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BL作家-1 着火

【コンテンツ】
2 区切り

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 男の子の片方を飼った。引き離してしばらくすると、切ない声を見上げる高窓に向ける。声は涙の尾を引いて空に向かって伸びていくけど、徒労に終わる。悪いわね、防音ガラスだから。
 3日もすると食事を摂らなくなって、見る間に痩せこけていく。鳥籠の中の彼は、竹籤たけひごの鉄格子を揺さぶる気力さえ失くし、頬がこける。割れている腹筋より、浮き出た肋骨のほうが目立ってくる。気息奄々きそくえんえん、今にも息を引き取りそうだ。
 あんなに衰えているのに、そこに別の生き物が宿っているみたいに、朝には勃つ。猛々しく胸を張り、見果てぬ夢を見上げてる。
 体は衰弱していても、欲望は果てるためにいきり立っている。
 そろそろ出してあげないと。
 私は鳥籠の扉を開けた。
 這いつくばって出てきた彼は、鳥籠の結界を逃れたところから順次、獣の姿に戻っていく。
 お行き。
 開閉コードをたぐって高窓に隙間を作ってやると、拳ひとつ分の出口に向かって跳躍した。跳ねる力は著しく弱っている。自力でどうにかなるのか気にかかりすぎて胸が痛む。手を貸そうとしたら鳥籠から50センチほどのところで小さな獣と化した男の子は宙に止まる。と同時に翼を出現させ、ぶわりとひと羽ばたき、落下に抗う。高窓までの3メートルをふた羽ばたきで舞い上がってしまった。操舵感覚は機能しているのに噴射装置に問題が生じた戦闘機みたいに、浮力と推進力はまだ心許なかった。
 それにしても。躯体は小さくても、釣り合わぬ大きさまで勃起させたままで大丈夫かしらと心配になる。

 器用なものだ。スレスレのところでペニスを反り上げて、高窓の隙間からすっと抜けていった。

 彼の逢瀬はこちらサイドに委ねられている。生かさず殺さずというのじゃない。
 籠で飼う鳥は大海原にのしかかる広大な空を知らない。知らないでいる自分さえ意識することはない。籠で飼う鳥は安定した声で啼き人を安らがせる代わりに、感情の起伏を失くす。
 彼を籠で飼う鳥にしてはいけなかった。限界まで煮詰めた苦境と、そこからのタガが外れるほどの解放。その強烈な反復運動を恣意的に課す。すると、押し込めざるをえない忍耐と、液体入りの風船が弾けたような無防備な自由が交錯し、激しくぶつかり合う。接点は火花を散らし、時に雷を落とす。
 我慢は焦らしであり、解放は快楽の加速装置でなければならなかった。

 前戯など必要あるまい。いきなり。
 獣は獣らしく、手荒で野蛮に始まり、まみれながら果てていらっしゃい。

 ここまで一気に書いて、続きを考えた。

 ボーイボーイラブする物語に、読者ガールは胸をときめかせる。
 負けたくはなかった。
 読書会の彼女は私より一歩先に抜きん出た。同じ同人誌に寄稿しているのに、彼女のの作品が先に出版社の目に止まった。
「田野本さん、本気で書いてみませんか」編集者から届いた短い手紙を見せてもらった。見せたというより、見せびらかせしたに近かった。意識しているとしていないとにかかわらず、彼女には勝ち誇った優越感を感じた。文言化はしていないにせよ、当てつけも含まれていた。蹴落とそうとする意地の悪さが瞳の奥の腹の底に渦巻いているのも見透かせた。田野本女子の勝ち誇った顔を私はこれからずっと忘れない。

 なぜ、私じゃないのか腹がたった。煮えたぎった鍋のように怒りがぐらぐらと沸騰し続ける。苛立ちが傷ついたレコードのように繰り返され、怒りの琴線を乾かぬ傷に塩を塗りたくるみたいにして痛点を弄び続けた。
 雷鳴の大刀が脳天を直撃し、左右の足を絡めとられ仁王立ちする私を、裂けゆく大地が左右に引っ張って股から真っ二つに引き裂こうとしていた。

 私にもBLボーイズラブは描ける。彼女よりももっとうまく。

 田野本美留香。
 私の愛した女性。美留香はこちら側レズビアンの愛をあちら側ボーイズラブに投影させてBLを夢の国に仕立て上げた。無垢な姫読者は、愛する王子様の陥ちた赤裸々な愛の森に入り込み、遠巻きに眺めていたはずの倒錯した愛に呑まれ、渦中にはまって溺れていく。そこはえもしれぬ目くるめく虹彩の楽園だった。

 美留香はそれを「キュンキュンするための入り口」と言い表す。ネコの美留香らしい表現だった。だけど愛はネコだけでは成立しない。
 私はタチだ。その立場から描くと決めた。

 週末になると、美留香は夕食を作りにうちにやってくる。軽く飲んで食べて、それから。
 果てて幸せになった美留香が、ベッドで寝息をたてていた。

(続く)

※気が向いた時に続編を考えていこうと思います。
 書き当たりばったりなので、展開は未定です。
 アイデアやご感想、この世界の見聞録がございましたら教えていただければと思います。

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