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損益分岐点から眺める デザインの風景

デザイン会社コンセントでは、デザイン業務に対して「生産性」の指標を取り入れています。

「生産性」は、デザインプロジェクトごとの利益率を表す指標。売上に対するコストの比率を指標化したもので、プロジェクトメンバーはその「生産性」を意識しながらデザインワークを進めています。

コンセントは、2019年から「生産性」を全社に取り入れ、業績を改善することができました。以後、安定的な成長を続けています。

今回は、コンセントの「生産性」活動について。加えて、デザイナーが自律的に損益分岐点を意識することで見えてくる創造性についても言及します。デザイナーが利益率だけに縛られるのではなく、逆にそれを手なづけて、社会にデザインを提示する姿が見えてくるはずです。

今回はデザインエージェンシーの話です。事業会社内のデザイン組織では利益の概念そのものがないかと思います。プロジェクトごとの経済的価値とそれにかかるコストをどうバランスさせるか。そんな抽象化した視点から何らかの気付きにつながることを願います。


コンセントの「生産性」とは

あらためて、コンセントの「生産性」とはプロジェクトごとの利益率を示すものです。「生産性」の名前は、利益を上げるための業務生産性を意味しています。

詳細には、売上から外注費を除いた値における、メンバーの人件費総額の割合を示した値です。ここでの人件費総額は、メンバーの人件費に毎時の工数をかけたものです。売上(価格)を上げる、外注費を下げる、工数を下げる、などのアクションを行うとそのプロジェクトの「生産性」は向上します。(やや複雑ですので、ざっくりと利益率として理解いただければ大丈夫です)

「生産性」の基準となるラインは、損益分岐点ではなく、そこから一定の利益を見込んだ値になっています。コンセントの事業領域は、戦略コンサルティングに近いものから、小規模な制作案件まで多岐にわたります。当然、事業ごとに現実的な利益率は異なりますので、その商品性ごとに案件をカテゴライズし、そのカテゴリーごとに「生産性」の基準ラインを設けています。

プロジェクト開始前に費用見積もりを算出する際には、「生産性」の観点から規定の利益率を確保できているかを精査し、その上でクライアントに提案をするようにしています。

メンバーは毎日プロジェクト稼働を記録しますので、プロジェクト実行中にも、「生産性」実績が日々更新されていくようになります。プロジェクト責任者は「生産性」が問題なく進捗しているかを確認し、問題があれば是正するような働きかけが行われます。(コンセントでは、プロジェクトや稼働の管理をスムーズに行える社内システムを内製し、負荷なく「生産性」管理できるよう環境が整えられています)

「生産性」はものさしである

「生産性」をクリアしないと怒られる。評価が下がる。吊るし上げられる。こういったことは一切ありません。デザインプロジェクトは予定調和に進まないこともありますし、人材育成の観点から利益率を上げられない状況もあるからです。なにより、「生産性」に固執すると、組織や提供価値の柔軟性を失ってしまいます。

しかしながら、「生産性を無視することについては厳しい目を向けられます。利益はみんなで協力してつくるもの。「生産性」を意識しないのはそんな意思を尊重しない姿勢と取られるからです。

人事評価でも、わずかな比率ではありますが「生産性を意識しているか」「働きかけているか」という評価項目が存在します。生産性を意識しないメンバーはほとんどいないので、ほぼ形骸化していますが、「生産性」を維持する上でも評価項目としては残しています。

プロジェクトごとの「生産性」は、プロジェクト責任者によって管理されます。とくに意図がなければ、規定の「生産性」ラインを果たすようにプロジェクト運営がされます。ほとんどがそうです。

しかし、プロジェクト内の教育コストがかかる、新しいデザインプロセスを導入するなど、顧客に費用を求めるべきでない工数がある場合には、「生産性」を意図的に下振れさせることもあります。すべてプロジェクト責任者の裁量の範囲です。

コンセント全社には、「生産性はノルマではなくあくまでものさしであるという意識付けを強く促しています。「こういうチャレンジがしたいから」「このメンバーの成長に期待したいから」という意思を反映し、プロジェクトの「生産性」をどうコントロールしていくか。こんなやり取りが日々なされています。

コンセントでは、毎月全社でプロジェクト事例の共有会が行われますが、当たり前のように、そのプロジェクトの「生産性」についても言及があります。そこでは、「生産性」の低いプロジェクトに眉をひそめることはなく、利益を超えた価値をどう作り出しているかに関心をもって全員が耳を傾けます。経済性を含めた多視点でプロジェクト成果を語り合う場が存在しています。

無意識に赤字に傾くプロジェクト

このように「生産性」が機能しているコンセントですが、「生産性」を導入する前は、組織的にコストコントロールの視点が欠けていました。

そもそもすべてのデザイナーは自身のプロジェクトのクオリティを上げたいと強く願い、全力でデザインしたいと思うものです。本当に素晴らしいことですし、デザイナーの内発性が現れた美点であるとも言えます。

一方、そこにどれだけの時間を投下すべきかという視点が欠け、想定以上に時間をかけているケースが多くありました。なかには、時間やコストの管理はプロジェクトの創造性を毀損する、忌むべき存在として捉える風潮も存在していました。

こういった価値観や行動から、時間をかけすぎて赤字になっているプロジェクトが決して少なくない数にのぼっていました。そして、少数の高利益案件がそれをギリギリで支え、なんとか全社の利益を捻出しているという歪んだ構図があったのです。

それは、全プロジェクトを、「生産性」視点から定量的に分析したことで、初めて見えてきた事実でした。

私はその当時は、経営企画的な部門の役員であり、「生産性」を考案し導入した立場でした。この事実を見た瞬間、愕然とする思いがありました。

社内で評判の良いプロジェクトが軒並み赤字になっており、そのプロジェクトメンバーも赤字であるとは認識していません。さらには、赤字になってしまう仕事のやり方をよい動き方として伝承し若手メンバーによって再生産される風景もあったのです。

私も含めた経営メンバーは、この状況をうっすらとは感知していたものの、明確な数字を把握し驚きました。それまではプロジェクト単位の利益指標がなかったため、根拠にもとづいた促しが難しかったことも原因です。社員数が200名を超え、一つ一つのプロジェクトをつぶさに見てまわれない都合もありました。

「生産性」を導入したことで、暗黙的な不安が明確なデータとして可視化され、問題を鋭く突きつけられた感覚を今でも覚えています。

利益創出への公平さと、自由

デザイナーにとってみれば、プロジェクトのアウトプットや成果は、それぞれ個人の実績としてアピールできるものです。

プロジェクトごとのスケジュールの制約がありながらも、時間をかけ放題な状況では、手間をかけクオリティを上げるほうが、個人の得になるということもありえます。そんなことを思うメンバーはいないものと信じますが、構造的にはありえます。

一方、なるべく仕事を効率化したり、高価格な提案ができるよう日々精進を重ねるメンバーもいます。健全なデザインビジネスを志向し、顧客との調整を繰り返し、利益を確保するよう苦労を重ねるメンバーもいます。

利益を消費するメンバーと、利益確保に尽力するメンバー。この二つが同居しうる組織。組織である以上、なんらかの依存関係が生まれることは当然ですが、この状況はあまりに不健康で公平さに欠けたものだと感じました。

そして、デザイン組織にとっての理想的な「自由さ」は、利益に対する「公平さ」の上に立脚すべきとの思いも、その時、強くしたものです。

「生産性」導入のハレーション

最初に述べたように「生産性」を導入したことで業績は改善されました。赤字と黒字が不用意に入り交じる風景は消え、ほとんどが黒字で運用されるようになりました。そんな「生産性」ですが、導入当初には誤解による反発や無理解による傍観が起こったことも事実です。

「生産性」はものさし。あくまで指標であり、プロジェクト運営の基準としてコントロールするものだと明言しても、なぜかノルマや規則や評価指標と勘違いされてしまう。「生産性」の構造や計算式を示し、会社のコスト構造を説明した上で妥当性を強調しても、そもそも理解できない、したくないという空気も生まれてしまう。「生産性」はなんとなく自分の美意識に合わない、「生産性」は創造性を毀損するものだと思いこんでしまえば、対話の糸口もつかめなくなってしまう。

プロジェクト責任者を担当しないメンバーは、「生産性」を自分ごととして捉えづらい。メンバー全員が理解しコントロールすべき「生産性」が、他人事のように聞こえてしまう。理解も進みません。

「生産性」導入後に入社したメンバー、特に新卒入社したメンバーにとって、「生産性」は入社当初からある当たり前のもの。若手は「生産性」をコントロールする習慣ができているのに対し、古くからのメンバーは過去のやり方とマッチしないからか、「生産性」が定着しない現象もありました。

先輩たちが利益のことを考えない」。若手メンバーから発せられた言葉を聞いて、情けなくも悔しい思いをしたこともあります。

しかし、「生産性」を推進するメンバーが懇切丁寧に各所に説明していく。相手の視点に立って、「生産性」への対話の場を繰り返し開いていく。若手メンバーからその必要性を伝えていく。「生産性」により、徐々に業績が好調になり実効性が示されていく。そのように「生産性」がだんだんと組織に身に付いていきました。

同時並行で進んでいた、残業の抑制や休暇取得の推奨といった、労務環境を改善する動きも、「生産性」普及の後押しとなっていました。(実際に「生産性」を導入したことで、大きく改善しました。)

「生産性」向上から、メンテナンスへ

「生産性」導入開始からの3年間は、「生産性」の意識を高め、「生産性」をいかに向上させるかを主眼に活動を進めました。

「生産性」に優れたプロジェクトの良い取り組みを収集し、横展開する。「生産性」に叶わないプロジェクトは最初から受注を控えるなど、活動は多岐にわたりました。

そして3年が経ち、全社のプロジェクトが概ね「生産性」指標の目標ラインにのったところで、「生産性」向上の取り組みを終了しました。現在は「生産性を維持しメンテナンスする活動にシフトしています。

各部署に、生産性メンテナンスの推進者を置き、そのメンバーから定期的に各部署への対話の場を設けたり、問題が発生した場合に対応を協議する場を開くなどして、「生産性」メンテナンスの洗練化に励んでいます。

「生産性」と創造性の発達段階

今回は、コンセントの「生産性」の取り組みを紹介していますが、重要なのは利益率の向上や維持だけではありません。それよりも重要なのは、「生産性を維持しながらも創造性をいかに高められるかです。

ここからは、コンセントの「生産性」活動を通じて見えてきた、「生産性」と創造性を両立する方策に関して、組織の発達段階ごとに記していきます。

段階1|「生産性」を考慮しない創造性

発達段階のスタートは、「生産性」を考慮せずに創造性を目指す段階です。「生産性」導入前のコンセントがこの段階でした。

この段階では、プロジェクトの経済性や経済的価値に目を向けずに、“創造的な仕事”のためには、無限に時間があればと願う組織文化が浸透しています。

現実的には、お金や時間は有限なため、デザイナーの中には「時間がないので創造性を発揮できない」というような他責思考と、自身の仕事のクオリティへの弁明も生まれてしまいます。

“創造的な仕事”のために、過大に時間をかけるクセがついてしまうと、ライフステージが変化し、時間をかけづらくなった時には、まったく太刀打ちできなくなってしまう。個人としても持続性に欠けます。

この段階では、デザイナーが費用見積もりを検討する機会を増やし、経済性への当事者意識を強めることが、重要な施策になります。

段階2|創造性追求のための「生産性」

自身や自組織が創造性をもって持続的に活動し続けるには、「生産性は前提として必要なものだと認識し行動する段階です。

創造的な仕事に時間を使うためにはどう効率化すれば良いか。創造性に寄与する作業は何であり、そうでない仕事は何であるか。それをみんなで考え、業務を調整したり、新しいツールや仕組みを導入し効率性や創造性を強化しするような動きが生まれます。

さらには、自分が創造性を発揮するために必要な時間と、その成果や作業に対する価値や価格を言語化し、Win-Winな構図の中で納得を得ようとする。デザイナーが価格に関与し、価格以上の動きをするよう意識する。そんな行動が当たり前にある風景です。

この段階では、プロジェクト開始前から終了にかけて、細かく作業を点検し対話する習慣をもつことが重要です。タスクごとの期待値や時間傾斜は、チームで認識を合わせることで、はじめて整合性が取れてくるからです。

段階3|創造性と「生産性」の融合

3つ目は、創造性と「生産性」が不可分に語られる段階です。

このデザインの成果はこういう経済効果を生むだろう。そのために必要な創造性とはこういうものだろう。経済的価値が付きづらいけども社会的に必要なデザインの成果はこういうもので、それを持続的に実行するには、これくらいの「生産性」でいくべきだろう。そして、その活動の経済的価値を長期的に上げていくためには、こういう活動が必要だろう。こういった会話が組織に充満する段階です。

デザインの創造性や経済的価値をゼロベースで語り社会的視座で理想と現実とそのギャップを埋めるための発展的な会話が生まれる。そして、実効性を伴った提案ができるようになる。こんな段階です。

この段階では、プロジェクトのタスクではなく、社会的経済的な意義に注目した会話を続けることが重要です。作業単位でもプロジェクト単位ではなく事業単位で捉えることも必要です。

現状のコンセントの発達段階は2と3の間くらいです。多くのメンバーは2の段階で、一部のメンバーが3という段階です。数年前は1のメンバーが多かったことを考えると、短期間で大きく組織が変わったと振り返ることもできます。

損益分岐点から眺めるデザインの風景

私は美術大学を卒業したデザイナーです。ものづくりやそこにかかる時間に関しては実践を通して勘所を持っています。その上で「もうちょっと時間をかければさらに高みを目指せる」と思ったことも何十回と思ったことか。白状をしますと、業務時間にカウントせずに、こっそりとプライベートタイムで作業に没頭したこともあります(10年以上前の話です)。

創造性を発揮するには、ある程度の時間が必要なものですし、それを「利益」「効率」「生産性」の単語で語られることの、モヤモヤする気持ちは十分に分かっています。若かりし自分はおそらく「生産性」に反発していたでしょう。美学に合わないからです。

ただし、クライアントから費用をいただき、会社から給与や報酬の形でお金をもらう。それで自分や家族の暮らしを立てていく。そういった経済活動の一端を担っている身でありながら、時間やお金に無頓着なのも大いに矛盾するもの。その矛盾に平然といられる自分も想像できません

コンセントで「生産性」を求めてきた活動は、過去の自分を否定していく作業でもありました。自己否定の中で組織成長の光明を見出す過程であったのかもしれません。

私だけではありません。「生産性」の普及は、私以外の推進メンバーの貢献がほどんどであったため、同じような葛藤は全員にあったものだと思います。感謝の気持ちでいっぱいです。

おそらく少数のデザイン組織であれば、「生産性」と創造性のバランスはリーダーの肌感覚で乗り越えられるものと思います。が、何の因果か200名超のデザイン組織を観てきたことで、形式的に思考を整理する必要もありました。

損益分岐点や利益率の感覚を失った創造性と、その感覚を鋭敏にもった創造性は意味が違います。

時間をかけ利益を犠牲にする。そんな創造性のあり方を通例にしてしまうと、後世に負担を強いることになる。後世の創造性を減退させることになる。

損益分岐点から眺めるデザインの風景。それは、社会も市場も顧客も組織も仲間も家族も自分もすべてを一繋ぎにし、それらを尊重し永らえることを願ったうえで、さらにその先を目指そうとする群像です。


Photo by NIKLAS LINIGER on Unsplash


※今回は「生産性」を求めるコンセントの活動と、「生産性」と創造性を両軸に捉える組織の発達段階について述べました。下記の記事ではコンセントの組織の考え方について詳しく紹介しています。ぜひご覧ください。


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