見えない傷ーー「面前DV」の闇

▼とても地味だが、深く考えさせられる記事が2018年12月13日付毎日新聞に載っていた。

面前DV「自分肯定できず」/父親刺殺元少年 苦痛を告白
激しい夫婦げんかを日常的に目撃する心理的虐待「面前ドメスティックバイオレンス(DV)」に遭った元少年(22)=当時19歳=が3年前、口論の末に父親(当時49歳)を刺殺した。昨年12月に懲役11年の実刑判決が確定して13日で1年。<私は心を持っていることが苦痛でした。自分に感情が無ければ父を殺すことも無かったでしょう>。記者への手紙で心情を明かした。【坂根真理】〉

面前DVは、こどもの脳を物理的に傷つけることが科学的に実証されている。しかも、直接殴られるような暴力よりも、面前DVのような言葉の暴力のほうが、脳が強く傷つけられるという結果が出ているのだ。こどもに対する虐待=マルトリートメントの実態については、友田明美氏の名著『子どもの脳を傷つける親たち』(NHK出版新書、2017年)にくわしい。

▼坂根記者はこれまで元少年と4回手紙をやりとりしてきた。記事の中で筆者が最も驚いたのは、次のくだり。

〈(元少年は将来を悲観して自殺を図ったこともあった)一方で、検察官や弁護士らが自分の話を素直に聞いてくれて、一緒に悩み考えてくれたことに衝撃を受けたという。〈社会の人に守られているという感覚を生まれて初めて持ちました〉

▼自分を弁護する弁護士だけではない。自分に対して求刑する役割である検察官に対しても、元少年は「社会の人に守られている」と感じたのだ。それまでの人生で、どれほどひどい経験を重ねてきたのか、わずかなりとも想像できると思う。

元少年は坂根記者に対して〈誰の目にも明らかな身体的虐待などはっきりとした不幸の証(あかし)が自分に無いことが不満で、他の人の不幸がまぶしく見えました。もし私に法律に触れるような危害が加えられれば、私は救済を堂々と期待することも堂々と苦しみを訴えることもできます。けれども不幸の原因が自分にあると感じ、周りが全く自分の苦痛に理解を示さない中で、言葉も力も少ない子供に何ができるでしょうか〉と書いている。

▼結局、検察は「成育歴はある程度考慮されるべきだが、大きく(情状を)酌むべきではない」、仙台地裁の判決も「犯行を正当化するほどの落ち度が被害者にあったとは思えない」として懲役11年になったわけだが、こどもの脳を物理的に傷つける面前DVの深刻さが、今よりも広く知られていれば、判決が異なっていた可能性がある。

見えない心と、見える犯罪と、文字でできた法律と。それらの狭間に、たくさんのこどもたちの聞こえない悲鳴が埋め込まれたような記事だった。
(2018年12月14日)

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