見出し画像

「夜の案内者」第二章 - 二人の王子14

 ネズミは片手でアサの肩を押し、車に乗りこもうとする。
「待って、最後に一言だけ、エレナに伝えてくる!」
 アサはネズミの手を交わして聖堂内に駆け戻る。ネズミは車の扉を閉めて後を追う。今、医療棟に戻れば薬品庫にいる兵士たちに見つかってしまうのでは。聖堂の扉を開けると、すでにアサは中央通路を駆け抜けて、祭壇の近くにいる。ネズミも後を追う。祭壇横の扉を抜け、外通路へ。医療棟に飛び込んで手術室の扉を開ける。エレナとサラ、医師と二人の衛兵に王妃の護衛がいた。
「エレナ、さっきね、ガウルに会ったよ。すまなかったって、ありがとうって。強くなったねって言ってた。それから・・・」
二人の衛兵がアサに向かってきて、彼女の細い腕を両側から掴んだ。
「愛してるって!」
 エレナが顔を両手で押さえるのを見てから、アサは「じゃあね」と言い残して手術室を出る。衛兵に両腕をつかまれながら歩き、医療棟を出たところで追ってきたネズミと会う。
 ネズミは通路の中央で道をふさぐと、コートのポケットから素早く黒い紙を出す。
「ここにある黒い紙、なんだか分かりますね?こちらをあなたに差し上げます。お互いを監視しながら、すぐに王宮に届けてれば、大きな手柄となるでしょう」
「二人それぞれにくれるのか?二枚以上あるようだが」
「あ、あれっ」
 ネズミが持っている一枚のほか、コートのポケットから黒い紙が五、六枚こぼれて地面に落ちている。アサは無言のまま、両手で顔を覆った。
「これ、ニセモノじゃないのか」
 衛兵は拾いながら、紙を見比べる。
「少なくとも一枚は本物ですよ」
「一枚だけか、見分けがつかないな。王に報告する、一緒に王宮に来てもらう」
「分かりました、では私が一緒に参ります」
「その女もだ」
「『案内者』は私ですよ」
 衛兵二人がネズミを見る。
「お前が?『黒』はこの女が持ってたと聞いたが」
「彼女に盗まれたんです。でも戻ってきてよかった。二度とそんなことがないようにニセモノを用意していたのですが」
 ネズミはアサに近づき、肩にかけていた小袋を開けて、黒い紙をすべて取り出して通路に撒いた。
「ほら、もうこんなに盗んでいる。気をつけないとあなた方もやられますよ」
 衛兵たちは二人が逃げ出さないか目を配りながら、散らばった黒い紙を集める。ネズミはアサの小袋を閉め直し、彼女の額を指で軽く叩いてから背中を押す。
「バックパックのポケットにあなたの好きなチョコレートを入れてますから、それを持って行ってしまいなさい。二度とこんなことはしてはいけませんよ」
「全部拾い集めて、王に報告に行く。逃げるなよ」
「逃げませんよ」
 ネズミにさらに背を押され、アサは走り出す。衛兵の一人が追いかけようとするが、ネズミが身体で道をふさぐ。
「盗人などどうでもいいでしょう。私はもう彼女には関わりたくないのです、ひどい目に遭いましたから」
「黒がなければ、どちらにせよ外には出られん。お前が『案内者』なら紙と一緒に王に差し出せばいい」
 衛兵の一人は散らばった黒紙をかき集め、もう一人はネズミの腕を掴んだ。
聖堂を通り抜けて外に出たアサは、荷物の積まれた車に乗り込んだ。バックパックのポケットを開けると、本物の黒の乗車券と、ほかにネズミが持っていた赤の乗車券が入っていた。これがあれば、町の外には出られる。空を覆う鐘の音は、十二回目。今、町を出れば間に合いそうだ。
「町の入口へ、急いで」
 アサは町の入り口にある三角門で車を降りると、車に「急いで大聖堂の入り口まで戻り、扉を開けて待機。ネズミが乗った時だけ出発するように」と指示して、大聖堂の前に戻した。
バックパックを背負い直して砂の丘を登り、列車へと向かう。列車の前の階段の横で車掌が待っていた。アサは黒い乗車券を見せる。
「すぐに出発しますので、中でお待ちください」
「もう一人来るはずだから、もうちょっと待てる?」
 アサは荷物を列車の入り口に乗せ、赤い乗車券を車掌に見せる。
「乗車券はあるからね」
「出発の時間が迫っておりますので、中でお待ちください」
 車掌は先に列車の中に入り、隣の車両に消える。アサは列車の入り口に半身を乗り出すようにして、砂の先にある赤壁を見る。三角形の門から都市の街道が見えるが、ネズミの姿はない。
「出発いたします、扉を塞がずに車内でお待ちください」
 少しして車掌が車両に戻ってきて、アサに声をかける。
「待って、もう少し」
 ネズミの姿はまだ見えない。
「・・・もしも、出発時間を伸ばしたいのであれば、それも可能ですが」
「えっ、なにそれ。なら早く言ってよ」
 車掌はアサの持っている赤い乗車券を指さす。
「その場合、この『赤』の乗車券が一枚必要です」
「それお願いしたとして、二人とも乗れる?」
「いいえ、乗車券を持たない方は、この列車には誰一人乗ることはできません」
「ならいらない、もうちょっと待ってて、すぐ来るから」
 アサは扉の横に縦に取り付けられた金属の棒を持って背伸びをする。ネズミの姿はまだ見えない。車掌と目を合わせずに片足で数回地面を叩く。
「来た!」
 赤壁の三角門に青い車が急停車する。ネズミの黒いコート姿が見え、アサは列車から大きく手を振る。
「もう、早くっ」
 アサは叫びながら力いっぱい左を振る。
===
小説投稿サイト「エブリスタ」で連載中の「夜の案内者」の転載投稿です。
物語のつづきはエブリスタで先に見られます。

▼夜の案内者(エブリスタ)
https://estar.jp/novels/25491597/viewer?page=1


ここまで読んでくださってありがとうございます! スキしたりフォローしたり、シェアしてくれることが、とてもとても励みになっています!