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「自分の価値を下げてたのは自分自身だったって気づいちゃったの」の話

「自分が思っているより、自分には価値がなかったんだって気づいちゃったのよね」
 オーストラリアのバスの中で聞こえてきた日本語に、私は思わず顔を上げる。乗り込んできたのは二人組の女性だ。小麦色に焼けた肌を露わにした女性たちは、私の前の席に座って話を続ける。
「私、高校生の時けっこうモテたしさ、頭も悪くないし、人生勝ち組だろうなーなんて思っちゃってたんだよね」
「確かにハルカって、他校の生徒から告白されることとかもあったもんね」
「あれが全盛期だったわ、まじで」
 私は車内で小説を読むふりをして、なんとなく二人の会話に耳を傾ける。
「若かったしさ、自分にはなんでもできるような気がして、強気になってた。でもさ、学校でできることって社会では全然通用しないんだよね。私は決まった答えを出すのは得意だったけど、答えのないところからより良い正解をつくるみたいなことは全然できなかった」
「そんなの、みんなそうだよー。最初にどんな人が周りにいたかによってくるんじゃない? ハルカはよく頑張ったと思うよ」
「ありがと。でも会社だと、頑張るなんて当たり前なんだよね。もっと結果出さないといけないし」
「ハルカっ」
 ハルカの友達らしき女性が少し大きな声を出すと、ハルカは急に涙をこぼし始めた。
「今はオーストラリアにいるんだから、いったん休みなよ。身体壊すまで頑張っちゃったんだから」
「うん、ごめん…」
「いいよ」
「私、こんなに自分ができない人間だって思ってなかった。もっといろんなことができて、ちゃんと価値がある人間だって思ってた」
「ハルカは今だってちゃんと価値があるよー」
「ありがと。でもね私、自分で自分の価値を下げてばっかりだったなって思って。調子に乗ってたし、結果も出せてないのに生意気だった。身体を壊しちゃった理由も今なら分かる。私、過去にしか生きてなかったんだ。うまくいった時のことに縋るみたいにして。でもそれがどんどん昔になって、今と未来を幸せに感じなくなってきちゃった」
 ハルカの友人は、うなずきながらハルカの話を聞く。彼女がハルカをオーストラリアに連れてきたのだろうか。
「わがまま言って、できるフリして、他人をねたんで、人を大事にしなくて。誰かや環境のせいにして、自分の価値を下げ続けてきちゃってたんだよね。すごく後悔してる…」
「それが分かったなら、いつだってやり直せるじゃない」
 ハルカは黙ったままうつむく。バスが停車し、さらに数人の乗客がバスに乗り込んでくる。バスが再度発車してから、ハルカは口を開いた。
「私、何度も同じ間違いをしちゃってるから」
「ハルカっ」
 友人は再度、ハルカの名前を呼んだ。
「あのね、ハルカ。人間の価値なんて、もともと勝手に人間が決めてるもんなんだよ。誰かに価値があって、誰かには価値がないとか。そんなの自然の中にはないでしょ? 私の価値が上がったとか下がったとか。それを気にするのは私と私の家族くらいだよ。他の人は誰も私の価値なんて、いちいち考えてない。
 ハルカが自分で自分の価値を下げちゃったって考えてるのも、ハルカが勝手に考えてることで、実際には何も変わったことなんてないよ。上がってもいないし、下がりもしない。これからだってそうだし、これからもずっとそうだよ。だからね」
 私はハルカと同じように、彼女の言葉に耳をすます。

「これからは自分の価値を上げるために生きるんじゃなくて、自分の幸せのために生きていいんだからね」

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