見出し画像

走る

ちょっと、どいてください。先を急いでいるんです。

息が駆ける。俺は通行人を跳ねのけながら足を交互に回転させた。
自販機が邪魔、おばさまが邪魔、石ころは蹴とばす、チワワの小さな後ろ足を掠める。息継ぎを忘れる。ここは水中、さらに走る。

チワワは野生を忘れているくせに、鼻から大量の液体をまきながら飼い主を引きずり追いかけて来ていた。
俺は先を急いでいたから犬どころか、俺が依存しているアルコール、煙草、書くこと、見ること、は勿論のこと、女、でかい眼鏡、ついてくる太陽、追い風と向かい風、古くて堅い文化、もろくて浅い視野、見せかけの深淵、できるだけ捨てて身軽になりたかった。

地図も持たずに駆け出して、一目散に走りだして、子供たちが楽しそうに遊んでいる小学生のグラウンドを横切る。ドッジボールの玉を横取り、驚いて泣きじゃくるガキンチョ尻目に偉そうにふんぞり返っている禿げ頭の後頭部に全体重を乗せた速球をブチかます。

気分は最高!!

全人類が如何に奮闘しても成し得ない所業を達成し、一瞬でヒーローになった俺は学生諸君の湧き上がるような歓声を浴びながら颯爽とその場を去る。全速力で。まだ遅い。もっと速く。

なぜそんなに急いでいるかって?終わりが見えてるからだよ。

どんなに急いでいようと追いついてくる欲望。行列に並ぶぐらいなら糞して寝ていたい性分の俺は気が短い。靴を履くのもめんどうで、裸足のまま、とりあえずここまで走っちゃった。

どんどん走って新幹線を追いぬいてトンネル開通、富士の山頂から東京都まで、迷いの森から太平洋まで、大陸を横断するプレートをひっくり返す。ついでに月もひっくり返す。日本の裏側でお月見しているウサギを喰って、栄養補給。

まだかよ。終わりが見えてるとすべてが退屈なんだYO

とにかくさっさと終わらせたい俺は走る。
日本の裏側でみんなから隠れて
いつまでも走る

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?