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「黒影紳士」season3-4幕〜秋、深まりて〜 🎩第三章 疑惑深まりて


――第三章 疑惑深まりて――

 黒影は帽子を真っ黒なスポーツカーの助手席の白雪に渡すと、慌てて鞄をトランクに入れ戻ってキーを回す。目は真っ直ぐ前を見据えてはいるが、珍しく黙っていた。
「今日は何も言わないのね?」
 普段、エンジン音を聞くと人が変わってしまう黒影だが、今日は変わった様子が見られない。
「これはお遊びじゃない。……俺はこれ以上この事件に逃げられる訳にはいかない、逃しはしないっ!」
 若干、口調と第一人称は相変わらず変わっているが、元から本気だったからあまり変わらなく見えたようだった。
 相変わらずの轟音とGの負荷で、サダノブはタブレットを落としそうになったが、最近はこれにも慣れて気にせず「たすかーる」周辺の監視カメラを一画面に全て表示した。
 ひっきりなしにギアチェンジしながら、
「サダノブ、犯人は確認出来たか?」
 と、黒影が聞いた。
「いました。」
 黒影はちらりとルームミラーを見て、
「そいつが裏切り者だ。……涼子さんが過去犯罪者データに奴を入れていた筈だ。検索を頼む。……出来たら、どう侵入したか教えてくれ。」
 と、サダノブに順序良く聞いている。大概一つずつにして下さいとサダノブに注意される黒影だが、どうも社用車に乗ると判断力が少し上がっているように白雪には見えた。
「黒影……悩んだら、社用車に乗るといいわ。」
 と、白雪が話掛ける。幾ら性格が変わると言っても白雪の言葉には耳を貸すのは何時も通りで、
「何でだ?」
 と、不思議そうに聞いた。
「判断力。」
 と、白雪はそれだけ黒影に伝える。
「成る程。猛スピードの中では判断力も冴えるからな。流石、俺の女だ、言う事が違う。」
 そう言って黒影はニヤッと笑うと直線に空きを見付けるとスピードを加速した。
「おっ、俺の女って言った?」
 白雪は慌てて、帽子と本を落としそうになる。
 やはり性格が変わってしまっているようだ。事件の事だけ本気だと変わらないらしい。
「間違いでは無いんですけどねぇ……。」
 と、サダノブは苦笑いをしながら、
「顔……違いますよ。でも背格好の特徴が一致する。……整形です。」
 と、サダノブが報告すると、黒影はフッと笑い、
「不細工が不細工にしたところで変わりはしないのにな。」
 と、犯人に嫌味を言った。
「整形かぁー、厄介だなぁ。」
 風柳が言うのが正しい感想で、何時もの黒影なら同じ事を呟いたに違いない。
 黒影はザザーッと、駐車場に入るなり車体を半回転させる勢いでブレーキを踏むと、ドアを開けトランクを開け帽子を白雪から受け取ると、鞄を取り出し颯爽と「たすかーる」へ、歩き出す。
「おいっ、待て!お前のコートと帽子の監視カメラ無効装置があると精密機器が壊れる!……それに今回はお前も涼子さんの関係者に上がってるぞ!」
 と、黒影に風柳は忠告する。
「風柳さん……僕が何時、警察と組むと言いました?今回は依頼を受けていない。別件で動いています。これは探偵の仕事です。ビジネスパートナーを失う訳にはいかない。」
 と、珍しく低い声で風柳に言った。
 兄弟喧嘩でも始まるのかと、サダノブはわたわたしている。
「これは元はと言えばこっち(警察)の仕事だろう!今回はお前は誰からも依頼を受けていない。違うかっ?」
 と、風柳はきちんと話を通してからにしろと言う。
「依頼なら、受けている!涼子さんが投降した日、報酬はビジネスパートナーになる事だっ。関係者だから何だ。……じゃあ!何で鷹代 萄益殺害事件を継続しないっ!これは明らかな二次被害だ。涼子さんを追うのには必死で、何故事件の根本を知ろうともしない!

 ……僕は疲れたんだ。……あの日と同じだ……。」
 黒影は殺人事件の継続捜査が行われなかった事に剥き出しの怒りを見せたが、何故か苦しそうにゆっくりと歩みを変え、捜索が行われている「たすかーる」へ、ふらふらと向かうのであった。
「気にする事無いっすよ。……先輩だって、風柳さんが警察の全てなんて思っていないですから。きっと誰かに八つ当たりしたくて、甘えてるんすよ。」
 と、茫然と立ち尽くす風柳にサダノブが、流石に落ち込んだだろうと、そんな言葉を掛けた。
「……違う。それじゃない。……今、聞いたか?黒影が疲れたって。仕事で疲れても、あんな顔をして言わないのに。……あの日も同じだったと言ったな?」
 風柳はふとした「疲れたんだ」と言った黒影の言葉を気にして、サダノブに確認する。
「ええ、確かに言ってましたよ。」
 と、サダノブが答えた。
「サダノブ……頼みがある。黒影の思考を読んでいてくれないか。」
 と、風柳が言い出すではないか。
「え?でも、そんな事して気付かれたら怒られますよー。」
 と、サダノブは断ろとしたのだが、
「だから頼んでいるのだよ。過労も少しあるが、黒影はきっと追われる事にも、事件が一向に減らない事にも、疲れているんだ。涼子さんと出会う前も、たまに疲れ切った顔で彷徨うみたいに歩いていた。怒ってなんかいない。兄の俺にでも、怒れば容赦なく殺気ごとぶつけてくるようなヤツだ。……違うんだよ、嘆いているんだ。……この世界を。
 気付いたところで、俺は何もしてやれなかった。ただ、事件現場にいて守ってやればそれで良かったと思い込んでいたのかもな。」
 と、風柳がフッと悲しそうに微笑むので、考えを改めた。
「先輩……我儘だから、守られて満足するようなタチじゃないですからね。また癇癪起こされる前に、さっさと確認して休んでもらいますかっ。……その代わり、帰りは風柳さんの運転で。その方が過労に暴れられるより、安心、快適ですからねっ。」
 と、サダノブは笑った。
「ほらぁー、早くしないと黒影、現場入りしちゃうわよー。」
 と、白雪が黒影の後ろでフワフワのパニエの入ったスカートをひらひらさせながら、風柳とサダノブに手を振ってジャンプしている。
「やっぱ、癒されますねぇー。」
 と、その姿を見て現場入りを忘れる程の愛らしい花を見て微笑んだ。
「我が、弟ながら……完璧なロリコンだよ。」
 と、風柳は苦笑いするも、何となく黒影が白雪を選ぶ事は分かっていた気がする。
 毎日が悪夢と殺害現場の間を行ったり来たり……走る時は犯人を追う時ばかり。
 ……優しくて愛らしい……そう言って、気が付けば笑顔で白雪を眺めていた。
 現場や署に顔を出せば、周囲は明るく何故か癒されると皆が言う。まるで白雪姫みたい……真っ白なロリータ服に血の一滴だってない、我々には程遠い者に思え、やがて「白雪」と呼ばれる様になっていた。
 黒い影を背負って生き、時には恐れられていた「黒影」とは真逆だ。
 白雪はずっと追いかけていたと勘違いしていたけれど、とっくにずっと昔から黒影は言葉に出さなかっただけで、振り向いていたのに。
 二人の追いかけっこが楽しくて、いつしか署の皆が笑顔になっていた。黒影は「真実」を追う為にしか動かない。それを周囲が認めていたのに……。
 今更、脅威に変わる必要なんてないんだよ……黒影。

 ――――――――――――――――
「僕は別件を追っている。」
 黒影の声が聞こえた。
「でも、関係者は入れるなと!」
 警官とやはり出入り口で揉めている。
「この僕が事件に知人だろうが、他人だろうが贔屓しない事ぐらい分かるだろっ!話の分かる奴を出せ。急いでいるんだ!さもないと突破するからなっ!」
 と、一悶着始まったようだ。
「しかし、こっちも任務ですから。」
 と、警官は相手が黒影と知り、明らかに怖がっている。
「勲!辞めないか!ここは俺が何とかするところだろ!」
 と、風柳は咄嗟に黒影を止める。
「はあ?現場の外に遊びに来たとでも?冗談じゃない!幾ら兄さんでも止めたら許しませんよ!」
 と、黒影は風柳を睨む。
「ほら、喧嘩はダメよー。」
 と、二人の間に白雪は割り込んでいるが、どちらも引かなかったから小さい白雪は挟まっている。
「先輩!いい加減にして下さいよっ!白雪さんが呼吸困難になりますよ!」
 と、サダノブが言った瞬間に、黒影は我に戻りサッと一歩引く。
「……すまない。大人気なかった。」
 黒影は白雪を少し屈んで見詰めると、両の頬を取り謝った。
「はぁー、羨ましい……。」
 中で調査していた一人が黒影と白雪を見て思わず言った。
「あー!リア充めぇー!」
 と、言いながらもう一人もガサ入れの手を止めず、苛々しながら天井を見て叫んでいる。
「えっ……まさか。」
 黒影はガサ入れの面々を見て驚いた。
 皆、見覚えがある。予知夢の絵を提供して謝礼を貰って暮らしていた時からの、見知った顔が並んでいる。
「お久しぶりです!……どうして皆さんこんな揃いも揃って……。」
 黒影は嬉しさに感激していた。
「結婚したんだって聞いたわよー。何よ、先に幸せになっちゃって。どうせ調べに来ると思ってこの面子で待ってたの。……あら、白雪ちゃんもこんな大きくなって……。もう、白雪さんって呼ばないとね。」
 と、何回かお世話になっていた受付の女警官は白雪に祝福のハグをして頭を撫でる。
 白雪も懐かしいのか、嬉しそうだ。
「ほら……さっさと入れよ黒影。精密機器は置いてないぞ。」
 と、もう一人の捜査官も言う。名前こそ若くてうろ覚えだが、顔はしっかり覚えている。
「では、遠慮なく。」
 と、黒影と白雪は仲良く手を取り現場入りした。まるで昔と何一つ変わらない安心感の中。
「……で、黒影の見立てはどうだ?涼子は「黒影の旦那が迎えにくるまで話す気はない」と言って、相変わらずふざけているよ。」
 と、言う。
「そうか、それなら良かった。涼子さんじゃないのだから。暫くお遊びに付き合ってやるといい。」
 と、黒影はにっこりして言った。
「マジかー!嘘だろう?……じゃあこのガサ入れ、無意味かー?」
 と、一人は背伸びをしながら嘆く。
「いいえ、今従業員の穂さんが来ます。探すものは盗まれたものです。特に設計図。過去の商品化したものならロットナンバーで此方でも調べられます。犯人はそれを奪い、涼子さんに罪を被せようとしています。
 無実ですから、このままだととんでもない事になる。犯人は防犯カメラに姿を抑えましたが、整形している可能性があります。サダノブ、映像を出してくれ。」
 と、黒影はサダノブに頼んだ。
「はーい!」
 人数が多いので小型プロジェクターを付けて壁に映写する。犯人は涼子が店の奥から品を探している間に、拳銃を持ち設計図らしき大きな紙を持ち去ったのが確認出来た。
「あ……本当だ。なんだって、涼子は追いかけないんだ。あの「昼顔の涼子」のすばしっこさだったら追跡出来た筈だ。」
 一人の捜査官が黒影に聞いた。
「……でしょうね。たかが拳銃一本だし、逃げるも、ここの防犯セキュリティグッズで何とか出来たでしょう。……しかし、犯人は声を出したんです。
 犯人は注文する際に紙を手渡しています。この時点では、そういう客もいるので気にしていない。
 けれど、拳銃を向けた時話しています。
 サダノブ、犯人の口元を拡大してくれ。」
 黒影が言ったので、サダノブはその様にする。
「読唇術で見ると……また会ったな。と、言っています。サダノブ、皆さんに分かる様に、もっとスローで頼む。」
 次はもっとスローで再生された。
「本当だっ!言ってるよ!しっかし大したカメラだなあ、これは。」
 と、一人は感心している。
「でしょう?……だから、ビジネスパートナーになったんですよ。」
 と、黒影は嬉しそうに笑う。
「じゃあ、以前に会っているんだな?」
 と確認され、黒影は、
「ええ。涼子さんの亡くなった旦那さん、鷹代 萄益を殺した犯人ですから。鷹代 萄益さんは優れた探偵故に狙われる事もあり、独自のセキュリティ開発もしていた。その時、盗まれたのも今回と同じこの大きな紙、恐らく設計図。一人、可愛がっていた弟子がいたようです。……金欲しさにその弟子は鷹代 萄益さんを殺害し高値で裏社会に設計図を売った。
 それから雲隠れして資金が切れたのか、今度は涼子さんの設計図を狙って来たのです。
 犯人は気付いたのでしょうね。売って盗めばまた金になる。どうせ盗むなら、邪魔な涼子さんの手口にして罪を被せればいい……とね。
 犯人ならわざと取らせて時間稼ぎをすれば、動く時に捕まえられる。……もう、「昼顔の涼子」では無いんです。セキュリティ防犯グッズ店の開発兼店主なのですよ。」
 と、黒影は涼子が無実である事も証明し、犯人がした事も話した。
 同じ現場でいつも一緒に事件を追い掛けた仲間がいたのだから、気兼ねなく話せる。
 彼らは黒影を信じていると分かっているからだ。
「黒影、良かったな。……あっ、穂さんだぞ!」
 と風柳が黒影に話掛けた時、穂さんのバイクの音がして到着した。
「黒影さん!涼子さんはっ?!」
 と、息を切らして聞いてくる。
「……元気いっぱいみたいですよ。……それより、どうぞ入って。涼子さんの設計図に暗号のロック解除か、その設計図……他の設計図もですが、無くなったものを教えて下さい。」
 穂はガサ入れでぐしゃぐしゃになっているので戸惑いながらも辺りを見渡した。黒影はそれを見て、
「さっき映像にあった大きめの紙を持ってる人ー!後、よくわからなくても良いのでソフトがあれば集合して下さーい。」
 と、黒影は昔の様に笑顔で言った。

「あっ、あった!」
「ここにもあるぞ!」
 と、次々に手が上がり、黒影の元に集められた。
「これで全部か、確認して下さい。」
 と、黒影は穂に頼むとにっこりした。
「サダノブ、タブレットを貸してくれ。確か昔のロットは全商品網羅しているから、こちらでも確認できる。穂さん、手分けしましょう。」
 と、黒影は提案する。
「はいっ!分かりました。」
 と、穂は涼子が心配なのか、勢いよく言うと設計図のナンバーを並べて確認を始めた。

「ねえ?犯人キッチン入ってないんでしょう?お茶いれて良い?」
 と、白雪は黒影に聞いた。
「あー……それは風柳さんに聞いてくれるか?僕はあれば珈琲がいいな。」
 と、黒影は答える。
「……ガサ入れもあまり意味が無かったようだ。せめて一杯もらっておくか。」
 と、風柳も久々の仲間達の集合に、微笑んで聞いた。
「俺、飲みたい!」
「白雪ちゃんのお茶は美味いからなぁー。」
「俺も珈琲!」
「私も手伝うわよ!」
 と、その場が和やかになってわいわいし出す。
「……何だか、現場じゃないみたいだ……。」
 黒影はクスクス笑いながら番号を確認している。
「皆、祝いたいんだよ。お前達二人の事。」
 と、風柳が言ったので、黒影はふと顔を上げて全員の笑顔に微笑んだ。
 ……この世界も、案外悪くない……

 ――――――――――――――――――――
「あった!やはりこれかっ!」
 黒影が見つけたのはロック解除用のソフトと機器の2種。
「もし、窃盗が出来なくても確実に金をせしめる手を考えていたのか。」
 黒影は和む空気の中、立ち上がり言った。
「和んでいる中、すみません。
 自分のパスワードを忘れた時用……という名目のロック解除を高速でするソフトとパソコンの外部等から高速ロック解除が出来る非売品がありません。勿論、販売はしていないので灰色ですが。それを犯人が持って行き、カード会社のパスワード情報を盗んだと思われます。
 穂さん……そっちはどうですか?」
 最後に穂にも設計図を見てもらった結果を話してもらおうと、黒影は聞いた。
「ない……ないんです。今、黒影さんが言ったものの設計図も一番新しい監視カメラ、小型カメラ搭載の盗聴器、黒影さんの帽子とコートの機器無効化からも壊れない、黒影さんと涼子さんで作製した、機密情報の入った高度監視カメラの設計図がっ!」
 と、穂は言った。
「何だって?!最後のは確かか?そんなもの出回ったら僕は街さえ歩けなくなるよ。」
 と、流石にそれには黒影はしまったと思った。
「きっ、きっと大口の裏取引きの目玉商品になる!オークションで叩き売るつもりだ。その現場を押さえればなんとかなる!」
 と、一人が黒影を思って言ってくれる。
 昔の帽子とコートは唯のトレードマークだったが、今は狙われない為に姿を消す、大事な道具だ。

 ……先輩、流石に動揺している。折角和んだのにまた絶望感を感じている……
 サダノブはあまりに揺れ動く黒影の思考に不安定さを感じていた。

「オークション現場を押さえるしか、僕に安心は二度と来ないようだ。探偵社の方でも調べておきます。後はもう涼子さんは解放していただいても構いませんよね?場所を突き止めるにはやはり力を借りたい。……それに皆さんの力も……。」
 と、黒影が言うと、
「あったり前じゃないかっ!俺は白雪ちゃんの大ファンだったけど、白雪ちゃんが泣くぐらいなら一肌脱ぐせ!」
「探偵と警察、どっちが先にみつけるか勝負だなっ!」
「可愛い二人の為なら、意地でも探すさっ!」
 と、皆が次々に協力してくれると言う。
 ……何の契約もしていないのに……
「有難う。とても嬉しいよ。」
 黒影は涙を堪えながら、微笑んだ。
「よし!どっちが勝っても負けても文句無し!競争だっ!」
 そう言うなり、黒影が飛び出そうとして、ぱたりと止まると振り返った。
「後で犯人の整形前後の書類を共有する!最高の一日であった。健闘を祈る!」
 そう言って黒影は現場を後にする。
 沢山のおめでとうと、幸せになれよと言う祝福の言葉を背に受けて。
 ――――――――――――――
「変わらない奴らもいるだろう?」
 風柳は黒影の背に手を当てると、そう言って微笑んだ。
「ええ、すっかりそんな事も忘れていたなんて。」
 と、黒影は言う。
「また忘れても思い出しゃいいさ。それより、帰ったら早めに休みなさい。まだ疲れも残っている筈だ。
 皆もやる気だ。安心しろ。」
 風柳は黒影の体調を気にした。
「そうよ、今日こそはゆっくり寝てもらうんだからっ!」
 と、白雪は黒影の鼻先を軽く触って注意する。
「はいはい。分かりました。」
 と、黒影は朗らかに笑って観念したようだ。

 ……本当は帽子とコートの監視カメラ無効装置が使えなくなったら、今の幸せが壊れてしまうって不安な癖に。
 白雪さんが自分のせいで危険になってしまうと焦っている癖に。
 無理して笑わなくてもいいのに……。
 結局、誰もあてになんかしていない。本当は自分一人で見つけて乗り込むつもりだ。
 こんな時、先輩があてにしているのは涼子さんだけ。
 それだけ信頼している。

 サダノブはまだ黒影の思考を読んでいた。
 突然、一人で走り出して突拍子も無い危険に身を置きそうな気がしてならない。……そりゃあ、死に物狂いでおかしくなるよ。
 それ以上は頼まれてもいないが、明日起きたら少しだけ思考を読もうと思った。休んだら少し気も晴れるんじゃないかと思って……。
 ――――――――――――――

「涼子さん……全く、大人しくしているなんて貴方らしくない……。」
 黒影は微笑みながら翌日、涼子の元を訪れそう言った。
「どうせ裏切り者の海堂 幹也(かいどう みきや)が動いている間は、ここ(警察)にいた方が身の潔白を証明できるさね。それより熱はもう大丈夫なのかい?」
 と、涼子が言うものだから、
「ええ、お陰様で。こんな時だって言うのに……全く、貴方って人は……。」
 ……優し過ぎますよ。
 黒影は何時もと変わらない笑顔で答えた。
 壁に寄りかかったままの涼子は何処か上の空で、まるでこの事件に興味が無いかの様に小さな窓から少しだけ溢れる光をぼんやり見上げている。
 ……まるで、この事件が終わってしまうのを惜しむかの様に。
 黒影は深々帽子を被り直すと、鉄格子を背に滑るようにだらんと膝に肘を付け、手を垂らす様に座り込む。
「……暇潰しにでも来たのかい?……それともあの黒影の旦那の姿を捉えてしまう監視カメラの設計図まで渡した文句でもわざわざ言いにきたのかい?」
 と、涼子はこんな所に寄っている暇なんか無い、とでも言いたそうに聞いた。
「……わざと渡したのでしょう?そんな事で怒りませんよ。涼子さんの事だから、今度こそ僕が海堂 幹也を本気で捕まえさせようと、焚き付けた事ぐらい分かっています。実際、あれが出回ったら僕は困りますからね。
 ……何方にせよ、僕は元から本気で向かうつもりでしたよ。……本気になれなかったのは僕では無い。……涼子さん、貴方だ。」
 黒影は座ったままズルズルと涼子の方へ向く。
「……真実は時として残酷。だが、けして変わらないものなのです。過去も。……僕が変えられるのは未来だけだ。此れが終わったら、長い追いかけっこも終わり。
 ……急にそこに悲しみや痛みが巣食うかも知れない。そう、思っているのでしょうね。
 けれど、今の貴方には支え、支えられるものが出来たじゃないですか。あの日とは、違います。
 ……手続きはとっくに終わりましたよ。いざと言う時の証人は付けさせて貰いますけど。
 ……今夜も秋晴れで月が綺麗に見えそうですよ。そろそろ月見で一杯したい頃じゃありませんか?
 ……待っていますよ。」
 と、ゆっくり黒影は話す。
涼子は黒影の赤い瞳に視線を移す。
「やっぱり……いつ見ても良い目だねぇ。」
 と、クスッと笑った。黒影は微笑むと立ち上がり、振り向く事なく、その場を後にした。

 ――――――――――

 ……ハッ、ハックシュン!と黒影は大きなくしゃみをし、その日の夜、あの煉瓦の広い歩道の川縁に立っていた。
「おい、黒影……大丈夫か?」
 と、風柳が冷え込んできた夜風で、また熱が上がるのではないかと心配して聞いた。
「ええ、大丈夫です。……きっと来ます。」
 と、黒影は自分の事は考えてもいない様子で、てっきり涼子の心配をしているのだと思い、そう答えた。
「そうじゃない、お前の事だよ。」
 と、風柳は言う。
「はい?何か変ですか?」
 と、やはり黒影は事件の事以外は何も考えていないようなので、
「今、くしゃみしていたぞ。……熱をぶり返したら大変だって言いたかったんだよ。」
 と、呆れて風柳が教えると黒影は、
「えっ?僕、くしゃみなんてしてました?」
 と、言うので風柳は笑ってしまう。
「……あっ、やっと来た……」
 と、直後に涼子に大きく手を広げて、にっこり笑った。
 涼子の迎えに待機させた、サダノブと白雪、穂も一緒だ。
「何だい、揃いも揃って……宴会でも始める気かい?穂は泣いて離れやしないし、道中お姫様には睨みきかされるし、犬はキャンキャン五月蝿いわ、とんだ出迎えよこして。」
 と、涼子は黒影に言いながら呆れながらも笑う。
「違いますよ。盛大に犯人をとっ捕まえる為の準備をするんです。」
 と、黒影は楽しそうに無邪気に笑うのだ。
「わあ……!今日のお月様、大きいっ!」
 と、白雪がパタパタと月の良く見える方へ行き、目を輝かせて見上げている。
 涼子が白雪の隣にゆっくり歩いて月を見上げた。
「ほんとだねぇ。」
 そう言って、食い入る様に見上げている。
「サダノブさん、狼男にはならないんですか?」
 と、穂はふざけてサダノブに聞く。
「なるわけないじゃないですか!犬ですよ、犬!」
 と、サダノブはあたふたしながら答えるものだから、黒影は腹を抱えて笑っていた。

 ……今は違う。守る者も気付いたら増えてしまったけれど、それだけ守ってくれる者が増えた証なのだから。
 風柳がいつか、
 ……「人生の荷は軽い方が良い。」
 と言ったが、人生の荷は重くても良いのかも知れない。
 それは大変な分、生きる楽しみを何度忘れても、思い出させてくれるから。
 黒影は穏やかな笑みを浮かべ、月を眺めるのであった。

 ――――――――――
 それから「たすかーる」に移動した黒影はガサ入れの片付けを終え、ある画面に釘付けになっていた。
 サダノブと穂は現在、二人で各々のバイクに乗り、連絡を待っている。
「全く……その綺麗な目は、何でもお見通しなんだねえ。うちの商品もそこまでフル活用して貰えて嬉しいだろうけどさ。」
 と、涼子は黒影の監視カメラ映像を、何台も一斉に目で追う姿に唖然としていた。黒影が見ているのは風柳邸兼夢探偵社付近の、「夢探偵社」に何かあった時にと、「たすかーる」側で確認出来る映像だ。勿論「たすかーる」前の監視カメラ映像は「夢探偵社」からも確認できるので、両社の安全の為で了承の上、付けている。
「視力は良いんですよ。スロットも下から見れば全部絵柄見えますから。」
 と、黒影はけろっとそんな事を言う。
「じゃあ、働かなくても食べていけるじゃないか。」
 と、風柳は聞く。
「あっ……でも駄目なんですよ。止め方がイマイチタイミング悪くて。もう少しで分かりそうだったんですがね、どうもあそこは五月蝿くて敵わない。」
 と、言いながらも、瞳だけカタカタ小刻みに震わせ、凝視して、どうやら端から端までを流れる様に観ている様だ。
「敵わないくて良いんだ、そんな所はっ。」
 と、風柳が注意する。
「それにしても、何があるんだい?」
 作戦を全く聞かされていなかった涼子は当然聞いた。
「設計図……らしき偽物を、堂々と此処から回収し、皆で散々騒ぎながら楽しく散歩して「夢探偵社」に持って行ったのですよ。
 しかも、僕のあの帽子とコートの設計図も偽物を用意しました。此れが本物なら、監視カメラを透明人間になって通れるんですからね。悪用し放題ですよ。
 他の輩も引っ掛かるかも知れませんが、ここの設計図の大きさや形を知っている海堂 幹也が最初に嗅ぎつける可能性が高い。」
 と、黒影は答える。涼子も監視カメラ映像を覗き込むと、
「そりや……また。黒影の旦那の帽子とコートが幾らに化けるか見てみたいもんだねぇ。」
 と、涼子も腕を組んで楽しそうにニコッと笑う。
 ……この二人が笑う時って大概、ろくな事にならないのよね……
 そう思いながら、白雪は風柳とのんびりお茶と茶菓子を頂いていた。

🔸次の↓season3-4幕 第四章へ↓(此処からお急ぎ引っ越しの為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)

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読書感想文

お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。