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デザインとマーケティング 衝突と協調

デザインとマーケティングの関係について問いを立ててみる。
デザインはマーケティングに含まれるものなのか。
もしくは、マーケティングはデザインに含まれるものなのか。

仕事をする中でも、人によって捉え方に違いがあり、日常会話で引っかかりを感じる方もいるだろう。
今回はデザインとマーケティングをどのように位置づけ思考するかを概観し整理することで、両者の関係をどう手なづけていくべきかを考えていきたい。


「マーケティングのためのデザイン」思考

まずは、デザインをマーケティングの手段とするような考え方から見ていこう。

ここでは、マーケティングの定義を「市場創造と市場適応」としておきたい。市場を「顧客」と置き換えてもよいだろう。それは、おもに以下のような活動を指す。

  • 顧客の顕在・潜在ニーズや価値観を捉え、商品やサービスを生み出すこと。

  • イノベーションと呼ばれるような非連続な成長を試み、市場そのものを作り出すこと。

  • 市場ニーズに適応した形で自社の商品・サービスの訴求ポイントを明確にし、販売促進の計画を立てること。

  • 市場でのプレゼンス形成や認知獲得のために情報を発信すること。

  • 顧客体験の文脈に沿った購買環境を整えること。

  • 体験価値の実感と価格をバランスさせ、収益を向上させること。

需要に合わせて自社の組織能力や組織構造を変化させていくことも、広義にはマーケティング活動の範囲内と言えるだろう。

定量化されるマーケティングとデザイン

マーケティング業務のデジタル化は、デザインにも大きな影響を与えた。

一つは常時接続性だろう。顧客と企業はスマートフォンなどのデジタルデバイスで繋がり、双方のデータや情報を提供し、時間的物理的制約を離れいつでも繋がれる関係になった。

カスタマージャーニーマップの活用が一般化し、顧客認知や顧客行動が段階的に区分され、マーケティングオートメーション等のオペレーションの合理化も進んだ。これは、デザインの視点からも、顧客体験を考える上で「前提の風景」となった。

マーケティングの成果が数値化定量化されたことも大きい。区分された顧客行動ごとにKPIを設定し、個別の組織の成果目標となることも多くなった。その目標はデザインアウトプットの目標となることもある。

成果が定量化されるということは、費用対効果を検討できるということだ。限られた期間内でKPIを達成するために、コスパのよい施策が選択されることになる。ともすると、組織の目線が常に四半期成果を追うような、近視眼的になる傾向も生まれてくる。

近年、指摘される狩猟的価値観

私は、デザイン会社コンセントのマーケティング部門を管掌していることもあり、マーケティング組織の価値観についての多少の肌感がある。

マーケティングの現場では、仕事の成果が定量的に可視化され、リアルタイムに更新されていく。活動の努力が数字となって現れる。マーケティングの数字は業績との相関も強く、お金との連想が常に働く。経営や管理側からの圧力も受けやすくなる

いつしか、顧客や生活者が、ターゲット標的)になっていく。

長期的・包括的に考えるならば、企業と顧客は、価値を循環させ良き社会を構築するパートナーであるはずだが、近視眼的な思考と定量化が結びつくと、マーケティングアクションの対象としての「標的化」が始まる。

「ターゲティング」「トラッキング」「スコアリング」「囲い込み」など、マーケティング用語には狩猟的とも言えるワードが散見される。私自身も口にすることもあるが、その言葉がないことには有意な会話ができないほどに、業務自体に価値観が浸透しているとも言えるのだろう。

昨今は、この価値観へ疑問が呈されることも増えてきた。業界関係者の発言内容に指摘が入ることがあったり、UIにおけるダークパターンへの課題視であったり、行き過ぎた価値観を問題視する報道も増えてきた。アテンションやバズりに徹した広告やSNS施策にも、冷ややかな目線が向けられることも増えてきたように思う。

強すぎる「マーケティング+デザイン」の効力

マーケティングを目的とし、デザインをその手段と観ることそのものに問題があるわけではないが、注意が必要な点もある。デザインは人間の欲望や認知や行動に強い影響を与え、個別事業の業績を超えた社会的効果を発揮してしまう点である。

美しいプロダクトデザインは人間の欲望を刺激し、特には必要以上の消費を促す。ウェブサイトやアプリの設計次第では容易に顧客や生活者を誘導することができるし、ビジュアルデザインでは認知や印象を操作することができてしまう。企業と顧客の情報格差が大きいような業態では、特に慎重さを要するものだ。

短期的なKPIを追いかけるあまりに、少しのデザインアウトプットの差で中長期的な顧客との関係性を破壊し、信頼を大きく下げることもある。

デザインする者にマーケティング知識が薄い場合には、マーケティングの要求に従い盲目的・従属的にアウトプットすることで、強すぎるデザインの効力から負の影響をもたらしてしまうこともある。

実用的なデザイン観の中で

否定的なワードが続いてしまったが、マーケティングは経済活動を回し、社会生活を運用するにも、なくてはならない活動であることは間違いない。デザイン思考などの概念が事業創出への実効性を持つことは、もはや言うまでもない。

マーケティングを目的とするデザイン観は、必要とするデザインリソースや想定される成果・業績が想起しやすく、企業目線では、実用的なデザイン観であるとも言える。マーケティングソリューションは日々高度化され、デザイン技術と組み合わせることで、市場に強い影響力を発揮できる

ただここで立ち止まり、デザインする者はその効力を自覚した上で次のように活動する必要があるだろう。

ひとつは複数の時間軸と視野で対象を捉えることだ。喫緊の業績をクリアしつつも、中長期的に顧客・生活者や企業に対してマイナスな体験にならないように配慮すること。企業と生活者の良い関係」とは何かを思考し、アウトプットに盛り込むこと。

トランジションデザインなどの地球規模の課題に対応するための事業創出の考え方を活用するなど、直近の「市場を超えた視野を組織に提供することも大事だ。

マーケティングの枠組みからは起こりづらい論点を提案する、これはデザインをする者にとって必要な態度となる。当然、提案にはロジックと調整力と実行力が必要であるため、事業や組織やマーケティングに関する知識を磨くことも必須となっていく。

「デザインのためのマーケティング」思考

ここからは、マーケティングをデザインの手段として捉える考え方をみていきたい。デザインの定義を、ここでは「人間起点の問題解決と意味創造」とする。

企業を主語とした場合、企業は事業活動を通じて市場と取引する。そして、その企業にとっての市場のその外側には社会が存在する。

デザインの視点でみた場合、その社会全体の生活者と、市場に内包される顧客、事業活動を行う従業員や経営者や株主、事業に関係するサプライチェーン、それらをまるっと視野に入れて、人間を起点にした全体の豊かな関係を構築しようと目論む。さらにいうと、地球規模の課題を捉える場合においては、人間以外にも自然・生命・資源等も検討要素に取り込むことになる。

その「豊かな関係」を構築するにあたって、「経済活動の範囲ではどのような施策が必要か」を考えるロジックが「デザインのためのマーケティング」思考というものだ。市場を創造することも、市場に適応することも、「豊かな関係構築の手段となる。

ビジョンやパーパスのデザイン

地球規模の課題が待ったなしの状況だ。人々の価値観の多様性も広がった。それらが相まって「豊かな関係」構築に関する集団の指針形成が重要になった。そして、社会からの共感性も不可欠なものになった。それも、日本の社会だけでなく、国際的に見た上でのそれぞれの価値観や、風土もしくは地政学的な課題の捉え方も考慮にいれた上での共感性が必要になる場合も出てきた。

このような背景から、ビジョンデザインパーパスデザインの需要が高まり、方法論も発展した。(余談であるが、私はビジョンデザインのプロジェジェクトばかり続けて担当した時期があった。それほど活況であった)。

マーケティングや事業そのものは、ビジョンやパーパスを達成するための手段として明示的に位置づけられた。ビジョンやパーパスをデザインするということは、事業そのものの意味を規定する作業であると認知されるようになった。

複雑な関係を整理するシステム思考の活用

先述のように「豊かな」関係構築を、複雑な構成要素の中でデザインするためにシステム思考の活用も広がっている。システミックデザインという分野では、その検討のためのプロセスやツールの普及も進んでいる。

私はサービスデザイナーとして事業開発に関与するが、事業を通じた顧客価値や持続的な収益構造に加えて、環境価値も重視するなど、事業企画のための変数も増えている印象だ。

変数が増えるということは、必要とする知識も幅広となり、様々な専門家の知恵を連携集約するためのファシリテーションと、協働的なシステム思考も不可欠になっている。

マーケティングの分野でもシステム思考は活用されるが、ビジネスモデルやサプライチェーンの記述であったり、購買の意思決定や使用のフローといった取引関係を検討する範囲の活用が中心であるような印象だ。ましてや、そこに自然環境への影響であったり、数十年単位の時間軸が視野に入ることは少ない。

課題となるのは「人を動かせるか」

マーケティングソリューションは日々高度化していると言った。そして、そこにデザインの活用が加わることで強すぎる効力が生まれると述べた。

一方、「デザインのためのマーケティング」思考では、ある意味で逆の見方が必要になる。

例えば、デザイナーが「豊かな関係」を起点に作る構想は、ともすると実効性の乏しいお花畑になることもある。自然環境への配慮、公平な取引、多様な価値観の包摂、長期的課題への利他的行動。性善説的人間観が先行し、経済人(経済的利益を最大化することを唯一の行動基準として動く人間像)のような見方を薄めてしまうこともある。

そこでは、経済的なインセンティブを設計したり、欲望を喚起するような美的な価値や認知を設計したり、動機づけを促すコンテンツを演出したり、「マーケティングのためのデザイン」技術を最大活用し、人を動かすことに注力することも大事であるといえる。(もちろん、必要な倫理観はもった上で)。

デザインとマーケティングを行き来する思考

ここまで、マーケティングとデザインどちらを支配的にみるかで、その考え方がどう変わるかを紹介した。

もちろん優劣はない。両者を相対化し常に平行できる知識と技術を持つことが重要だ。

私が所属するデザイン会社コンセントには約250名のメンバーがいる。その中でも、「マーケティングのためのデザイン」に思考が寄ったメンバーもいれば、「デザインのためのマーケティング」に寄ったメンバーもいる。

前者は、社会を視野にいれた方法論を加えることでブレイクスルーが起こるし、後者に対してはマーケティングソリューションとそれに即したデザインの活用法を知ると、実効性が向上する。

一般論的には、現代の企業経営においては、そこに「テクノロジー」を加えて、三者の総体の中で考えていくべき話であるが、今回は二者の関係を詳細に描写したいと思ったため、省略をした。

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