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別れ

開いた扉とは反対側に立っていた。

週末であっても午前中の電車は空いていて、座席は全部埋まってはいるものの、立っている人はまばらだ。
何するわけでもなく窓の外を眺めていると、やがて電車は発車し、景色が動き出した。
窓の向こう側は別路線のホームになっている。
まだ電車は来ておらず、ホームの上を歩いている人がちらほら見えるだけだ。

徐々にスピードが上がり始めた時、視界に入ってきたのは若い2人の女性だった。
ホームドアが設置されているため上半身しか見えないが、1人の女性は外国籍と思われ、これもドレッドと言うのだろうか、肩に届くくらいの長さの編み上げられた髪型をしている。
もう1人の女性は国籍はわからないものの、なんとなく雰囲気と身長から日本国籍と思われ、また髪型はさらさらのストレートヘアで、その長さはホームドアに隠れてわからないほどだった。

ストレートヘアの女性はドレッドヘアの女性の肩に顔を埋めている。
ドレッドヘアの女性はうつむき加減にもう一方の女性を見つめているようにも見えたし、はたまたずっと遠くを見ているようにも見えた。
ドレッドヘアの女性がやさしく包む形でストレートヘアの女性を抱き、背中をさすっている。

――別れだ

そう思った。
2人の女性が別れるのか、顔を埋めた女性が他の人と別れたのか、そうしたことはわからないが、ホームの上でそこだけ違う時間が流れているようだった。
ドレッドヘアの女性の悲痛な表情から、ストレートヘアの女性は泣いていると思われる。

目が離せなくなった、という表現は、一瞬の出来事だったのだから的確ではないのだろう。
しかしその時、私は確かに目が離せなかった。
脳裏に焼き付いたその情景は、無音で、静止した美しい一枚の写真のようで、自分が登場する思い出の中にはそういった類いのものは存在しない。
記憶にはないのに、かつて観た映画の中のワンシーンのようだと形容したくなる。
しかし今目の前に起きていることなのに何色なのかさえもわからない。
その一瞬の出来事に、目も心も思い出さえも捕らわれた、不思議な光景だった。

2人は何を思っていたのだろうか。
数メートル離れたところから、中年の女に見つめられていることなど思いもしないだろう。
惨めさなど微塵も感じられない。
美しく寄り添う姿は、悲しみが伝わり過ぎるほどで、じわじわと私の中に染み入っている。

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