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魔法少女の系譜、その170~『透明ドリちゃん』の妖精たち~


 今回も、前回に続き、『透明ドリちゃん』を取り上げます。昭和五十三年(一九七八年)に放映された、実写(特撮)テレビドラマですね。

 前回に書きましたとおり、『透明ドリちゃん』は、日本のテレビドラマで、妖精を主題にした、最初期の作品です。
 『透明ドリちゃん』よりも早く、「妖精」が登場したテレビドラマとしては、『それ行け!カッチン』があります。『魔法少女の系譜』シリーズで、以前、取り上げましたね。

魔法少女の系譜、その36~『それ行け!カッチン』~(2022年06月14日)
https://note.com/otogiri_chihaya/n/n0de6555d5654?magazine_key=mebf1bc7d6dc0

 『それ行け!カッチン』は、『透明ドリちゃん』より三年早く、昭和五十年(一九七五年)に放映が始まっています。
 『それ行け!カッチン』には、魔法の壺に棲む、ボビンという妖精が登場します。ボビンは、普通に人間型をしていて、生身の役者さんが演じていました。ただし、身長は数十cmしかない(という設定の)小人さんです。
 この設定で、気づく方が多いでしょう。『それ行け!カッチン』は、『アラビアン・ナイト』の『アラジンと魔法のランプ』から、直接、影響を受けて作られました。ですから、妖精と言っても、ヨーロッパの妖精ではなく、アラビアの妖精が元ネタです。
 でも、ボビンは、ヨーロッパ風の「洋服」を着ていて、アラビアンな雰囲気は、ありません。

 妖精を取り上げた最初の作品でなかったとしても、『透明ドリちゃん』が、日本に妖精文化を根付かせることに、大きく貢献したのは、間違いありません。『それ行け!カッチン』に登場した妖精は、人間型のボビンだけでしたが、『透明ドリちゃん』には、多様な姿の、多種の妖精が、ほぼ毎回、登場しました。
 一九七〇年代には、ネットも、家庭用ゲーム機もありません。テレビが世の中に与える影響が、極めて大きかったのです。「テレビに登場した」ことが、たいへん大きな意味を持つ時代でした。
 『透明ドリちゃん』は、今では、ほぼ忘れられた作品です。けれども、日本に、「多様な妖精がいる」という妖精文化を根付かせた貢献ぶりを、忘れてはならないでしょう。

 『透明ドリちゃん』に登場する妖精は、ほとんどが、番組オリジナルです。石の精ドンパ、火の精ボーム、風の精ジャック、土の精ズーンなどがそうです。
 水の精オンディーヌだけが、ヨーロッパの伝承そのままに、登場します。

 水の精のオンディーヌOndineという名は、フランス語名です。英語ではアンディーンundine、ドイツ語ではウンディーネUndineと呼ばれます。
 ドイツの作家フリードリヒ・フーケが、十九世紀に、『ウンディーネ』という小説を書いて、評判になりました。日本語にも訳されています。日本語版の題名は、『水妖記』とされることもあります。
 フーケの作品が有名になったため、ヨーロッパの水の精は、ドイツ語名で、ウンディーネと呼ばれることが多いです。
 いっぽうで、フーケの小説を原作として、フランスの戯曲家ジャン・ジロドゥが、『オンディーヌ』という戯曲を書きました。こちらも評判になり、演劇化されたり、ミュージカル化されたりしました。
 また、フーケの小説を原作として、バレエの演目にもされています。バレエでは、『オンディーヌ』というフランス語名が採用されています。

 ヨーロッパの伝承には、水の精ウンディーネ以外に、火の精サラマンドラ(英語名salamander)、土の精グノメ(英語名gnome、英語ではノームと発音します)、風の精シルフ(英語名sylph)またはシルフィード(英語名sylphid)という、地水火風の精霊(妖精)が登場します。なのに、『透明ドリちゃん』では、なぜか、オンディーヌだけが採用されて、あとは、オリジナルです。

 一九七〇年代の日本では、ヨーロッパの妖精伝承を知るのは、難しいことでした。かろうじて、オンディーヌの伝承だけが入手できたので、他の妖精はオリジナルにしたのかも知れません。

 水の精の名が、ウンディーネではなく、オンディーヌにされた点が、ヒントになりそうです。一九七〇年代の日本でも、裕福な家庭なら、子供にバレエを習わせることができる程度には、バレエが日本に普及しつつありました。このために、バレエの演目を紹介した本は、当時から既にありました。
 例えば、バレエ漫画の傑作とされる山岸凉子さんの『アラベスク』は、昭和四十六年(一九七一年)から昭和五十年(一九七五年)にかけて、連載されています。昭和四十七年(一九七二年)から昭和四十八年(一九七三年)にかけては、バレリーナを主人公にしたテレビドラマ『赤い靴』が放映されました。
 『透明ドリちゃん』の放映と時期が重なる昭和五十一年(一九七六年)から昭和五十六年(一九八一年)にかけては、有吉京子さんの傑作バレエ漫画『SWAN』が連載されています。
 バレエの演目には、ヨーロッパの伝承を取り入れたものが多いです。有名どころの『白鳥の湖』も、『ジゼル』も、そうです。『オンディーヌ』と並んで、『シルフィード』という演目もあります。

 バレエの演目の『オンディーヌ』を、『透明ドリちゃん』制作陣の誰かが知っていて、参考にしたのではないでしょうか。ヨーロッパの妖精伝承への入り口として、じつは、バレエが、一定の役割を果たしていたように思います。

 『透明ドリちゃん』のオンディーヌは、女性型の人魚の姿をしています。なぜか、顔の下半分を、アラビアの女性のように、ベールで覆っています。大きさは、ヒトよりも小さくて、ドリちゃんの肩に乗るくらいです。
 水の精なので、水を自在に操ることができます。

 オンディーヌと同じように、火の精ボームは火を操れますし、風の精ジャックは風を操れます。土の精ズーンは、巨大な体を持っていて、飛び跳ねることで、地震を起こします。
 石の精ドンパも、石を操れますが、それ以外に、フェアリー王国と、ドリちゃんたちとをつなぐ連絡役も務めています。ドンパは頻繁に人間界に来て、何やら、仕事をしていることが多いです。このために、ドリちゃんたちと接触することが多く、出番が多いです。

 ドリちゃんと虎男は、困ったことが起こると、フェアリーベルで、上記の妖精たちを呼び出して、助けてもらいます。
 オリジナルの妖精が多いとはいえ、多様な妖精の活躍が、毎週、テレビで見られるのは、一九七〇年代の日本では、画期的なことでした。当時の子供たちは、自分たちが住む日本に妖精が現れるのを、わくわくしながら見ただろうと思います。

 以下は、余談ですが。

 『透明ドリちゃん』が放映された翌年、昭和五十四年(一九七九年)に、シンガーソングライターの松任谷由実さんが、『悲しいほどお天気』というアルバムを出しました。このアルバムに、「78【セブンティエイト】」という歌が含まれています。
 「78【セブンティエイト】」とは、タロットカードの枚数を示した数です。タロット占いの歌です。昭和五十四年(一九七九年)当時には、タロットカードは、まだ目新しく、神秘的なものでした。
 これを歌にするとは、さすが、松任谷さん、時代の流れを読むのが巧みです。昭和五十四年(一九七九年)は、オカルト雑誌の『ムー』が創刊された年であり、オカルトブームの一九七〇年代を総括する年でした。
 この年に放映された『機動戦士ガンダム』(ファーストガンダム)に、ニュータイプという超能力者が登場するのも、時代の気分として、理解できますね。

 「78【セブンティエイト】」の歌詞に、「風のシルフィに大地のグノメ、火のサラマンデル、水のオンディーヌ、精霊を呼ぶ」という部分があります。ヨーロッパ伝承の四大精霊を、日本の歌に取り入れた、最初期の例ではないかと思います。
 この歌でも、水の精は、ウンディーネではなく、オンディーヌですね。

 流行歌の中に、ヨーロッパの精霊の名が入ってきたということは、ヨーロッパの精霊(妖精)伝承が、本格的に日本に普及し始めた証拠でしょう。
 前回の『魔法少女の系譜』で取り上げた山岸凉子さんの漫画『妖精王』、テレビドラマの『透明ドリちゃん』、そして松任谷さんの歌「78【セブンティエイト】」などからして、ヨーロッパの妖精伝承は、一九七〇年代の後半に、本格的に日本に根付き始めたと言えそうです。この三つの作品とも、妖精(精霊)を取り上げながらも、舞台が日本であるところが、みそです。

 今回は、ここまでとします。
 次回も、『透明ドリちゃん』を取り上げます。



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