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「黒影紳士」season2-8幕〜その叫んだ世界に君がいる〜 🎩第一章 覚めない世界に君がいる


⚠️お願いと注意⚠️
この幕付近に読者様が通られた後、著者へ攻撃的になる、不思議な心理状態になる事が数件起きています。
読むペースにもよりますが、少しでも寝不足や疲労感を感じる際は休憩をしっかりとって、お読み下さい。また、不快等感じましたら、直ちに読書を辞め、休むか必要あれば病院へ受診して下さい。
著者はサダノブ、ダミー戦が精神的疲労に、他の幕より立て続けだからではないかと考えております。
✨【喫茶店☕︎純喫茶黒影☕️にて】✨

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――第一章 覚めない世界に君がいる――

 僕はまた……あの炎の海を歩いている
 何度訪れても居心地の悪い此の世界
 どれだけ歩いても息苦しさが呼吸を支配する
 分かっていても変えられないもの
 きっと此の夢を見る為の代償
 予知夢なんて簡単に見れたら……商売上がったりじゃないか
 だからきっと此れで良い……
 そう思わないと足を焼かれてしまうから
 あの一枚の絵画を見ずに永遠に此処にいたら
 せめて僕の焼死体の影絵でもあの絵画に浮かび上がらせ弔って貰えるのだろうかと思う
 この絵画が救いなのか悪なのかどんなに真実を探そうと見え無い儘だ
 僕の無力さと共に此の世界は悲しく業火を涙の様に舞上げるだけ……

「……誰だ……」
 コツコツと歩く靴音がした。そんな筈が無いんだ。
 此処には誰も救いには来ない。
 誰にも届かない……夢の中なのだから。
「……お邪魔しまーす」
 ……少し前からだ、サダノブが僕の夢に干渉出来る様になったのは。何だ?また悪夢でも見せるつもりか?また無意識に氷を纏った獣は僕を苦しめ笑いたいだけだろ……。だからもう……歩きたく無いんだよ。
「ねぇ、無視しないでよ……せんぱーい!」
 ……意識あるのか?冗談だろ。如何せ期待しても悪夢で終わるオチなんだよ。
「疑ってるんだ。そうでしょ?じゃあ良い……」
 ほら……また全てを凍らせて邪魔しに来ただけだ。
 サダノブは床に手を着き屈んだ。
 何時の間にか此の世界の揺らめく炎の隙間……窓の外から月光が差し込んでいる。サダノブの瞳が月光を浴びて金色にギラ付いている……やばい……本気で来る気だ!
 此の夢の世界では僕に逃げると言う選択肢は無い。
 未来を見無いで此処で倒れる訳にはいかない。
 サダノブが着いた床の手から、凄まじい冷気が噴き上げ黒影の帽子が飛ばされた。
 バリバリと聞き覚えのある氷りが這う音がして、黒影は思わず両腕で顔を塞ぐ。長く黒いコートが突風と化した冷気でバタバタと鳥の様な羽音を立てた。
 また……凍ってしまう……!
「先輩……俺にも言わせてよ。……もう大丈夫って」
 ……えっ……今、何て?……
 突き刺さる程の冷気が止まった。何が起こってる?……黒影はゆっくり腕を下ろした。
 ……此の世界から火が消えて凍り付いている。
 黒影は自分の体を見た……凍っていない……。
 絵画をふと見ると其方も無事な様だ。
「……お前……サダノブなのか?」
 黒影は夢が見せる幻覚じゃないかと思っていた。
 床から手を離し立ち上がると、サダノブは何時もの屈託のない笑顔でヘラヘラして頭を掻いている。
「……やっと、出来たみたいです」
 ……此れが、ずっとしたくて……此処で暴れていたのか。
「……上出来だ、サダノブ」
 黒影は笑った。
 ……重荷を増やしたくはない……
 ……罪人には救済があるのに、何故あんたが救われ無いんだ!……
 其の言葉の意味が、今更にも黒影に理解出来た。
 お前がやりたかったのは、此れか。
「ずっと……救おうとしてくれていたのか……」
 黒影は帽子を拾うと深く被り目を隠した。
「あれ?先輩……もしかして嬉し泣き?」
 ひょこひょこやって来てサダノブは黒影の帽子を覗き込もうとする。
「あー、五月蝿い!絵を見に行くぞ!」
 黒影は帽子を深く被った儘、ツカツカと絵画の前に立つ。
「あっ、待って下さいよ!」
 サダノブは慌てて絵の前に来る。
「……有難う……」
 黒影は絵画を見詰めた儘言った。
「……俺がそうしたかっただけですから」
 そう言ってサダノブは笑って、同じ絵画を見る。
「やばそうだな……」
 黒影が絵画を見て言う。
「……これ、涼子さんから聞いたのに、似てる……」
 サダノブがボソッと思い出して話す。
「ダミーか……」
 黒影も其の絵画に浮かんだ影絵の屍の山を見て、思い出して言った。
「……ああ、以前の汚名返上にまた来るかも知れないな」

 ……旦那とは因縁があるからねぇ……

 そう言った涼子の言葉がサダノブの脳裏に浮かぶ。
「何方にせよ、此んな死体の山を誰にも作らせる訳にはいかない。さっさと目覚めて、阻止するぞ!」
 黒影は絵画に手を置き黙祷する。
 サダノブも慌てて見様見真似でそうした。
「あの……此れって残業代出ますかね?」
 サダノブが言った。
「夢で稼げる訳無いだろ?」
 呆れて黒影は言った。そして目覚める直後に、
「信頼は十分稼げたな……」
 そう言って微笑んだ。
 ――――――――――――

「おいっ、サダノブ!」
 一階に降りて黒影はゲストルームの住人、サダノブの部屋をノックした。
「はいはーい、今出ますって」
 そう言うと、ドアを開けて夢で床を着いていた方の肩を回した。
「まだ慣れてなくて……案外、疲れるんすよ」
 そう言って欠伸をする。
「やっぱり、残業代いるか?」
 と、黒影は心配そうに言った。
「んー良いです。……其れより先輩からの信頼の方が、俺には価値がある」
 少し考えてサダノブはそう答えた。

「お早う……白雪、風柳さん」
 黒影が早起きの二人に挨拶する。
「おっはよー御座います!」
 サダノブは相変わらず元気いっぱいの声で言う。
「おお、二人揃うなんて珍しいな」
 と、風柳は二人を見て言った。
「なんか、良い夢でも見た?」
 白雪は上機嫌の黒影に聞く。
「良い夢と、悪い夢だよ」
 そう言って席に着くと、黒影は何時もと同じモーニングコーヒーを飲む。
「……事件か……」
 風柳は新聞を置いて溜め息を吐いた。
「そうなんですよ……」
 思わずサダノブが風柳に話そうとしたが、
「サダノブ。朝飯が先だ」
 と、黒影は注意してトントンと軽くテーブルの端を鳴らしたが、笑顔だった。
――――――
 黒影は食事を終えると食後の珈琲をまた飲み乍らゆったり考えていた。
 憎き「ダミー」と呼ばれた殺人シナリオ屋と、如何決着を着けるのかと。もう既に何人をも手に掛けた罪は償えるものでは無く、極刑は確実。遺族の心はきっと其れでも癒える事は無いだろう。此の件に今迄何処か触れたくない気がしていた。もし捕らえる事も断罪ならば、此の男の罪を静かな眠りで弔う方法はもう無いのかも知れない。
 真実を暴けば其れだけの重荷が伸し掛かるだろう。暴く程に悲しみもまた山に成る。其れを背負う覚悟が未だ持てずにいた。真実は未だ答えてはくれない……。
 其の油断が今迄「ダミー」の企みを阻止するだけで、逮捕に至らなかった単純な理由かも知れない……。
 捕まえる事が極刑に送る事ならば、黒影自身も殺しに加担するのでは無いかと、恐怖心が全く無い訳ではない。死刑に対して如何のと言う思いは考えない様にしているが、やはり加担するとなると気分の良いものでは無い。
 今迄何人の更生を見届け、何人が再犯送りになったのか……目を閉じて思い出す。知ってしまえば記憶から消え無い。だから極力何も知らずにいたい。
 ただ、目の前の事件に集中出来る様に。
「……あんまり、良いコンディションとはいかない様だな」
 考え込む黒影が何か儚い答えの無いものを探している様な目だったので、風柳が現実に引き摺り出す様に言った。サダノブから「ダミー」の名を聞き、風柳にも其れが分からないでは無かった。
「続けさせないと信じるしかない。誰も他に止めてくれる奴はいないと自分に言い聞かせるしかない」
「……ええ、そうですね……」
 風柳の言う正論しか答えは無い。
「……其れ……俺、出来るかも知れない……」
 サダノブは、ふと思い立った様に言った。
「お前、また勝手に人の心を……」
 ……読んだなと、注意しようとしたが、黒影にもサダノブが何を考えたのか漸く分かった。
「……出来そうか?……相手は手強いぞ」
 黒影はサダノブに聞いた。
「……もうちょっと人物像が浮かべは。……多分」
 と、曖昧な返事をするので黒影は拍子抜けした。
「そう言う時は出来る!って言ってくれた方が、此方の士気が上がるものなんだが……。まあ、良い。其れも選択肢の一つとして覚えておこう」
 黒影は溜め息を吐いてそう言ったが、案外サダノブの心を読み行動させる体質は使える気がした。以前も犯人を戦意喪失させた実績はある。もし、其れで改心させる事が出来たなら、死刑執行まで自分の罪を見詰める時間ぐらいにはなるだろう。如何死ぬか被害者はきっと選ぶ時間も無かった。其れを考えると其れでも酷な話しだが、最後だけでも死者に何か想って欲しいと思うのは、結局生きている者の業なのだろうか……。
「先輩、ちょーとナイーブなんですよねぇー。自己満って言葉、知ってます?今の先輩なら糸みたいに繊細過ぎて、俺にはその糸……息を吹くだけで切れちゃいますよ。悉く後悔して反省して悶え苦しめば良い。めっちゃ、イージーっす」
 と、サダノブは言って笑う。
「そうか、めっちゃイージーか。シンプルさも時には大切さだな」
 黒影は気が少し楽になり笑った。
「イージーは分かったが、探すとなるとそうも如何んな」
 風柳は事件の話しに戻る。風柳もまた、早く「ダミー」を見付け出したいのだ。繊細な黒影を分かっているからこそ、黒影より早く捕まえたいという親心なのかも知れない。
「未だダミーがシナリオに使う遺体は、以前阻止したのでそんなに大掛かりな事は出来ない筈ですが……。影にあった遺体のあの山……其れこそダミーな気がしています。そもそもダミーは僕の能力をとっくに知っています。ならば一体の遺体とマネキンでもあの屍の山を作れる。人が多い場所を想定していましたが、明後日の場所に目を向けさせようとした可能性があります。現にダミーは人質を取らない限りは、単独で一人ずつ殺しをする傾向が以前からある。シナリオを書きたくても白紙の紙だけでペンが無いのと同じ」
と、黒影は未だ推定ではあるが、殺害されたのは一人だと言う。
「先輩……俺、……今日本当にめっちゃイージーだわ」
 また説明下手のサダノブが、良く分からない事を言い出す。
「サダノブ、幾ら何でも内容を言え」
 此れには黒影もイラッときている。
「お嬢様!怒られた哀れな私しめに、時夢来の本をお貸しいただきたい」
 と、サダノブは白雪にまた媚びを売り乍ら、時夢来の本が見たくて手を挙げた。
「えーっ、仕方無いわねぇ、ポチが動きなさいよね」
 そう文句を言い乍らも、結局優しい白雪は自室に取りに行く。
 暫くして白雪は戻って来るとサダノブにふんっと言って方向を変え、黒影の方に渡した。
「えー、お嬢様ぁー酷い……」
 と、サダノブがガッカリすると、
「当たり前でしょう。此れは黒影の大切な物なんだから、黒影に言って見せて貰いなさいっ!」
 と、ビシッと厳しく言う。
「ほらほら、あんまり虐めちゃポチだって可哀想だろう」
 そう、黒影は仲良くする様言い付ける。
「サダノブの所為で怒られたじゃない!」
 と、白雪はあっかんべぇをしてキッチンへ向かう。多分、甘い香りのロイヤルミルクティーを作って来るのだろう。
「……で?さっきの夢の影絵を再確認で良いのか?」
 と、サダノブに確認する。
「やっぱり先輩、分かってるぅー!もう俺の心を読めるのは黒影先輩しかいないっす!」
 と、縋り付こうとするので、黒影は片手で時夢来の本を開き、もう一方の手でサダノブに、
「気色悪い。……僕は心は読めん!」
 と、きっぱり言う。其れを聞いたサダノブは、伸ばした上半身をテーブルにずるずる落として犬みたいにいじけている。
 黒影は其れを尻目に溜め息を吐き乍ら、胸ポケットから懐中時計を取り出し、本の隠し穴に嵌め込む。
「……ん?」
 何時も黒影の予知夢を投影するので、挿絵写真に夢で見た絵画の影絵を火の炙り出しの様に現すのだが、今日はサダノブがいた影響か炙り出しをせずに、直ぐに浮き上がってくる。
「見ろ……炙り出しが消えた」
 思わずサダノブに黒影は言った。サダノブはまたテーブルの中央まで身を乗り出して、時夢来の本の挿絵写真をマジマジと見る。
「本当だぁ……。良かったのかなぁ?壊して無いかなぁ?」
 と、サダノブは本と埋め込まれた懐中時計を凝視した。
 風柳も何かあったのかと気になって、ちょっと顔を出して覗き込んだ。
「何か問題でも起きたのか?」
 と、風柳が聞くので、黒影はさっきの夢の中での出来事を話をした。
「……そんな事が。サダノブも成長したねえ」
 と、風柳はサダノブの頭を撫でる。サダノブはにこにこして喜び、正に尻尾を振ってる犬にしか見えない。
「其のうちキャンキャン言いそうだな。風柳さんにもすっかり懐いて。……ほら、改めて見てみるぞ」
 と、黒影は皆んなに見える様に時夢本を見せた。懐中時計は少し左回りの過去になり、黒影が丁度夢を見た時間を指している。
「……で、何か気になっていたんだろう?」
 と、黒影はサダノブに聞く。
「……マネキンって事は洋服があるんですよね、多分」
「まぁ、普通に考えたらそうだな。背景は窓しかないからなあ……」
 と、黒影は返す。窓の外に看板が窓下にあるのが分かる程度だ。
「この看板、俺……知ってますよ。穂さんとこの間、行ったばかりだ」
「何だって?!」
 サダノブが指差した看板は、至極普通の丸いシルエットだ。
「此れ、多分先輩や風柳さんは無縁だけど、”グランドール”って言うショッピングモールの看板なんですよ。此の丸いシルエット、少し尖った三角がひょこって出てるでしょう?此れ、グランドドールの”G”なんすよ。白雪さんの行く様な可愛い服じゃなくて、オフィスカジュアルのレディース服ばっかなんですよ。穗さんが好む服装のブランドばかりですからね。俺、飲み物だけで二時間待たされましたもん」
 と、思い出してサダノブはグランドールに良い思い出が無いのか、苦笑いする。
「成る程、今日はサダノブのめっちゃイージー炸裂だな。……サダノブと穂さんが行く所なら、ツーリング途中の高速の近くか。……サダノブ、女性の服選びは迷ってる時に選んで上げると、喜ばれるし時間短縮するぞ」
 と、女性の服選びの時の暇の使い方のアドバイスと、行き先を特定出来て良かったと笑った。
「サダノブ、場所表示頼む」
 サダノブは黒影に肌身離さず持っておけと言われていたタブレットを取り出し検索表示すると、
「そっか……次、そうしてみます!」
 と、風柳と黒影に見え易い様に其方に向ける。
「……サービスエリアと併設しているんだな。風柳さん、渋滞等を考えると直ぐに到着出来そうもありませんね。所轄にマネキンを普段置いている倉庫等の場所を重点的に、先に探してもらいましょう」
 と、黒影が協力出来ないか聞いた。
「分かった。伝えておこう」
 そう言って風柳は、スマホで連絡し乍らリビングを去った。
「白雪、今日は悪いが風柳さんと行動してくれるか。出来るだけ僕らも一緒に行動するがダミーの狙いは僕だ。いざと言う時は別れて行動する」
 と、黒影は白雪を巻き込まない様に言った。
「また邪魔者扱いするんだから。……まぁ、仕方無いわね」
 と、白雪は怒るかと思ったが大して怒らずに納得した。
 本当は邪魔者じゃなくて、大事にしてくれていると分かっているから。以前もダミーは白雪を誘拐し、黒影を呼び出す事に成功した。また同じ事になる訳にはいかない。いざとなったら黒影は風柳を頼るだろうし、そのいざと言う時だけは分かれば充分だと思う。
「有難う……」
 黒影は微笑む。
「最近良く笑う様になったわね」
 白雪が何となく気付いて言った。
「そうかな?」
 と、黒影は珈琲を口にして言う。
「そうよ」
 白雪は間違いないと、そう返した。黒影は少し考えて……
「……幸せだからかな」
 と、珈琲カップに両手を当て、温め乍ら微笑み言った。
「せっ!先輩!死亡フラグ立てないで下さいよぉー!」
 と、サダノブがワタワタして落ち着き無く言う。
「あー、此れも死亡フラグなのか?ただ、素直に話すのも面倒な世の中だ。大丈夫……そんなもの何本立てたって、へし折って歩けば良いだけだよ」
 と、黒影は笑う。
「……先輩って、ナイーブなんだかタフなんだか分からないですね」
 と、サダノブはきょとんとして言った。
 さっきまで繊細な糸の様だと思ったら、何時の間にか鋼の様な図太い精神にあっと言う間になる。
「サダノブ……人は分からないから面白いんだよ」
 黒影は心を読まれていると知っても、然程怒らなくなった。……無理に読もうとしなくても体質なんだから仕方無いじゃないか!……何処かでそう思っていたけれど、自然体でいさせてくれているのかなぁと、最近になって思う。
「前に何で誰も煙たがらないのか、サダノブは其の心を読む体質の事を自分では悲観していたけれど、お陰でお前の周りは皆んな素直になる。人間らしく泣いたり……怒ったり……悲しんだり……笑う。お前が来てから皆んな良く笑うよ。人間らしく生きるのはとても心地の良いものだ。其れに気付いていなかったのは馬鹿正直なポチだけって事」
 と、黒影は言って笑った。
「先輩迄ポチって言わないで下さいよぉー」
 と、サダノブは言う。黒影は笑い乍ら、
「似合っているんだから仕方無いと諦めろ、ポチ」
 と、言った。白雪は其れを聞いてクスクス笑う。
「そうねぇ、やっぱりポチはポチが似合う」
 と。戦う時は狂犬の様……でも、他は……甘噛みの下手な甘え犬。
 ――――――

「グランドールのバックヤードを今、隈無く探してもらっているよ」
「車、出しますか?」
 風柳の報告に黒影はそう言ったが、風柳は以前黒影が高速で暴れた所為で始末書の山が出来たのを思い出し、苦虫を噛んだ様な顔をする。
「……駄目だ、駄目だ!あんな黒いスポーツカーの社用車、俺は認めんぞ!今日は俺が車を出す。警察関連の仕事だしな、大人しく素直に乗って行きなさい」
 と、風柳は言った。
「探偵はスピーディーな仕事も大事なんですよ。でも折角の風柳さんのお誘いなら、有り難く甘えさせて貰います」
 と、黒影は怒られまいと、爽やかな笑顔で言う。風柳は大きな溜め息を吐いて、独り言を言った。
「甘やかし過ぎじゃ無いか、俺?」
 と。
「さあさ、白雪、サダノブ!今日は快適な旅になりそうだ。準備するよー!」
 と、黒影は立ち上がりご機嫌で言った。
 まあ、喜んでるし良いか……。と、結局親の心子知らずでも許してしまうのだった。
 ――――――――
「……白雪、今日は時夢来の本、サダノブに渡しておいてくれ」
 高速で向かう途中、音楽を聴いていた助手席の白雪の肩を後部座席からポンポンと軽く叩き、白雪がピンクと白の可愛い猫耳付きヘッドフォンを外したのを見て黒影が言った。
「うん、構わないけど……」
 そう言うと、白雪は天使の羽根が付いたバッグから時夢来の本を出して、サダノブに渡すなり、またヘッドフォンを付けて猫耳をゆらゆら揺らしている。
「何、聞いてるんですかね?」
 サダノブが不思議になって時夢来本を鞄に入れると、黒影に聞いた。
「聴かない方が良いぞ。ホラーみたいな洋楽ロックを爆音で聴いてる」
 と、黒影は答えた。
「えっ?猫耳からのギャップ凄過ぎません!?」
 と、黒影に聞いたが、
「あれがストレス発散になるらしい……」
 と、黒影はあまり気にしていない様だ。ルームミラーで後部座席の二人が自分の事を話しているのに気付いた白雪はヘッドフォンを取り、
「何?猫耳邪魔だった?」
 と、二人に聞いている。
「否、可愛いなぁーって話しだよ」
 と、黒影はさらっと誤魔化す。
「あっ!此のヘッドホーン、白に薄水色も売ってるのよ。今度似合うからサダノブにも上げるね!」
 と、白雪は勝手に言うと、またヘッドフォンを掛けて上機嫌で前を向くと音楽を聴いた。
「あははっ、良かったなサダノブ。とうとう此れでポチも可視化出来る様になる」
 と、黒影は想像しているのか、サダノブの肩をどついて腹を抱えて笑う。
「えー嘘でしょう……」
 サダノブはしょんぼり見えない耳を垂らしている。
「穂さんが喜ぶよ。反応が楽しみだ」
 黒影はそう言って寛ごうとした。
 風柳のスマホに一本の着信が入る。短い会話を切って直ぐに、
「黒影!例の場所は見付かったが遺体が消えたぞ!」
 と、言う。
 思わず黒影は前のめりになる。
「……ダミーが持って行ったんですね」
 と、風柳に聞く。黒影はさっきまで巫山戯ていたのに、急に事件の事となると食らいつく様に身を乗り出す。軈て其の黒い瞳が少し赤み掛かって行くのをサダノブは横から見ていた。……凄い執着だ……そう思い乍ら。
 ――――――
「此処か、なかなか良い所だが……先に現場に行こう」
 グランドールに着いた黒影はショッピングモールに辿り着き言った。
「此処の二階のショップらしい」
 風柳が場所を案内する。黒影はキープアウトを見ると、慌てて中に入ろうとする。
「困った奴だ。はい、風柳と黒影到着。精密機械が無ければ通してくれ」
 と、警察手帳を見せて中に入った。黒影はダミーに遺体を持って行かれて焦っている様だ。白雪とサダノブもくっ付いて入ったものの、邪魔にならない様に端にいる。
「……そう、焦るな。焦るとダミーの思う壺だ。何時も通りが一番良い。サダノブ、悪いが缶珈琲買って来てくれないかな。後、白雪のミルクティーとサダノブの好きな物も」
 と、千円札を渡してお願いした。
「分かりました!」
 サダノブはそう言って近くの自動販売機を探す。
 
 ……あれ……?

 其の時、サダノブの足が恐怖に竦んだ。俺に似てる背格好、俺に似ている柔らかそうな髪……でも彼奴の髪は深い黒……。
 今焦っている先輩のところへ向かうか?じゃあ戦うか?否……涼子さんが以前ダミーに食い掛かろうとした時、俺にこう言った。
 ……サダノブじゃあ相手が悪過ぎる……。
 多分、強い弱いの話しじゃない。涼子さんは俺の特異体質の心を読む力を知っている。相性が悪いって事だ。……でも此の儘逃すには惜しい。
 ……探偵は探偵らしく動きな……。
 涼子さんはあの時そう言った。涼子さんでさえ逃げられる様な相手。……ならば、深追いしない程度に尾行する!
 サダノブは以前ダミーに会ったら如何すべきかを涼子から学んでいたので生かそうとする。普通に飲み物を買って自然に離れたフリをし、一定の距離を空けてダミーを尾行した。

 駐車場のトラックだ。プレハブを一台乗せている。マネキンが数体見えた。此の中に遺体があるのか?サダノブはスマホを取り、誰とも通話していないのに、飲み物は此れで良いのかと一人で喋り乍ら、駐車場のエンジンが掛かる音を聞いた。ベンチの後ろに観賞用の花……其の先にダミーがいる。発進した……。サダノブは咄嗟にビデオ機能にしていたスマホのカメラをトラックのナンバーに合わせて拡大すると、録画を確認し切った。
 よし!風柳さんに急ぎで報告だ。此処で走り出したら未だ運転席のサイドミラーやバックミラーでバレてしまうかも知れない。
 ……落ち着け……先輩が何時もこう言う時ほど、冷静にと言っていた。何時も通り風柳さんのスマホに此の動画を送り、何時も通り先輩の元へ行こう。
 ……そう、缶珈琲を渡しに行くだけ。
「……ん?何かサダノブが送ってきたぞ?……動画みたいだな」
 その言葉に黒影はビクッと反応した。
「まさか彼奴……」
 ダミーに捕まったんじゃ……そう思って、唯でさえ焦っていた気持ちに拍車が掛かる。
「此れは……ダミーが乗ったトラックだな!風柳さん、未だ近くを走っているかも知れない!」
 黒影は、ダミーに此れ以上遺体を運ばれてたまるかと風柳に言った。風柳は頷くと直ぐにスマホから連絡する。
「ダミーが逃亡中。高速に乗った。銀色のトラック。中にはプレハブ一台、マネキンを入れている。遺体も恐らく其処にある。今から画像の車両ナンバーと画像を添付する。確認して確保されたし。逃すなっ!」
 そう緊迫した空気の中、目の覚める様なしっかりとした言葉で言った。今回、我々の代わりに調査で追うのは他の班が担当している。黒影の焦る気持ちも、風柳の言葉でやっと落ち着いた。……追うのは違う奴に任せれば良い……其れよりも今は真実を見逃さない方が大事だと言われた気がした。
 ……出来る事を出来るだけやれば良い……
 無理をしたところで良い結果は残せない。
 黒影は手袋をはめ、足にも靴カバーのビニールを履き現場を良く
 観察し始める。
「白雪……帽子が落ちてはいけない。少し預かっていてくれ」
 と、ひょいと白雪の頭に帽子を乗せた。
「もうっ、私コート掛けじゃないのよ!」
 と、言い乍ら白雪は髪型を気にして、帽子を頭から取り手で持つ。
「風柳さん!」
 サダノブが血相掻いて飲み物を持って戻って来た。
「今、他の班に追わせている。大丈夫だ」
 其れを聞くとホッとしてサダノブは肩を撫で下ろした。
「なかなかやるじゃあないか。事務員にしておくのは勿体無い」
 と、黒影は此れでも誉めている。サダノブは、
「全部、涼子さんのお陰だ……」
 と、言った。すると黒影は笑い乍ら、
「そうか、涼子さんのスパルタ教育が功を奏したみたいだな」
 と、軽く笑う。
「さて……血痕は……」
 と、黒影は大量に積まれたマネキンの隙間を、現場を荒らさない様に小型の懐中電灯で照らし乍ら奥の隅々迄捜す。
「ルミノール反応が出たのは?」
 残っていた鑑識に聞く。
「一番上です。見ますか?」
「ええ」
 と、鑑識の言葉に甘えて見せて貰う事にした。
「サダノブ、写真……」
 と、言うのでタブレットでサダノブは写真を撮る。
 黒影は考えている時は何時も周りが見えなくなるので、サダノブがサポートに入る。
「で?何で此処に遺体があると?」
 と、捜査員に聞く。
「床に血が点々と……ほら、此処の出入り口からです」
 と、答える。黒影は血痕の落下跡を見乍ら、犯人の動きを真似してみる。
 ……一歩、ニ歩、三歩と慎重に。


🔸次の↓season2-8 第ニ章へ↓

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読書感想文

お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。