキ・ナカシマ(6464)は総額約150億円のエクイティ性資金の調達を公表。具体的には、第三者割当の方法により約100億円の転換社債型新株予約権付社債と約50億円の新株予約権を、アドバンテッジアドバイザーズがサービスを提供するファンドに割り当てる。また当社は同日、アドバンテッジアドバイザーズとの事業提携契約の締結も併せて公表。

当社はベアリング用の精密ボール等を手掛ける部品メーカーである。目下の経営上の施策として、①不採算製品の見直し等による売上内容の強靭化や米国事業・リニア事業の立て直し、②「Best in Class」なものづくり企業に向けた開発スピードの向上や効率化に取り組んでおり、これらの施策の確実な遂行に向け、事業提携と資金調達を決定した、とされた。また当社は、総額150億円の資金使途として、以下のように計画している。

  1. セラミック/スチールボール、メディカル用部品の能増投資:73億円

  2. 高品質な製品を供給するための設備投資:32億円

  3. 米国事業の収益改善投資:10億円

  4. 熱効率の向上や太陽光発電の導入拡大投資:35億円

当社との事業提携や資金調達を手掛けたアドバンテッジアドバイザーズは、国内のプライベート・エクイティ・ファンドのパイオニアであるアドバンテッジパートナーズグループの中で、上場企業の株式を取得するとともに経営陣と一体となって企業価値向上に取り組む投資戦略(上場企業成長支援プライベート投資)を担当している。今回の提携では当社に対し、人材採用、経営管理体制強化、M&Aの推進などの経営支援を実施する模様。

本ファイナンスによる希薄化影響は、CBと新株予約権による調達のため即時の希薄化はないものの、潜在株式による希薄化後ベースで約31-35%にのぼると見られる(転換/行使価額の下方修正ヒット有無により変動)。当社による本資金調達と事業提携の公表後、翌19日の当社株の終値は715円と、前日終値(761円)対比-6%の下落となった。潜在株式による希薄化の規模を踏まえれば、直後の反応としては比較的軽微に収まった印象である。

以降では、アドバンテッジアドバイザーズに割り当てられたCBと新株予約権の商品設計を概観し、リターンプロファイルからアドバンテッジアドバイザーズの投資戦略を紐解きたい。

投資商品の主要ターム

今回発行したCBと新株予約権の主要タームと事業提携契約に関するリリースは以下の通り。各種表現は可読性を重視したため厳密ではない(正確な内容は下記ファイルを参照)。

転換社債型新株予約権付社債

  • 払込金額:100.2億円

  • 利率:なし

  • 償還期限:5年後

  • 転換価額:796円(前日終値+4.9%)

    • 下限転換価額:676円(当初転換価額の85%)

    • 修正判定時期:半年後、1.5年後、2.5年後の直近20取引日

    • 転換可能期間:割当日翌日から5年後まで

    • 転換可能条件:株価≥転換価額×1.2の場合のみ転換可能

新株予約権

  • オプション料:0.29億円(調達金額の0.59%)

  • 発行金額:50億円

  • 行使価額:796円(前日終値+4.9%)

    • 下限行使価額:676円(当初転換価額の85%)

    • 修正判定時期:半年後、1.5年後、2.5年後の直近20取引日

    • 行使可能期間:半年後から5年後まで

事業提携契約

  • 事業提携開始日:割当日と同日

  • 事業提携内容

    • 人材採用

    • 経営管理体制強化

    • M&A(資本提携を含む)の推進

    • その他当社とアドバンテッジアドバイザーズが別途合意する業務

商品設計に関する考察

「攻防一体」的な商品設計

上記設計の通り、CBには株価が転換価額の20%以上(当初価額では955円)上昇しなければ転換ができない制限が付されているものの、期間的には割当日の翌日から普通株式への転換が可能かつ利息ゼロかつオーバー・パーとの条件から、株価上昇時の普通株式への転換によるリターンを念頭に置いた設計と見受けられる。

CBや新株予約権によりダウンサイドリスクを限定しつつ、国内有数のプライベート・エクイティ・ファンドを出自とするアドバンテッジアドバイザーズの「ハンズオンでの経営支援」によるファンダメンタルズの向上と新株予約権のレバレッジ効果により、株価上昇局面でのリターンを最大化するいわば「攻防一体」的な商品設計の工夫が見られる。

また、短期的な転換/行使制限による短中期での希薄化懸念の抑制、中長期では経営支援により業績を改善し、希薄化を補って余りあるEPSの増加が達成されれば株主価値を大きく毀損しないとも言える点、事業提携契約との同時リリースやCBの転換制限によるシグナル効果など、株式市場の反応にも配慮された設計やアクションの工夫もあってか、公表から5営業日の株価推移は699円から721円(公表日前日終値対比-7.9%から-5.0%)と、潜在株式数ベースの希薄化率(31-35%)対比では比較的限定的な反応と言えよう。

リスクは償還ケースにおいては受取利息がゼロであるばかりかオーバー・パー発行分や経営支援の工数も全損となってしまう点であろう。

PEファンドの価値創造機能と株式市場

本投資はいわゆる伝統的なプライベート・エクイティ投資(PE投資)とは異なるが、アドバンテッジアドバイザーズは母体のアドバンテッジパートナーズが有するハンズオン支援のノウハウも駆使しリターン創出に取り組むものと考えらえるため、本ディールは「PE投資の価値創造機能が株式市場に如何に評価されるか」という極めて興味深いテーマに対する実証的側面を有する。

PE投資の経済効果創出の論拠としては、主に以下の4つの仮説が知られる。

  1. フリーキャッシュフロー仮説

  2. エージェンシーコスト削減仮説

  3. 価値の移転仮説

  4. バリューアップ仮説

フリーキャッシュフロー仮説は、PEファンドがLBOスキームにより企業を買収する際、投資先は本業で得たキャッシュフロー相当額を借入金返済に回す必要が生じ、それが経営陣による無駄な投資(NPVが負である投資)を抑制し、企業価値向上が実現されるとする仮説である。本スキームではむしろ資金調達を実施しているため、この仮説の前提が成立していない。

エージェンシーコスト削減仮説は、投資先経営陣へのモニタリング体制強化や業績連動型報酬の設計などにより、株主と経営陣の利害一致が図られ、エージェンシーコストが低減し企業価値が向上するとの仮説である。アドバンテッジアドバイザーズは少なくとも当初は議決権を持たないが、転換により普通株式を保有し得る点や事業提携契約の中で経営管理体制強化に触れている点も踏まえ、この仮説に基づく企業価値向上が実現される可能性がある。

価値の移転仮説は、PEファンドの買収後に雇用や報酬の削減といったリストラを通じて、従業員などの株主以外のステークホルダーから株主に冨や価値が移転することで企業価値が向上するとの仮説である。この仮説もエージェンシーコスト削減仮説同様、PE投資ほど抜本的ではないにしろ、今回の事業提携にて一定程度実現される可能性がある。

バリューアップ仮説は、産業や市場に高い知見を有するPEファンドの投資担当者が、投資先マネジメントへのハンズオン支援を通じて、投資先の事業成長による企業価値向上に貢献するとの仮説である。この仮説は議決権を当初は有しない本スキームにおいても、ノウハウの蓄積により伝統的なPE投資と遜色ない付加価値が創出される可能性がある。

本スキームの興味深いところは、企業組織の内部におけるプリンシパル・エージェント問題の解消による付加価値創出と、企業組織と株式市場との対話における情報非対称性の解消による株価への織り込みという2つの課題をクリアすることでリターンが創出される点である。個別テーマとして両者の研究が進んでいると見られるが、両者を複合させた場合の新たな論点が生まれ得るのか、実証的にも理論的にも非常に面白い領域に感じる。

今後も本シリーズにおいて、アドバンテッジアドバイザーズの他案件や他ファンドによるエクイティファイナンス事例を取り上げ、スキームや狙いに関する理解を深めたい。

この記事が参加している募集

学問への愛を語ろう

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?