ナイモノガール・レストラン。
人はいつだってないものねだり。もっていなければ欲しくなる。手が届かなければ脚立のひとつも用意したくなる。
幼少期、男の子ならプレステ5、女の子ならWii U GamePad。世が世なら、男の子なら寒風なんぞとアウトドアの玩具に走り、女の子ならしっとりリカちゃんとおしゃべり三昧。
「だって、みんながもってるもん」子供の浅知恵、なければないで、ないもの欲しいと精いっぱいの知恵絞る。するとすかさず「みんなって誰?」、親の返り討ちは容赦なく、幼き欲望をみごとに叩き斬る。
憧れのバービー人形、欲しい気持ちはこんなにリアルなのに、現実は遠くお店にありて想うだけのものになりにけり。目の前にちらつくだけで、絵に描いた餅になりさがる。ダメおしで一縷の望みを託す「みんなもってるもん!」、鼻息荒く語気には怒りさえ滲み出てリベンジに燃えても、親は生きた年数分、何枚もウワテに育ってる。「あら、隣のケンちゃんはもっていないわよ」。子の出鼻をくじく、親の深知恵。親はいつの世も、物欲チャイルドの腰を砕く賢者と相場が決まってる。
そんなだから、抑圧された欲望が大人になって花開く。
「大人買いしちゃうんだもんね」
ああ、哀れ。子供時分に欲求を満たすことができていれば、曲がった欲望は尾を引かずに済んだというのにね。
今の世は、バブル以前の欲望とはその質が違ってる。「欲しがりません、勝つまでは」まで遡ると、白か黒か、丁か半かの生死を賭した博打になっちゃうけれど、現代のそれは命を脅かされるようなことはない。どこぞのお姫様は、ご飯がなければケーキを食べてりゃいいじゃないと宣って群衆に殺されちゃったけど、今の世は大臣が漫画フリークであるにせよ、政治資金収支をちょろまかす野郎であるにせよ、たまに逮捕されることはあるにせよ、命までは獲られない。政治家生命、文筆家生命、そうした各界に宿る命を賭してまで欲しがるものではなくなっている。まったくもって、湧いて出ては消えていく泡のような欲望に染まった時代になったのだ。
アブクはひとつの夢物語。いいじゃないの。いっときだけでもいい夢見れたら。
うちのレストランは、そうした泡と消える夢のレストラン。食うと終わるけど、食うまでを大切に扱うバブル・ライクなレストラン。ないものねだりの夢が叶うレストラン。
大人のお子様ランチに、お子ちゃま晩酌セット、素材をありのままに塩胡椒だけで楽しむフレンチに、香辛料を使わないスパイス料理。
でも、このあたりは序の口。
上級編になると、キャビアの目玉焼きに、マダイを使ったカオマンガイならぬタイマンガイ、日本人の下に合わせたお麩のフレンチトースト、味噌をカレーペーストに置き換えた辛田楽。
なかでも人気なのが、売り切れごめんの鮮度抜群TKG。仕入れ分が終わったら「売り切れ」の札を貼っておしまいなのよ。
なにをおっしゃる、それでもうちは、ないものねだりのレストラン。ないとわかれば人の欲望は我先にの勢いで湧き出す夏の入道雲。そしてなくなったからおしまいとならないのがうちのレストラン。うちは、ないものがあるレストラン。
だって卵かけご飯はうちの看板メニューなんだもの。いちど「売り切れ」になったって、手ぶらの手のひらからボワっと出現させてみせましょう。
なぜこのレストランがこんな辺鄙なところにあるとお思いか? 隣は実家なわけよ。
そう、そのとおり。実家で飼ってる鶏が卵を産んでくれれば、追加のオーダーにも応えられるというわけなのよ。
産んでなければ? そしたらそこでおしまいよ。
なければないで、満足できなかった欲望がさらにもくもく湧き出して、どんどんどんどん膨らんでいくでしょう? それって、がまんのならない欲望の大宇宙なわけよ。するとそいつがまた来てくれる原動力になるってわけ。うちとしてもリピーターの確保になるしね。お互いウイン・ウイン、でしょ?
ないものがあるレストラン。今度は予約してからおいでなさいな。ないものをボワっと出現させてみせましょう。
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