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「人生はうまくいってることのほうがずっと多いの。ただ嫌なことを思い返しやすいだけ」の話

「うまくいかないことばっかり。失敗ばっかり。周りはあんなにできてるのに。自分はバカだから、貧乏だから、才能がないから。何をやってもちゃんとやれない、運がない」
 フランス人美術教師のマリーは、かつて自分がいつも考えていたことだと言って、たくさんのネガティブなことを並べ挙げた。
「将来のことを考えると不安になるばっかりで、毎日、朝起きるのが苦痛だったわ。一日が始まるのがとても辛かったの」
「そうなんですか。今は?」
 私が聞くと、彼女は軽く眉を上げ、首を傾けてみせる。
「今はなんとも」
「何があったんですかね? そう思えるようになるまでに」
 彼女はパウンドケーキにフォークを刺し、ひと口食べてから言う。

「うまくいかないことがあった時、いつもそれを繰り返して考えちゃったの。あれがいけない、これがダメだった。もう最悪、誰かが悪い自分が悪いって」
「ああ、すごくよく分かります」
 小さなネガティブが発生すると、それが磁石みたいに悪い考えをいっぱい引き寄せてしまう。ああすべき、こうすべきって考えているうちに、自分はだんだん評論家みたいになっていく。でも正当な評論なわけじゃない。ただ、自分を維持するためのそれっぽい理屈で頭がいっぱいになるだけだ。
「友達とね、話したことがあったの。あなたのことがうらやましいって。私はぜんぜん何もできなくて、失敗ばかり。こんな人生大嫌いだって」
「へええ」
「そしたらね、友達に言われたの。何言ってるのって。あなたは希望していた美術の先生にもなれたし、素敵な家にボーイフレンドと一緒に住んでるじゃないって。その友達は言うの。私の方がよっぽどうまくいってないって。私から見たら、彼女の方が人生全部うまくいってるように思えたのよ?」
「ああ、お互いに相手のことは良く見えてたんですね」
「そうなの。それから私たちは、自分の人生のうまくいってるところを数えてみたのよ。先生になれたことはよかった。家も気に入ってるし、住んでる場所も好き。もう別れちゃったけど、彼のことも当時は愛していたわ」
 彼女が紅茶のカップを手に取ったので、私も同じように紅茶を飲む。家には彼女が描いた小さなアート作品がいっぱい飾られていて、その中にはケーキと紅茶もあった。

「そしたら、うまくいってることのほうがずっと多かった。イヤなことは確かにあったわ。長く生きていれば、すごく辛いことだって何度もある。それでも、それよりずっとずっと幸せなことがたくさんあった」
「そうかぁ、なるほど」
 自分のことを思い返す。ネット上で見かけるつぶやきは、誰かのいいことであふれている。何かが売れた、誰だれが来てくれた、どこどこで展示します、こんな賞に選ばれた。「誰かの成功」を浴びているうちに、自分以外のみんながうまくいってるように感じてしまう。
「インターネットで人の投稿を見てると、うまくいってる人ばっかりに感じちゃうんですよね。一人一人に注目したら、しょちゅううまくいってる人なんてほとんどいないはずなのに、成功しているたくさんの人の声がみんなの意見みたいに感じちゃって」
「ほんとよね。そういうのを見れば見るほど、いつの間にか誰かと自分を比べてしまって、自分はやっぱりダメなんだって思うようになってた」
「ああ、めちゃくちゃ分かりますね」
 人と比較をしないっていうのは、よく言われることだけど、人間は比較してしまうものなんじゃないかと思う。

「うまくいかなかったことを繰り返し考えているうちに、それしかないような気がしてきちゃう。同じことを考え続けるほど、変に理論づけされちゃうことあるじゃない?」
「そうですね。こうすべきだったとか、自分ばっかり運が悪いとか」
「そうそう、そうなってくると、余計に自分だけがうまくいってないみたいに思えちゃう。繰り返して考えることをやめられるといいだけなのよね」
「なんか、人間は毎日九割くらい同じことを考えているって言ってる本があったような気がします。無駄だなって分かってても、けっこうやめられないけど」
「自分の思考の邪魔をしてやるといいのかなって私は思ってるわ」
「思考の邪魔?」
「そう。ネガティブなことばっかり考えるようになったら、音楽を聞くとか、本を読むとか、違うことに時間を使うようにするの。好きな映画を見るのもいいわね」
 彼女は紅茶を飲み干して言う。

「考えつづけちゃう状態を中断するだけで、ネガティブな考えはちゃんといなくなっていくわ」

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アートを辞めてパン屋になったアーティストの「罪悪感の手放し方」の話
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