漫画家の姉について【僕が小説を書く理由】

僕の姉の職業は「漫画家」だ。

彼女は「やりたいこと」を生業にしている。

noteでは、自ら何かを創作している人が多いので、そういった職の人は珍しくもないかもしれないが、僕の狭い人間関係の中では、彼女はかなり稀有な存在である。

先日、アルバイトをしに彼女の家に行ってきた。アルバイト内容は、漫画のアシスタント。彼女が描いた絵に、指示通りベタやトーンを挿し込んでいく作業だった。まさか、こういった作業のほとんどがパソコンで行われているとは思わなかった。僕は漫画といえば、ベレー帽を斜に被り、パイプを燻らせながら、先の割れたペンにインクを付けて、描くものなんだろうと思っていたから。僕はその日、マウスを片手に、とても貴重な経験をすることが出来て嬉しかった。

今日は、そんな漫画家の彼女についてnoteしておきたいことがある。

姉と僕とは、四歳も離れている。

末っ子だった僕にとっては小さな頃から面倒見の良い姉だった。忘れ物を平気でしてしまい、鼻水をたらしていた僕とは対照的に、彼女は物静かで、いつも本を読むか、絵を描いていた。

小さい頃から、彼女が机に向かう姿を見ていた。小学校から外で遊んでから帰宅すると、彼女は暗がりの部屋の中、煌々と照らされた勉強机に向かって、夢中で、何かをしていた。たぶん、勉強もしていたが、それと同じくらい絵を描いていた。

そう。彼女は、絵を描いていた。

飾られていた姉の絵には、厳かな「金賞」の文字が添えられていた。僕は描かれてきた彼女の絵を物心ついた時から見続けてきた。中には、今でも思い出すことができる絵もある。

絵は豊かな創造力を帯びていた。

そんな彼女は勉強も僕より遙かにできた。小説も沢山読んでいたので、文系科目を中心に優秀だった。高校生の時、県内一の進学校に進学し、当然、美術部に入部した。高校生の時に描いた畳一枚はあろうかという油絵は、県で金賞を飾り、東京へと郵送された。

その時、僕はというと「やりたいことが見つからない」そんなことを親に相談して、城のプラモデルを作っていた。自分の不器用さを嘆き、造りかけの城は天守閣まで到達しなかった。

ある晩、姉と両親が言い争いをしているのが聞こえた。彼女は、高校三年生になっていた。彼女は泣き叫びながら、物を乱暴に投げつけて、どうして分かってくれないんだ、そんなようなことを叫んでいた。

彼女は美大もしくは、芸大への進学を願っていた。

公務員の父と民間企業に勤める母は、猛反対した。

通常の私立大学よりも高い学費、倍率の高い試験、芸術という世界に身を置くこと、そして何より、彼女にそれだけの「才」があるのかどうか分からないようだった。彼女は成績優秀だった。大学もセンター利用で有名私立くらいはカバーできるはずだったが、姉はそれでも普通の大学に進学することを拒んだ。

「あの子にそれだけの才能があるのか分からない」

そんなことを呟いていたのは母だった。当然だ。芸術の道へ、自信を持って歩ませる親は、親も同じ道を歩み成功していた場合くらいだろう。まったく安定とはかけ離れた未知の世界へ、飛び込みたいと、自分の子供が言うのだ。

だが、あの日、顔を紅潮させ、涙を流し続けて、

「絵を描き続けたい」

という意志を示し続けた彼女の燃え上がるような熱を、

僕ははっきりと感じていた。

熱に圧された親は、とうとう折れて、彼女は美大へ進学した。


僕は、中学三年生なっていた。その年、ようやく勉強をし始めた。「やりたいこと」が見つからない僕にとって、親の言う通り勉強をすることが、最も楽だったからだ。彼女のように泣き叫んでまでも、やりたいことが、自分には無かったからだ。高校生の時は、勉強をしたり、サッカーをしたり、恋愛もして、普通の大学、何の興味も無い法学部に入学した。

彼女は、絵を描き続けていた。

アルバイトに行った日も、興味津々になり作業を行う僕の隣で、彼女は机に向かっていた。頭を悩ませ、アイデアを探し、そして、絵を描いていたり、何か作業スケジュールを組み立てたり。僕は、その背を眺め、以前、母の呟いた一言を思い出した。

才能があるのか分からない

答えはとっくにでている。二十年以上、彼女は絵を描くことと歩んでいる。



彼女には「才」がある。

「やりたいこと」をやりつづける。

それこそが「才」なのだと思う。

姉は、僕の道を照らす光のような存在だ。僕が作文コンクールで受賞したことも無く、小さい頃には本にも触れなかったのに、おこがましくも小説家を目指すのも、彼女の影響だと思っている。あの熱は、確かに僕に届いていた。

彼女の本を書店で見かければ、嬉しく思い、手に取ってしまう。そして、もっと多くの人に読んでもらえることを願わずにはいられない。

たぶん、今日も彼女は絵を描いている。

日々苦しみながらも、どうしようもなく、

「やりたいこと」をやっている。


yui

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