高校卒業後の進路について

11歳離れた姉のてっちゃん。私は物心ついた頃から、彼女の背中を追いかけて育ちました。小学生の時には、当時流行っていたアメカジファッションで運動会に来るかっこいいお姉ちゃんが自慢でした。そんな彼女の娘、あやちゃんがここ数年、夏休みには一人でトロントに遊びにきています。16歳、高校一年生。今年はJimと私とあやちゃん、3人で今後の進路に関して対話をする機会がありました。

結論から言うと、Jimと私の

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居場所は君が選んでいい。(#8月31日の夜に。)

夏休み。

 

君はどう過ごしてますか。

君はどう過ごしますか。

僕はクラスの居心地が悪くて。
部活の為に高校に通っていたから、夏休みや冬休みが大好きだったなぁ。
クラスに行かなくていいから。

自宅のクーラーが効いたところに居られるし。

好きなこと出来るし。

好きな部活だけ出かければ良いし。

 

この夏休み、受験勉強でそんな暇ない人もいるよね。

もしくは来年受験だっていう人も。

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インドの世界堂。謎の材木屋

インドの大学院の風景

インドに来て最初のスタジオ課題が終わりました。最初の課題はラッチの設計です。まず最初にメタルのラッチのドローイングを行い、そのメカニズムを理解します。そして、マテリアルを木材か竹に置き換えることによって、デザイン、メカニズム、寸法がどう変わるのか?というそれぞれのマテリアルの特徴を理解することが目的の課題です。

私が入学した大学には、木材、鉄類、コンクリートなど様々な材の

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ふと思った事…

実は第1,2回目の記事は、とあるイベントをお手伝いしたときに、「書いてください」と言われ、書いたものを、2回に分けて投稿しました。

3回目は、そのイベント後に考えた2つのことを、纏めたモノをあげます。



①とあるイベントにお手伝いさせてもらった時に、夢を見つけたターニングポイント、メッセージを書いてくださいと言われて、久しぶりに、「何で国際協力なのか、国際保健医療協力なのか」を考えると、

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インドへ建築留学

今年の7月にインドの建築の大学院に入学しました。

交換留学ではなく正規の入学なので2年間のプログラムです。

私がなぜインドの大学院に進学することになったのか書かせていただきます。

私は学部時代、東京の大学に通う特に何の特徴もない普通の建築学生として日々を送り、気付いたら進学を考えなければいけない時期になっていました。

そこでようやく、色んな大学院を調べたのですが。どこを調べても ’’行きた

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大分シフト。 2016.12.13

降ったり止んだり。昨日はボルダリング。今朝はジョギングのはずが。

昨日も今日も大分市内で目覚めた。先月からこちらにも拠点ができたのだ。半年前には、予想もしなかった2拠点生活の始まり。僕は、日田で逆単身赴任生活。数えれば、30年ぶりの一人暮らし。大分の別宅の妻子も、自分自身も早くペースを作らなければならない。

発端は、スポーツ推薦で大分市内の高校に進学した長男。入寮し、新生活が始まったが、成長期

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大学院留学先を選ぶプロセス

うわ〜修論が切羽詰まりすぎてて毎日書こうと思っていたのにすごくさぼってしまいました。こんにちは、あやです。

最近、高校の時の友達が、今まさに留学する大学院を探しているとのことで、お話したので、今日は大学院を決める上で考えたり、調べたりしたほうが良いと思うことを書こうと思います。

あの、余談ですが、ライターとかやったことなくて、ブログもやったことないし、口下手なので駄文すぎると思うんですけど、見

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総合グローバル学部(Faculty of Global Studies)に決めた理由と、いざ入ってみて…

前回は…勉強をする気になった契機まで書きました。

今回は…FGSに決めた他の要因について書きたいと思います。(あくまでも参考まで)

 
大学を選ぶ際に決め手になった事の一覧。

①国際政治領域と市民社会・国際協力論領域が設置されている
→グローバルとローカルの2つの視点で学ぶことができるのは、良いなと単純に思った。

②地域研究:「アジア、中東・アフリカ」を学べる→・勉強するキッカケになった「

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高校3年生の時、料理専門学校から名指しでスカウトが来た話。

実家は定食屋をしていました。小さい頃から家のお手伝いをしていたから、料理は得意。

専門学校からも声をかけられた、その話。

家庭科の鬼。

私は料理が得意です。

というか、家庭科の科目全般、得意。料理であれば基本的に、なんでも作れます。初めての料理でも、レシピがあれば普通に作れちゃう。

無人島に行っても、普通に生きていけそう。とかよく言われる。

正しい。多分生きていけます。

小中学校の家

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習い事ピアノと理系進学

小学校4年まで習い事としてピアノ🎹を習っていた。自分から始めた訳ではない。親から勧められてのことだ。昭和40年頃習い事としてピアノは一種のステータスがあったのかもしれない。ただ、当時は友達と遊びたくて土曜日に習い事に通うのは苦痛だった。ピアノを習っていたおかげで音楽の授業はさほど苦痛ではなかった。(図画工作や中学・高校での美術の授業は苦手意識は最後まで続いたが。)ピアノの先生のところに通う生徒は

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