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「黒影紳士」season2-4幕〜花鳥風月〜花の段〜 🎩第四章 真実が歪

――第四章 真実が歪む音――

「こんにちは、先生」
 ある黒塗りの車の後部座席の外に立ち、黒影は声を掛けた。何者かと護衛の者が警戒する。
「無駄だ、お前達には敵わない相手だ、下がりなさい。其方の先生も移動の間だけですよ」
 鹿波 蓮司は護衛は無用、移動の時間ならばと黒影の話を聞く様だ。
「充分です」
 黒影はにっこり笑い、鹿波 蓮司の隣りに座る。
「……あの大きな鍔広の帽子、余りに目立ち過ぎた。良く消せましたね」
 と、黒影は鹿波 紫の事を言った。
「正直、揉み消すのに大変だったが、紫は揉み消すどころか残す事に意味を求めていたらしい。……あれから、一言も会話すらしてくれないよ」
 と、鹿波 蓮司は死んだように心を失った娘を想って、遠くの景色を見詰めた。
「復讐に魅入られてしまっても、人は逃れる事が出来るのかね?」
 鹿波 蓮司は声も変えず、ゆっくり聞いた。
「……逃れる方法は反面教師になるか、其の先を考える事しかないと僕は思っています。悲しみでは悲しみしか産む事が出来ないのであれば。其の先に永遠に終わりの無い悲しみが在るのが見える筈です。ドミノが一斉に倒れて来る景色の中、誰か止めねば続くと知っていたなら、止める事が如何に容易な事で無くとも、僕なら止めます」
 と、黒影が答える。
「やはり風変わりなお人は言う事が違うな」
 何処か悲しげに鹿波 蓮司は小さく笑う。
「亨さんについて、お窺いしたい。……何故、亨さんはあんな誹謗中傷を受け乍らも、何も反論しなかったのでしょう?貴方の鶴の一言で、其れこそ簡単に如何とでも出来た筈なのに……」
黒影は聞く。
「亨には私の後継者として期待していた。然し、政治より其の足掛けにしか過ぎない事業に夢中だった。だから辞めさせる良い機会と思っていたのだよ。一度も政治の仕事をしている私を頼らなかった亨だったが、一度だけ……其の時だけは私を頼って来た。
 ……仲間まで巻き込んでしまう訳にはいかないんだ、親父、何とかしてくれって。
 其れが最初で最後の、亨が政治家の私を頼った言葉だった。其の時私は思ったんだよ。世の中、如何しようも出来ない事がある。だから政治家がいるのだと、やっと亨も気付いただろう……そう思ったんだ」
 きっと息子の事を思ってか、杖に両手を重ね、まるで祈る様に流れるフロントガラスの景色を背中を丸くし、顔だけ上げて見上げる。
「だから……其のぐらいの誹謗中傷に目を向けるなと……貴方は言ったのですね」
 黒影は言い辛いだろうと、想像出来た言葉を続けて聞いた。
「ああ、そうだ。今でもあの時、亨になんて言えば良かったか私には分からない。まさか……自ら死ぬ方が、よっぽどそんな嘘偽りの誹謗中傷より痛かっただろうに」
 と、鹿波 蓮司は車窓から空を見た。薄いカーテン越しからのはっきり見え無いであろう空を。
「亨さんは仲間の為だと言っていたんですね。ならば貴方は政治家としてでは無く、一人の父親として在れば良かったのではないのでしょうか。
 あの時の誹謗中傷は、亨さん個人だけが標的ではありませんでした。所属する団体全てに当てられた殺意です。
 先日跡地を訪れました。緑化なんてしていなかった……そんな画像まで流出しましたが、あの画像の枯れた花の場所に行き、土壌を調べると草を枯らす、強い除草剤に似た成分が検出されました。……潰し屋は幾らで此れを引き受けたと思いますか?たった、250万。紫さんが復讐に駆られたのも無理は無かった。然し、此のまま続けさせる訳にはいきません」
 と、黒影は言った。
「……250万か……ならば私の命はもっと安いのだろうね」
 と、鹿波 蓮司は悲しくとも無理に笑顔を作った。
「其れで、やはり紫を此の虚しい男から連れて行くのかね?君の本職は其方だった筈だが……」
 と、鹿波 蓮司は聞いた。
「何れは……然し、今は未だ其の期ではありません。報われない気持ちを無理に止めて罪を贖わせても、きっと紫さんはまた同じ事をするでしょう。ならば考えがあります。亨さんに汚名を着せた幸田 凛華は、紫さんの事を恐れて「帽子の女の幽霊」だ、なんて言うのですよ。失礼乍ら物の例えで聞いて下さい。紫さんと言う幽霊を成仏させるとするならば、復讐と言う形で殺させる以外に何があると思いますか?」
 と、黒影は聞く。鹿波 蓮司はその言葉に期待した。
「あるのか!?また紫の瞳が戻る方法がっ!」
 食いつく様に杖を倒して、黒影に縋る様に聞く。
「……在るには在ります。殺さず……同じ方法で同等の苦しみを与える事です。あの無自覚な魔女達に。其れでも図太く生きるか自害するかは本人の自由です。此の国には選ぶ権利が未だある。……実に素晴らしい」
 黒影の言う事に、鹿波 蓮司は一瞬驚いた顔を見せた。黒影のコートが一瞬殺意を纏った何かに見えたからだ。
「……何が、狙いなんだ?」
 鹿波 蓮司は未だ震えの治まらぬ片手を押さえて聞いた。
「失礼。僕の探究心は時々得体も知れぬ何かに勘違いされ易いのですが、僕は元から真実にしか興味が無いのです。もし其れが埋もれるぐらいならば、手段を選ばず引き摺り出すでしょう」
 黒影はそう答えて再びにっこり笑った。そして、
「真実が明るみに出た時、改めて紫さんをお迎えに上がります。其の方が、少しは刑も軽くなるでしょう。今、貴方は揉み消す事を必死に考えていらっしゃる。然し、僕が此処にいる事実から、もう其れだけでは如何しようも無い事だとも思っている。僕が此処で死んでもFBIが動きます。紫さんが人を殺めたのは真実です。紫さんまで失いたく無いのならば、一度紫さんと話をさせて頂きたい。そして、今度こそ貴方の持つ力全てを、残された紫さんの為に使って頂きたい。必要な時は此方から連絡します。其れ迄に決めておいて下さい。後、此方も今回ばかりは経費が嵩むので、多少其方に付けても良いですかね?」
 と、本題を切り出した。
「仕方の無い方だ。紫の為なら惜しくは無い。分かった。……紫に会わせよう」
 運転手に一度止まる様に鹿波 蓮司は命令した。
「お客様だ。紫に会わせる様に、迎えを頼む」
 と、スマホでもう一台車を呼んでくれた様だ。
「……徒歩じゃなくて良かった。助かりましたよ」
 黒影は帽子を取り会釈する。
「私の心が君の話で、少しずつ霧が晴れた気がする。終わらない悲しみが終わるかも知れない。此の老いぼれでもそう思いたい時はある。……紫を頼みましたよ」
 鹿波 蓮司の初めて見せた其の笑顔は優しかった。
「ええ、勿論です」
 帽子を振り乍ら黒影は迎えに来た車に乗り込んだ。

「蓮司様、さっきの者は?」
 運転手がバックミラー越しに鹿波 蓮司に聞いた。
「……黒影さ……真実を追う者。其れ以上でも、其れ以下でも無い。あの存在は多言無用!其れと、ドライブレコーダーを直ぐ買い替えた方が良い……」
 と、鹿波 蓮司は忠告する。
「えっ?」
 慌てて運転手は確認しようとした。
「多分、壊れている」
「はっ、はい!」
 運転手は壊れた事を確認し、慌てて車のディラーへと道を変更した。
 ――――

「……貴方が?」
 黒影の出立を見た鹿波 紫が聞いた。
「ええ、御父様からはお話があった様ですね。僕は黒影です。始めまして……では無いですね紫さん」
 と、黒影は帽子を取り胸に当てると丁寧に一礼する。
「……私を捕まえに来たのですか?」
と、紫は聞く。
「いえ、今は其のつもりはありません。此の儘では貴方は捕まっても更生する事も無く、より一層幸田 凛華への復讐の計画を錬るだけになりそうだ。お兄さんの亨さんの復讐をするならば、貴方はやり方を間違っている!確かに亨さんは自殺した。だからこそ殺してはならない!……こうは思いませんか、死ぬ気になるぐらいなら、幸田 凛華と曽我 紗奈絵を、単純に殺してから自殺する事だって出来たんですよ。其れをしなかったのは「仲間を助けたい」そんな事を言った亨さんは、復讐しても悲しみしか産まない事を分かっていた。一人足掻いていたのです。こんな事で社会の色んな事が決まってはいけない。其れを知っていた。其の想いに気付きませんか?」
 黒影は鹿波 紫を悟す様に、強くしっかりした声で言った。
「……ええ、分かっています。分かっていました。……其れでも!私に一体何が出来たと言うのでしょう?兄を突然奪われ、あの二人を許すなんて私には考えられなかった」
 鹿波 紫は必死に訴える。
「……落ち着いて下さい。……僕は許せなんて一言も言っていません。許さなくて構わない。貴方だけが捕まるなんて、なんて此の世は理不尽なのか?そう思いませんか?
 もし、其の理不尽さを少しでも埋める事が出来るなら……其れが出来た時、罪を償って欲しい」
 そう、黒影は少し柔らかな口調で言った。
「理不尽を埋める?……そんな事、出来るんですか?」
 その質問に黒影はにっこりすると、
「勿論です。ほぼ無法地帯だからこそ出来る事があるんですよ。ネットの理不尽はネットの理不尽でお返しせねば勝負にもなりません。ケリを付けたいのなら僕が助力しましょう。
 安心して下さい。……僕達が使う情報は真実のみ。幸田 凛華は躍起になって消しに掛かるでしょう。彼女の腕はプロ並みと聞いています。然し、僕には既に此の情報戦の結果が見えています。お兄様の亨さんが残した真実、そして幸田 凛華と曽我 紗奈絵のした真実……此れを明かす事が今後の貴方の運命を大きく変え、僕は真実を追い求める者として協力するでしょう。
 然し、忘れないで下さいね。僕は其れが終われば貴方の真実を晒す者にも成る」
 其れを聞いた鹿波 紫はゆっくり歩き乍ら話した。
「そんな復讐もあったのですね。其れでは太刀打ち出来ないと勝手に思って、兄の望まない安易な手に走ってしまった。私には此れしか無いのだと思って。あの日貴方が幸田 凛華を殺させてくれていれば完璧だった筈なのです。
 私は目立つ帽子を取り替え色を変え、見付からない内に待ち合わせた曽我 紗奈絵の所に行き、殺しました。今からでも良い……倍のお金を出すから、兄の不名誉を消してくれる様にと頼んだら、呆気無く私の前にのこのこと姿を現した。彼女達に依頼したのは父の反対勢力でした。全く関係の無かった兄が何故と、私は残った幸田 凛華を探していました。
 付け狙っているうちに幸田 凛華は私を見付けると、化け物を見る様な目で逃げる様になったのです。私は何時の間にか化け物になってしまったのだと、自分でも思う様になりました。食事は味もせず、兄の事も考えず、ただ茫然と幸田 凛華を呪う様に追い掛ける日々しか残っていません」
 と、虚しさに囚われた瞳で言った。
「だから、ちゃんと蘇った貴方に罪を償ってもらう為に、僕は此処に来たのです。他に方法が無かったのでは無い。方法が道を照らしても、貴方は見向きもしなかったのです。一人で悔やんでいると勘違いしないで下さい。……悔やんでいるのは、貴方の御父様の蓮司さんも同じです。そして誰より悔いているのは他の誰でも無い、愛した筈の周りや家族迄巻き込んでしまった亨さんではありませんか。一人だと思う時こそ、他人を頼るべきです。今回の件、蓮司さんは貴方の力になると約束し、僕に貴方を宜しくと言っていました。政治家としてでは無く、一人の人間として貴方を心配していらっしゃる」
 其の黒影の言葉に、紫の瞳に微かな正気が感じられた。
「あの……父が?……」
 紫は聞き直した。
「ええ、確かに。もう失いたく無い気持ちは貴方と同じなのですよ。戦ってくれますね、僕等と一緒に」
 黒影は手を差し出した。
「分かりました。私で出来る事なら」
 と、紫は黒影の手を取り軽く握った。
 ――――――

 幸田 凛華の拘留が終わるで後ニ時間――

「幸田 凛華が釈放されるまで後ニ時間。釈放されたら幸田 凛華は必ず、幸田 凛華と曽我 紗奈絵が会っていたであろう、本拠地に戻ると推定出来る。サダノブ、GPSを付けてバイクで追跡してくれ。風柳さんと白雪と僕は、潰し屋に会って交渉してくる。
 幸田 凛華と曽我 紗奈絵の悪事を暴くのが今回の目的だ。其の後帽子の女、鹿波 紫は自首すると約束しています。其方は風柳さん、お願いします。其れから探偵社のネットに繋がる全てのデバイスは此れより鹿波 蓮司が用意した場所に移転する。此の件が終わる迄、此処が夢探偵社の本部とする。今のうちに目に焼き付けとけ。アナログだが此れが一番だ。全員覚えたら此の紙は燃やす」
 全員が確認した後、互いに頷くと黒影は客用の灰皿に入れ燃やした。
「白雪は軽い物から、風柳さんは本機、僕は幸田 凛華のノートパソコンを。サダノブのタブレットだけは壊れるの覚悟で繋いでおいてくれ。此方に切り替えると良い」
 そう言うなり、黒影は新しいモバイルwifiをサダノブに渡した。
「えっ!壊れるの嫌ですよぉー。此れ宝物って決めたんですから」
 と、タブレットを持って半泣きになる。
「お前なぁー、ただの支給品にそんなに愛着持つんじゃないよ。そんなに大事なら……そうだな、「たすかーる」に助けて貰えば良い。五秒で来るよ」
 と、黒影が言った直後だった。インターホーンが鳴って、
「「たすかーる」でーす!タブレット端末保護に来ましたー!」
 と、ヘルメットを取って穂がニコッと笑った。
「穂さぁーん!」
 サダノブは大喜びで尻尾を振ってるが、穂のバイクの音には無頓着なのが不思議だと思う黒影なのであった。
 ――――――

「何だか大所帯になってしまったなぁー。ちょっと目立ち過ぎじゃないか?」
 バックミラーを見た風柳が思わず言ったのも無理は無い。トランクにパソコンや探偵社で使う機器一式、白雪は助手席に後部座席の黒影の横にも機器がびっしり詰まっている。
 其の風柳の乗用車の後ろに、目立つ大型のサダノブと穂のバイクが追尾している。
「本部を移動するには軽い荷物な方ですよ」
 黒影は気にも止めず帽子を深めに被り、到着を待ち乍ら少し考え事をしている様だった。
 暫くして、ふとポケットから黒影は名刺を一枚取り出し、裏返した。
 ……日向 諭(ひなた さとる)通称サトラレ。態と姿を現すが、見事に逃げ切る追い掛けっこ好きの生粋の情報ハンター。ハッカーなのかと思えばそうでも無く、気侭にネット界隈を歩いては名を残す、謎多き人物だ。
「もう少し先で止めて下さい」
 風柳に黒影は言った。
「喉でも乾いたか?」
 何も聞いていなかったので風柳は不思議そうに聞く。
「ちょっと、良い人材に先日あったのですが……頑張ってナンパして来ますよ」
 と、笑って言う。
「おい、流石にもう乗らないぞ」
 風柳は出て行く黒影に言った。
「分かってますよ」
 帽子を手に持ち上げ、陽気に歩く黒影であった。
 ――――

「始めまして」
 ボロアパートの一室をノックし、出無い事は分かりきっていたので、挨拶をし乍ら黒影は中に入った。
「案外、きちんと片付けとかしているんですねぇ」
 黒影は見渡して言う。
 金魚の入った水槽がこぽこぽ水を吸い上げる音と、パソコンを叩く音が響いている。
「思われているより引き篭もりでは無いからね。忙しいだけさ」
 日向 諭は言った。
 画面を見ると、何かのゲームをしていたらしい。
「糞っ!一杯食わされたっ!」
 賭でもして負けたのだろう。伸びをし乍らそう言った。
「貴方でも負ける事があるんですね」
 黒影が笑って言う。
「あるさ、世界は広い。表に見えるよりもね。ほら……さっき僕が負けた此奴なんかは、実のところ未だ小学生の絶対王者さ。此の暇人に一日一回頭脳対決するだけで小遣い稼ぎになるんだよ」
 と、日向 諭は説明する。
「で、影の番人が何の用さ。今は僕とは逆の立場だと聞いているが?」
 と、黒影には知られたく無い事もあるのか訝しげに見た。
「別に取って捕まえようって訳じゃ無いよ。捕まえるのはきっと君の目障りな新米鼠の方……」
 と、黒影が言うと、
「ああ、幸田辺りの輩か。確かに潰しの仕事じゃあ幅は効かせているみたいだが、僕には他にもオファーが絶えないからあまり気にはしないさ」
 そう、あまり協力的では無い返事をする。黒影は一息吐くと、
「そう言うと思ってました。だから貴方の為に、ただの大捕物じゃ無い、良い舞台を用意する事にしたんです」
 と、言った。
「いい舞台?」
 日向 諭は少しは興味を持ったのか聞く。
「はい、良い舞台ですよ。……良い役者を呼ぶには大金よりも良い舞台を作れば自ずとやって来る。其れを此方が用意するので、今回は招待状がてら寄らせて貰いました。……其のゲームよりかは幾分か暇潰しにはなると思いますよ」
 と、黒影はにっこり笑い帽子を胸に当て会釈すると出て行った。
「へぇ……影からの招待状か。まぁ、期待しないで待っていてやるよ」
 日向 諭は金魚に餌を上げ乍ら小さく笑った。
 ――――
 一時間半経過……

 風柳の車に追尾していたサダノブと穂は一時離れ、幸田 凛華の追跡に廻った。
 幸田 凛華を待つ間に、穂は黒影からの注文を店主の嵯峨野 涼子に伝える。
「全く人使いが荒い旦那だねぇ。まぁ、如何せバイクじゃ無理だろうから後で直接行くよ」
 と、嵯峨野 涼子は言った。
 幸田 凛華が出て来た……。
 幸田 凛華はタクシーで移動する様だったので、間隔を空けてサダノブと穂は後を追う。
「サダノブさん、ほら……道端の桜が舞って綺麗ですね」
 少しスピードを落としサダノブのバイクの近くに下がると、フルメットの中の無線で穂はサダノブに言った。
「あっ……うん。……綺麗だけど、ちゃんと前見なよ」
 サダノブはターゲットを見失うなと言う意味で言ったのだが、
「サダノブさんって優しいんですね」
 と、穂は事故を起こさないか心配してくれたんだと、すっかり勘違いして上機嫌だ。
「あっ、えーと、まぁ……今度はツーリングで花見にまた行きますか」
 と、サダノブは苦笑いした。
「其れじゃあ此の事件、さっさと終らせないとですねっ!」
 そう言うなり猛スピードで何台も擦り抜け、ターゲットのタクシーの真後ろに着いた。
 気付かれはしないかと、はらはらするサダノブの気も知らずに、穂は相変わらずの上機嫌だった。
 暫くすると、雑居ビルの前でタクシーが止まる。
 穂はつけていた事がバレないように、タクシーを追い抜き道を曲がってから止まった。
 サダノブはビルの斜め前のコンビニ前にバイクを止める。穂はバイクからビルの横に向かってカメラを向けた。サダノブのスマホに連絡し、
「はーい、サダノブさん。人数約20。あの熱量は多分パソコンね。40台はあるかしら。其れと、箱が8機。熱量が高いからサーバーかしら。大した事は無いわね。」
 と、サーモグラフィーで確認して伝える。
「そんな物?地下は?」
 サダノブは拍子抜けして聞いた。
「地下は見え無いわねー。もし、此の部屋と同じだとして倍かしら?」
 と、穂は言う。
「分かった。深入りはしなくて良いって先輩も言っていたし、其れだけ分かれば多分先輩なら推測がつくだろう。俺達も時間だ、行こう!」
 サダノブは穂に行った。
「りょーかい!」
 二人はまたバイクに跨り、黒影達と約束した合流地点へ向かう。
 ――――

「良し、彼方も向かって来てるな」
 黒影はサダノブの場所をGPSで確認した。
「此方も、サダノブ達が到着する前に準備しましょう」
 黒影は風柳に促す。
「準備って何処にだ?」
 大きなビルの一階で、パソコンを持たされた風柳が聞く。
「鹿波 蓮司が自由に使って構わないとの事なので、今日は遠慮無く此方に社会科見学に行きまーす」
 と、社名看板から3FのITセキュリティサービス「サンズコア」を指差した。
「わーい、社会科見学ー!」
 白雪が楽しそうに燥いでいる。
「おい、黒影……まさか此処が?」
 風柳は嫌な予感がしてならない。
「ん?此処程良い立地は他に無いと思いますよ、僕等の仮拠点にしては」
 と、黒影が言って笑った。
 黒影の姿を確認したビルの警備員が中に入らず待っていてくれと言って、血相を掻いて中に入って行く。
 暫くして、一人の若い男が出て来てこう言った。
「ようこそ、お待ちしておりました。「サンズコア」代表の鐘崎 光一(かねざき こういち)です。一時的に此のビルのセキュリティを切っています。早めに三階へ」
 と、言うなり部下にも黒影達の荷物持ちを手伝う様に指示し、社員用の裏エレベーターを経由して社内に入った。
「警備員さんにもう通常通りで大丈夫だと伝えておいて」
 と、荷物を置いた社員とは別の社員に、知らせに行く様に伝える。
「すみませんねぇ、手間を掛けさせてしまって」
 黒影はにっこり笑って会釈した。
 鐘崎 光一は息を整えてから、
「普段、此処にいる皆は体力仕事なんてしないものですから、お恥ずかしい限りです。ビルのセキュリティの方は活きていますかねぇ?」
 と、黒影に聞く。
「ええ、勿論。ご配慮いただけたので、社員用のエレベーターの監視カメラの一部が消えるだけで済みそうです」
 と、黒影は答える。
「ああ、社員用のエレベーター……すっかり見落としていました」
 と、鐘崎 光一は頭を抱えた。
「あれはかなり旧式ですね。この際、鹿波 蓮司さんに新しい物をお願いするのをおススメしますよ」
 と、黒影は提案する。
「……其れもそうですね」
 と、鐘崎 光一は苦笑した。
「ところで、多少使えるサーバー余っていませんか?」
 黒影は社内を見渡しながら鐘崎 光一に聞いた。
「ええ、そう言われると思って用意して置きました。此方の部屋です。ご自由にお使い下さい」
 と、奥の空き部屋に案内した。小綺麗な何も無い部屋に机と椅子、必要なものは一式置いてある。
「飲み物も直ぐ出た所にドリンクサーバーがあるので、お好きな物を如何ぞ」
 と、鐘崎 光一は笑顔で丁寧に説明し、必要な物があれば声を掛けて下さいと言うなり部屋を後にした。
「何だ?此の会社は?」
 風柳は黒影にコソコソと聞いた。
「ああ、此処の会社はホワイトハッカーが集まって出来たんですよ。以前はハッキングと言うと悪いイメージしか無かったかも知れませんが、今はこうやって悪いハッキングから守るホワイトハッカーという職業が、ちゃんと公認される時代になったんです」
 と、説明した。
「成る程なぁ……。元は一本だったと思えば、昨日の味方は今日の敵か……」
 と、風柳はぼやくのだが、
「そうとも限りませんよ。社会的価値より利益を求めてまた戻ってしまう者もいる。然し最低限でも今此処にいる社員は、非合理を許さないという意思で此処にいるのには間違いない筈です」
 と、黒影は付け加えた。
「……何だか難しい社会なんだなぁ」
 と、漠然と風柳が言う。黒影は笑い乍ら、
「そうでもありませんよ。法が届いても届かなくとも、結局自分が正義だと思う方に人は動く。其れだけです」
 と、言った。
 黒影は用意されたサーバーを確認し、愛用のパソコンを繋いでぼやいた。
「此れでは保たないかも知れないな」
 と。かなり高性能だが、満足出来る物では無かった様だ。黒影は鐘崎 光一が何かあればと指定した、直通の壁掛けの電話の受話器を取る。
「今、此の会社で使っているパソコンの台数は?……ええ。思っているより此方が不利だ。どのくらい耐えられますかね?向こうは直接攻撃を仕掛けて来ます。規模は事前にお伝えした2倍。……此方で何とか食い止めます。はい、宜しくお願いします」
 と、何やら鐘崎 光一と作戦をし、連絡を切った。
「何が始まるの?」
 白雪が、コードに紛れた黒影の顔をひょいっと覗き込んで聞いた。
「真実を探せ!ゲームさっ」
 と、黒影はコード越しの白雪にニコッと笑って答える。
 その頃、サダノブと穂が到着した。
「何か凄い事になってますねー」
 サダノブが黒影の辺り一面に広がる、パソコンの台数とコードを見渡して言う。
 当てられた部屋は20畳程あったが、既にほぼ埋め尽くされている。
 刑事事件ニュース記事が、まるで監視カメラの映像の様にリアルタイムの文字で流れSNSまで網羅していた。
「僕等がこうやって珈琲を飲んでいる間にも、勝手に文字は流れては消える……。儚いねぇ……言葉や想いなんぞは」
 と、黒影は呆然と流れては消えゆく文字を見て言った。
「此の文字と共に人が流れて死にゆくなんてあってはならないな」
 そう言う目は……真実だけを見ようとする、真っ直ぐで何色にも流されない信念を持つ目だった。
「見届けようじゃないか。真実が真実でいられるか否かを」

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読書感想文

お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。