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「黒影紳士」season2-5幕〜花鳥風月〜鳥の段〜 🎩第四章 画集

――第四章 画集――

――――……駐車場

「さて行くか。相手との連絡はもう付ているのか?」
 風柳が黒影に聞いた。
「ええ、予定通りに。今日、現地で待ち合わせています」
 風柳は其の言葉に頷いて、エンジンを掛けた。
「後ろにクッションがあるから使いなさい」
 風柳は発進の前に黒影に言う。
「有難う御座います」
 黒影は其のクッションを背中に当てがって、ホッとして背凭れに体を預けた。
「……確かにこりゃあ、乗り心地抜群、安心安全スマートですね」
 サダノブは風柳が意外にも細かい気遣いの出来る人なんだと知って言った。
「……だろう?」
 と、黒影は帽子を深々被り眠る様だ。……何時か、俺も安心して貰える様な人間に成りたいな……サダノブは、窓の外の流れる景色を見てそんな事を思った。
 暫くすると黒影がやたら寝返りをする。……何か様子が変だ。
「先輩……?痛むんですか?」
 サダノブは顔色を窺う(※がんしょくをうかがう)。前髪からぽとぽと汗が滴り落ちている。
「風柳さん!……黒影先輩、凄い汗掻いてる!」
 サダノブは慌てて、風柳に指示を仰いだ。
「やばいな……炎症反応かも知れん。化膿して無いと良いんだが……分かった、取り敢えず次のサービスエリアに寄ろう」
 そう言って、サービスエリアの看板を見付けて分岐のスロープに入って行く。降りるなり、
「白雪コートで隠し乍ら包帯を外してやれ。今、交番に寄って救急箱借りて来る」
 風柳は交番へ走る。
「如何やら医務室がある様だ。連れて行くぞ」
 そう言うなり、黒影の体をコートで見えない様にフワッと丸めると、軽々とお姫様抱っこで連れて行く。
「やっぱり風柳さんは凄いや……」
 サダノブは呟く。
「そりゃ刑事長いんだからあのくらいは当たり前よ。私達も行きましょう」
 と、白雪はサダノブに言った。
「……白雪さんは黒影先輩、心配じゃないんですか?」
 缶珈琲と自分の分のミルクティーを買って、其れをサダノブに持たせると、急ぐ訳でも無く後を歩いた。
「心配して欲しいなんて黒影は思ってないわよ。心配掛けると分かっていても行かなきゃならない時があるなら、サポートするしか私達に出来る事は無いわ。一度決めたら全然言う事を聞かないのよ、昔っから」
 と、少し呆れて話した。
「……そうなんですか……」
 サダノブはトコトコ白雪の後を付いて行く。
「白雪さん……」
「何よ……」
「また犯人が狙うかも知れない。そんな予感がする。何故黒影先輩なのかは未だ分かりませんが……」
「いーい、今日は私がいる。だから黒影は無様な姿を見せないし、風柳さんがそうはさせない。サダノブには黒影はあんな事を言っていたけれど、貴方……期待を重いと思っているならとんだお調子者よ。黒影が貴方に期待しているのは裏切りだって知りなさい。準えたレールを行く者なんて、此の探偵社には要らない。いるのは状況判断で動く冷静な決断力に従い走る者だけ。今の貴方に何が出来るかなんてとっくに分かってる。……読みなさい。黒影を裏切ってでも。でないと、私はアンタを認めない……」
 と、白雪は言う。
「未だ怒ってるんですね……」
 サダノブは聞くでも無く言った。
「別に……与えられた役目を全うしようとしないサダノブが気に入らないだけよ」
 と、足を止めて振り返り言う。

 ……分かってるよ。分かっているけど。何も聞こえないフリをしていたかった。ただ、俺は未だ甘えていたかったし、安心したかったんだ。前に誰かいる安心感が永遠だと思っていたかった。自分の腕がいつかあの人に引き千切られる気がしていたから。無い物強請りの僕等はきっと願ってしまうだろう。その力欲しさに何時か醜く争う真逆の存在に成り得ると。だから先輩は俺の手をあの時引き上げた。そうならない様に……。だから、只管俺は自分に言っていた。決して此の人の前に立ってはならぬと。
 其れが歪みの音を立てたのは、先輩が刺されたあの日……。守られたなら守らなくてはいけないと感じていたのに、あの時名前を呼ばれて一瞬躊躇ってしまったのは確かだ。闇に崩れ落ちた先輩の心を読めば、既に刺されていた事も、何を必要としているかも月明かりに引き摺り出さずとも分かった筈なんだ。でも、怖かったんだ。今なら、此の人の心を読み、操作したなら俺の願いは叶うだろう。そう思った自分自身が。
 然し、其れは優越感でも無く、絶望の初めに成る気がしていた。真実を追う此の男から逃亡するだけで、きっと息も絶え絶えに倒れるだろう。
 その迷いを既に分かっている黒影先輩が心を読むなと言った。先輩はもしかして……俺が裏切ると思っているのか?未だ何が答えなのか分からなかった。
「……俺、自分に出来る事、やってみます。」
 そう言って、取り繕いサダノブは苦笑いした。そんなサダノブを白雪は暫く見ていたが、
「なら、宜しい」
 と、にっこりと笑顔を見せ前を向いて歩き出す。

「傷は開いていませんが、あまり長距離移動はお勧め出来ませんね。念の為、痛み止めと化膿止めを処方します」
 そう、常駐の看護師が言った。
「横を向かせて車で傷に当たらない様に出来るだけして下さい」
 と、付け加えた。
「有難うございます」
 風柳は言った。
「すみません」
 黒影は申し訳なさそうに風柳に担がれ言う。
「出会った頃を思い出すな……」
 ふいに風柳がそんな事を言った。
「何時もお前は無茶して怪我ばかり。俺もお前に何度も助けて貰った。……だから気にする事は無い」
 懐かしそうに微笑んでそう言う。
「其れもそうでしたね……」
 黒影はクスッと笑うと、安心したのか目を閉じて眠る様だ。
 白雪はそんな黒影の手を握って歩く。
 ……助け助けられたなら、気にする事は無い……。其れが当たり前だから。……俺のいる場所なんて何処にも無い気がした。
「サダノブも、早くー!」
 そう思った時、白雪が丁度後行くサダノブに手を振って呼んだ。すると黒影を担ぐ風柳も振り向いて、
「サダノブ君、黒影を乗せるの手伝ってくれないか?」
 と、聞いた。
「……そんな容易い御用で良ければ」
 サダノブは小さく笑って小走りする。居場所は自分が決める物だと思っていた。でも幸運な事に、与えられる事もある。
「俺、先輩担ぎますよ。」
 黒影が其の言葉に思わず起きて言った。
「腕、取る気だろ、サダノブ!」
 と、警戒して言う。
「そんなんじゃ無いですよぉー」
 結局、安心出来ないと担がせては貰え無かったが、風柳と白雪は面白がって笑っていた。

 ――――――
 黒影の包帯を変えたりと治療もあり、休み休み車を走らせあの図書館へ着いたのは、柱時計を見ると午後の四時(16時)過ぎになってしまった。
「あら、今日はお客様が沢山……」
 そう言うなり、山中 櫻が慌てて奥の冷蔵庫にお茶を取りに行く様だった。
「今日は結構ですよ」
 黒影が慌てて言う。
「途中で、飲み物を買って来ましたから」
 と、風柳は缶珈琲を見せた。
「あら。じゃあ……お代わりに欲しくなったら気兼ねなく言って下さいね」
 と、山中 櫻はにっこりする。
 黒影は体を庇う姿勢は全く見せず、何時もの様にすらっと立っている。
「もっと早く来たかったのですが、こんな時間にすみません。此の間の推理ごっこの答えが解りましてねぇ。後、今日は車で来たのですよ。此方が車を出してくれた風柳と僕の妹の白雪です。如何しても来たいって言うので、大所帯になってしまってすみませんね」
 と、黒影は他の面子を紹介する。白雪は妹と言われ、ちょっと不機嫌そうだ。流石に其れには黒影も気付いていて、まあまあと言いたそうに白雪の頭を撫でて機嫌を取ろうとしている。
「今日も暇だったので構いませんよ。まぁ、可愛らしい妹さん。……推理ごっこは少ないより多い方が楽しいですものね。あれから私、如何なったか楽しみで楽しみで……」
 と、山中 櫻は言った。
「この間の紙、折角書いて貰ったのに、紫陽花の下に落として汚れてしまって……代わりにパソコンで書き直してきました」
 と、サダノブは鞄からあの「不気味」な現象が書かれた紙をパソコンに打ち直したものを机に置いた。
「折角だから、机を真ん中に集めましょうか」
 と、山中 櫻が提案したので、皆で見るには其れが良いだろうと小さな机と椅子をレクレーションをする様に真ん中に集めた。
「では、始めましょう」
 黒影が言うと山中 櫻はわくわくしている様だ。
 サダノブは山中 櫻の心の動きを注意深く観察する事にした。
「そんなに推理ごっこ、楽しみですか?」
 身を少し乗り出してまで興味深く見ている山中 櫻に黒影は聞いた。
「勿論、大の推理小説好きですから」
 と、山中 櫻は答える。
「では、推理の問題を作る方と、問題を解く方と何方がお好きで?」
 と、黒影は微笑んだまま聞く。
「何方も大好きですよ」
 と、山中 櫻は答えた。
 ……嘘だ。……サダノブは片目の瞼がピクリと動いてから、答えた事に気付いた。
「……俺は、問題作る方が楽しそうだなぁー」
 サダノブはそう言って反応を見ようとした。
「……それも今度やってみようかしら」
 瞳の瞳孔が微かに揺れて、さっきより若干の遅れの後、山中 櫻はそう言った。……動揺した。唇を噛むか、お茶を飲む……サダノブはそう読んだ。山中 櫻はお茶を一口飲む。さっき飲んだばかりなのに。……問題を作る方が好きだったのか……。サダノブは思った。
 さっきサダノブが山中 櫻にした質問に違和感を持った黒影がサダノブを睨む。如何やらサダノブが山中 櫻の心を読んでいるのがバレている様だ。
 山中 櫻はまた平常心に戻って何時もの様に楽しそうにニコニコしている。こういった表情から心を読むのは女性相手だと遣り辛い。女性は嘘を吐いても表情に表さない事があるからだ。さっきはふいな質問に思わず素が出た様だが、笑顔をキープされるとサダノブからすれば読み辛くなってしまう。然し、其れでもサダノブには違う読み方も出来るので気にはしなかった。言葉のニュアンスの中に特徴と違和感を見付ければ、ある程度知る事が出来るからだ。
 一方の黒影の思惑としては、山中 櫻に警戒されたくないと思っているらしい。勿論、サダノブを睨んだのも読むなと言う警告なのは分かる。詰まり山中 櫻は今のところ、犯人に一番近い人物なのだろう。サダノブは読む事を辞めはしないが、あまり口出しをしない様にしようと思った。
「一度、確認したいと思いましてね。……此の、「変な音がする」と言う記述と、此の「時計を見ると眠くなる」……後、此の「誰かがいた」は同一人物、詰まり高頭 弘さんの証言ではありませんか?」
 と、黒影が言うと、
「ええ、そうです。流石、探偵さんですね!そんな事まで解るんですか!」
 と、山中 櫻は驚いて答えた。
 ……大袈裟な驚きで詳細を答えるのを拒んだな。流石だなんて思っちゃあいない。自分の与えたヒントに答えられた、丁度良い対戦相手を見付けたとほくそ笑んでいるのがサダノブには分かる。
「ええ、大体は解りました。貴方が博迪 伸晃を事故に見せ掛け殺した理由も。答えは、殆ど貴方が示してくれた」
 黒影はいきなり犯人だと先に言った。サダノブが読んでいる事に気付いてあえて駆け引きの順番を変えたのだ。そうすれば、サダノブが犯人の心を読まなくなると思って。
 ……然し、サダノブは其れでも読みを辞めなかった。辞めたふりをしていた。
「えっ?だって櫻さんが犯人なら、何で色々教えてくれたんですか?」
 と、サダノブは驚いて、全く気持ちが分から無いとアピールする。黒影は多少、訝し気にサダノブを見たが、如何やらもう疑っていないらしい。
「犯人に成り得る者の条件は、高頭 弘さんが白内障を持っていると知っている人物……此れは櫻さんが前回お会いした時に話していましたね。そして、博迪 伸晃さんと付き合っていると知っていた人物、時計が故意に遅らされていると知った人物……此れに関しては、「変な音がする」「変な時間に時計の音がする」と、分けて書いた貴方なら知っていて突然の事です。そして、高頭 弘さんが睡眠薬を彼から飲まされていると、眠気がすると相談された貴方ならきっと調べて知っていたでしょう。……図書館の勤務が入れ替わりの割には親しかった様ですね。髪型も同じ……同じ美容室を紹介する程の親友であれば、高頭 弘さんの自虐的な恋愛を止めようとした筈です。……違いますか?」
 黒影は山中 櫻を犯人だと断定するに至った根拠を述べた。
「……親友なら死んで欲しくないと思うのは当たり前でしょう?弘ちゃんとは、家も近くてずっと同じ学校で仲良しでしたから。でも相手は弘ちゃんを殺そうとする様な男です。私は弘ちゃんが眠くて仕方無いと言い始めてから様子を時々窓の外から心配でこっそり見に来ていました。博迪 伸晃が何か弘ちゃんの飲み物に入れているのを見て、睡眠薬だとピンときました。何でそんな事をするのか博迪 伸晃の職場終わりに聞こうとしたら、同僚の人と話しているところを聞いてしまったんです。……今の仕事が楽なのに、もっと良いところを探せって五月蝿いんだ。だから女は金が掛かるって……弘ちゃんの事を本当に嫌な物でも見る様に言ってたんです。もう他の女にしたら?って同僚に言われると、博迪 伸晃はもういるよ。なのにしつこいから、早く居なくなってくれれば良いのにって、笑って話していたんです。だから、私は慌てて其れを弘ちゃんに言いました」
 と、其処迄説明した山中 櫻の言葉に、
「何それ、酷ーいっ!」
 と、思わず白雪は言った。
「……で、高頭 弘さんは何て?」
 黒影は話を続けるように聞いた。
「弘ちゃんは、彼から別れようって言われる迄は信じるって、頑なに譲りませんでした。睡眠薬の事を言っても、そんなの冗談でしょうと笑うだけで……。図書館に来てはあの時計の前に座り、あの椅子の丁度上にある受付用のダウンライトで、殆ど光で文字が飛んで見えない筈の時刻表を見ては、彼の事を想い彼が迎えに来るのを待っているんです。とても見ていられないと心配していました」
 其処迄山中 櫻が話した時だった。サダノブは山中 櫻がチラッと時計を見た事に気付く。……なんか、変だ。嘘は言っていないのに、他の事を考えている。集中力が途切れたのか?まさか、こんな大事な話をしている時に五時の閉館で仕事が終わると浮かれて気になる筈は無い。
……時計を見る目が悲しそうなのは、高頭 弘を思い出して、同情しているからか?嫌……違う。一度「不気味」とまで感じた時計をそんな憐れんで見る事はなかなか直ぐには出来ない筈だ。
「あの……こんな時にすみません。ちょっと喉が乾いてしまって……皆さんの分のピッチャーも持ってきますね」
 と、山中 櫻は言う。
「あっ、どうぞ。気が付きませんで」
 と、黒影が山中 櫻の耐熱ガラスの湯呑みが空になっている事に気付かなかった事に謝罪した。
 サダノブは注意深く山中 櫻の行動を見ていた。
「……先輩、此処の時計……本当に今日は妙なんですよ」
 サダノブは視線を山中 櫻から離さないまま、囁く様に黒影に言った。
 黒影は咄嗟にその意味に気付き、懐中時計を胸ポケットから取り出した。
 ……柱時計が遅れている。四時過ぎに到着したとあの時計を見て勘違いしていたのだ。現在の時刻は五時半を過ぎている。
「……五時半を過ぎてる。あの時計、遅れている」
 黒影は小さい声で、サダノブに返した。
 山中 櫻は自分の湯呑みに何時も持って来ているであろう水筒からお茶を入れ、冷蔵庫からは以前の様にピッチャーを出そうとした。其のピッチャーを何故か数秒見てから、冷蔵庫を閉めたのがサダノブには見えた。
「あっ!俺また珈琲が飲みたいなー。お茶、折角で申し訳ないんですけど、また後で良いですか?」
 と、サダノブが急に言った。
「えっ?」
 思わず、山中 櫻は戸惑った声を出した。
 ……やっぱり。サダノブは、ピッチャーに睡眠薬が入っていると確信した。
「……先輩も、珈琲飲みますよね?」
 と、黒影に聞く。黒影はサダノブが何を言いたいのか分かった様だ。
「……ああ、そうだな。白雪はミルクティーだろ?風柳さんは?」
 と、風柳に振る。風柳は此の急な流れに、刑事の勘がハッと何か浮かんだ様だ。捕まえる時には用心するのは当たり前だと。
「そうだな。さっき途中にあった自動販売機を見て来るよ。山中 櫻さんもお茶ばかりでは飽きるでしょう。何か欲しいのがあれば買って来ますよ」
 と、山中 櫻にも提案したが、
「あっ、私の事はお構い無く。私は此れで慣れているので」
 と、山中 櫻は断った。
 風柳は其れではと、図書館を出て飲み物を買いに行った様だ。
 山中 櫻は自分の湯呑みだけを持ち戻ってくる途中、窓の外を見る。
 黒影はやはり何かあると、静かに風柳を待つフリをして、帽子を深く被り足と腕を組んでリラックスして見せ、実は帽子の下から辺りを見渡し観察していた。
 ……睡眠薬入りのお茶……此れだけ人数が多いから犯人も仕止め難いって事か。やはり、僕だけ狙われている様だ。此処で全員殺しては流石に隠しようも無い。何故僕なのか……。前回もサダノブと僕ならば、あんな暗い中だったのだ。二人に深手を負わせる事も出来たのに、サダノブには一切手を掛けなかった。解決した事件の逆恨みだったら厄介だ。何とか、睡眠薬入りのお茶は回避したが、此の儘だと直ぐまた真っ暗になる。全員を巻き込む事になってしまうかも知れない。……如何する?
 ……あ……サダノブの奴、睡眠薬入りのお茶に気付いたって事は、未だ山中 櫻の心を読んでるな。……何か使えないか?

「サダノブ……何で僕だと思う?」
 帽子を上げ、黒影は突然そんな事を聞いた。
「えっ?」
 反応したのは山中 櫻だった。
「いえね、実は前回櫻さんが帰られた後、不審な人物が此処に侵入しましてね。直ぐに出て行ったから良かった物の、僕が懐中電灯を直ぐ着け無いから悪いんだとか、サダノブがしつこく言うものでね。本当にいくら取られる物が無いとは言え物騒な世の中ですから、櫻さんも此処の戸締まりには気を付けた方が良いですよ」
 と、言って黒影は軽く笑う。
 サダノブ……何で僕だと思う?の、言葉の意味にサダノブは気付いていた。心を読んで探れと言う事だ。白雪も其れに気付いて、お茶を断った理由が分かった。やはり、想定していた事態が再び起こる可能性が出て来たと言う事に。
「懐中電灯持っていたんですか?」
 山中 櫻は黒影に聞く。
「ええ、其れで助かりましたよ。此処の電気点かなくて。何時も皆さん五時過ぎに帰られるから、きっとお気付きにならなかったのでしょうね。直しておく事をお勧めしますよ」
と、黒影は答える。
 ……物騒な事よりも懐中電灯を気にしている?見られた事を気にしているな……サダノブはそう思った。
「そうですね。全然気付きませんでした。早く直して置く様に伝えておきます。」
 山中 櫻の言葉が変だ。そうですねと、肯定から入った上に妙に落ち着いている。知っていたんだ……電気が点かない事。でも、何故言葉数が減った?さっきまで事件への関与をあんなに認めて話していたのに、今はまるで捕まらないと言う自信さえ感じる。何時も通りの生活になって、また図書館勤務をする様な言い方だ。サダノブは逃げる気なのかと一瞬思った。さっき窓の外を見た……窓から?……其れとも僕らを押し退けて飛び出すと言うのか?嫌……逃げて何になる。もう犯人だと断定されたも同然。逃亡生活をする様なタイプには思えない。そうだ……此方のフィールドで操られて貰おうか……。
「……今日は誰か迎えにでも来るんですか?」
 サダノブは山中 櫻に聞いた。
「え?誰も来ませんよ」
 と、山中 櫻は答える。
「いや、迎えに来て貰った方が良いですよ。ついこの間不審者が出たばっかりなんだから」
 と、サダノブは心配するふりをして言う。
「いえ、慣れた道です。大丈夫ですよ」
 と、少し慌てて山中 櫻は答える。
「じゃあ、僕達の車で送りますよ。今日のところは」
 と、サダノブは今日のところはを強調して言った。
「今日のところは?」
 と、山中 櫻は聞き返す。
「そうだよ。だって櫻さん、自供したのにさっきから捕まる気が無いみたいだから。其れとも、此れから起きる事にそんなに自信があるんだ。黒影先輩はさぁー、優しいから櫻さんの意思を尊重してまだ捕まえていないだけだよ。本当は未だ、推理ごっこの続きなんでしょう?だからそんなに自信過剰でいられるんだ。黒影先輩はねー、もう気付いてるんだよ。連絡を取っていた相手も、もう捕まってる」
 と、サダノブははっぱを掛けた。
「其れはっ!さっきからのんびりしていたから、未だ捕まえないのかなぁーって。だって、捕まった事なんか無いんだから、何のくらい時間をおくかなんて分からないじゃない。別に自信過剰とかじゃ無いわ。其れに連絡だとかさっぱり分からない。其の人如何なったの?全部私、一人でやったのよ?何の事だか分からないわ」
 と、山中 櫻は少し憤慨して言う。
「私が全部一人でやりましたなんて、ドラマの見過ぎだよ。本当に知らなかったら、何其れ?って説明を求めるよね。知らない間に自分が起こしてしまった事に尾鰭はひれ付くのは気持ち悪いものだよ。でも、其の全く関係無い奴の説明は要らなくて結果だけ知りたいなんて変じゃないかなぁー。まるで誰か思い浮かべて言っているみたい。……そうか、仲間が来るけど、ちょくちょく連絡取れる相手では無いんだね。だから心配してるんだ。やっぱり、ちょっと自信過剰さ」
 と、サダノブは言って笑った。
「サダノブは直ぐ調子に乗る悪い癖があるものでね、失礼な物言いは謝罪する。……然し、お陰で大体分かった。此れから来る人物……其の人物が何故僕を狙うかも。そろそろ日が暮れるんじゃないか?櫻さんは此の壮大な結末迄作っていたんだね。然し、僕は君の描いた推理小説が大嫌いだ。君ならもっと素晴らしいシナリオが書けた筈なのに……。櫻さんの思う友情とは何だったのかな。憎しみ、嫉妬?僕には計り知れないが、其れは光と影で例えるならば、影の心が産んだ物ではないのかい?」
 黒影は、此れから起こる全てに気付いた時、そう山中 櫻に言う。
「……そう?私が貴方の存在を知った時、態々此の物語を書き換えたのに、大嫌いだなんて……とっても酷いわ。黒影と言う貴方の名に相応しい私の影をプレゼントして上げようと思ったのに……。ねぇ、何でそんなに普通なの?可怪しいじゃない。貴方は今頃、私のシナリオではあの真っ白で美しいオフィーリアの様に、貴方には相応しい漆黒の闇の中に死んでいる筈だったのよ。如何して美しく相応しい最後を用意して上げたのに、素直に死んでくれなかったのか、私には分からない。貴方だって、本当は思ったでしょう?此の儘死んでも悪く無いって」
 山中 櫻は尋常じゃなかった。まるで幻想的な夢を見る様に、目を輝かせ其の世界に酔いしれて話している。
「……そうだな。もし、何も無く影の中で絶えるなら其れでも良かったかも知れない。でも君は重大なシナリオミスをやらかしたじゃないか」
 黒影が其処迄言うと、其れは何かと山中 櫻は呆然と黒影からの答えを待った。
「……此の僕は、事件の真実を解かずして息絶える事は決して出来無い。ましてや事件が目の前に転がっていたら、意地でも死なない。例え死んでも追い続ける。亡霊が事件を解くなんてシナリオ、あってたまるか」
 と、酷評する。山中 櫻は其の言葉にそんな事すら忘れてしまった己に愕然とし、その場に崩れ落ちた。

🔸次の↓season2-5 第五章へ↓

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読書感想文

お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。