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検察の暴走がマスメディアから一時的に忘れ去られる件

〈事前に7回面会〉〈黒い箱二つ用意〉

▼さて、この二つの見出しだけで、何のニュースかわかる人は今、何人いるだろうか。もしもコロナ・パンデミックが起きていなければ、かなり多くの人が「ああ、あれね」とわかったと思う。

いや、コロナ・パンデミックがなくても、あれほど大きかったニュースも、半年も経てば、すっかり記憶の片隅に埋もれてしまうものだ。

▼久しぶりに「ほんとに映画になるんじゃないか」と思う記事を読んだ。2020年5月22日付毎日新聞から(ニューヨーク・隅俊之記者)。

〈ゴーン被告 逃亡詳細/事前に7回面会/黒い箱二つ用意/手助け2容疑者逮捕 米当局が文書〉

〈日産自動車前会長のカルロス・ゴーン被告(66)の国外逃亡を手助けしたとして、米当局は20日、米国籍で元米陸軍特殊部隊「グリーンベレー」隊員のマイケル・テイラー容疑者(59)と息子のピーター・テイラー容疑者(27)を東部マサチューセッツ州で逮捕した。東京地検は今年1月、犯人隠避などの容疑で逮捕状を取得。米司法当局が裁判所に提出した文書によると、日本が身柄引き渡しのために逮捕を求めていた。〉

▼元グリーンベレーが関わっていたというのが面白い。

〈ピーター容疑者は、ゴーン被告が逃亡する前の2019年7月、8月、12月初旬の少なくとも3回の来日で、ゴーン被告とは7回面会していた。〉

▼ゴーン氏は2019年12月29日に日本を脱出したのだが、そこに至るまでのかなり細かい過程がわかったそうだ。

父親がマイケル。息子がピーター。

〈ピーター容疑者はゴーン被告逃亡前日の2019年12月28日に再来日。東京都内の高級ホテルの933号室にチェックインした。〉

▼このホテルは「グランドハイアット東京」。12月28日は脱出前日。この日、グランドハイアット東京の933号室にゴーン氏が訪れ、1時間ほど話し合ったという。

記事には〈逃亡当日の翌29日の動きは劇的だ。〉とある。アメリカの司法当局の文書を要約した記者も盛り上がっていることがわかる。

〈マイケル容疑者と、東京地検が別に逮捕状をとっているジョージ・ザイエク容疑者(60)は午前10時10分ごろ、中東・アラブ首長国連邦(UAE)のドバイ発のプライベートジェットで関西国際空港に到着。音響機器を入れるような二つの大きな黒い箱を運び、「自分たちはミュージシャンだ」と関空関係者に話した。 

 午前11時6分、2人は関空・空港島の対岸にあるホテルにチェックイン。4009号室と4609号室に入った。〉

▼この大阪のホテルは「スターゲイトホテル関西エアポート」。ここから「大きな黒い二つの箱」が大活躍する。

〈二つの大型の黒い箱は、4609号室に運び込まれたという。午前11時50分、2人はホテルを出てタクシーに乗り、新大阪駅へ。新幹線で東京に向かった。 

歩いてホテルへ/同じころ、ゴーン被告も動き始める。午後2時半ごろ、ゴーン被告は荷物を持たずに東京都内の自宅を出て、ピーター容疑者がいる高級ホテル(※グランドハイアット東京)に歩いて向かった。ピーター容疑者の部屋に入ると、服を着替えたという。

エレベーターで宿泊フロアに行くには部屋の鍵が必要なため、前日に会った際に合鍵を渡されていた可能性がある。

 一方のマイケル容疑者とザイエク容疑者は午後3時24分、東京に到着。ピーター容疑者とゴーン被告が待つホテルの部屋に入った。その後、4人は一緒に部屋を出た。ピーター容疑者は一行から離れ、成田空港から中国行きの便に乗った。

ゴーン被告ら3人は品川駅から新幹線に乗り、新大阪駅を目指した。午後7時24分ごろ、新大阪駅に到着した3人はタクシーに乗り、マイケル容疑者らが午前中にチェックインした関空対岸のホテル(※スターゲイトホテル関西エアポート)へ。到着は午後8時14分ごろだった。〉

▼東京から大阪に移動し、関空近くのホテルで「手品」が始まる。

午後9時57分、マイケル容疑者とザイエク容疑者はホテルを出た。そこにはゴーン被告の姿はなかったが、かわりに二つの大きな黒い箱を運んでいた。その一つにゴーン被告は潜んでいたとみられる。 

 2人は関空に午後10時20分ごろに着いた。荷物は中身を調べられることなくセキュリティーチェックを通過。プライベートジェットに積み込まれた。大型の黒い箱とともに一行が乗り込んだジェット機は午後11時10分ごろ、トルコに向かって関空を離陸した。

 「私はいま、レバノンにいる」。ゴーン被告が声明を出したのは2日後の12月31日だった。〉

▼ゴーン氏逮捕について、筆者は2018年11月に「ゴーン氏逮捕の謎ーー有価証券報告書とフランスの国策」や「「事実としては正しいが、実質的には虚偽」--ゴーン氏逮捕で考える」を書いた。

▼その時には特段取り上げなかったのが、「検察のリーク」のひどさだった。ゴーン氏逮捕の特ダネは朝日新聞がつかんだのだが、その記事は、【逮捕の前】、ゴーン氏を乗せた飛行機が羽田空港に下りてくる前から始まっている。

〈羽田に降り立ったゴーン容疑者を… 捜査は一気に動いた〉(2018年年11月19日 20時37分)

〈日産自動車(本社・横浜市)での自らの報酬を過少に申告した疑いがあるとして、東京地検特捜部は19日、同社会長のカルロス・ゴーン容疑者(64)を金融商品取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)容疑で逮捕した。代表取締役のグレッグ・ケリー容疑者(62)も同容疑で逮捕した。〉

▼問題の箇所は、たとえば以下のような記事だ。

〈19日夕、ゴーン会長が飛行機で空港に到着したタイミングを機に、東京地検の捜査は一気に動き出した。朝日新聞の記者がその一部始終を見た。

 羽田空港の滑走路に、ジェット機が降りたのは午後4時35分ごろ。機体のエンジン部分には「NISSAN」の社名に似た記号「N155AN」が黒い文字でプリントされていた。

 特捜部は着陸をひそかに、だが、万全の態勢で待ち構えていた。〉

▼なぜ、〈朝日新聞の記者が一部始終を見た〉のか。検察が朝日新聞に情報を漏らしたからだ。しかし、当時も、今も、おそらくこれからも、検察のリークを非難する声はほとんどなかったし、ないだろう。

▼こんな例は、これまでもたくさんあって、そのたびにマスメディアが検察に踊らされ、人々が検察に踊らされてきた光景は、あまりにもありふれた出来事なので触れなかったのだが、ちょっとメモしておきたくなった。

▼なぜなら、いま、最も日本のマスメディアを賑わせている「東京高検・黒川弘務検事長の定年延長問題」で、「週刊文春」が、黒川氏と産経新聞記者2人と朝日新聞社員が、産経記者宅で賭けマージャンをしていたことを報道する前後から、検察を応援する論調がかつてなく大きくなっているからだ。以下は産経新聞から。

黒川氏「宣言下、行動軽率すぎた」 辞表提出、訓告処分に〉(2020.5.21 20:16)

〈東京高検の黒川弘務検事長(63)が新型コロナウイルス感染拡大による緊急事態宣言が続いていた今月、東京都内で産経新聞記者らと賭けマージャンをしていたと週刊文春に報じられた問題で、森雅子法相は21日、黒川氏が賭けマージャンをしていたことを認め、訓告処分にしたと明らかにした。黒川氏は同日、安倍晋三首相に辞表を提出した。22日の閣議で辞職が承認される見通し。〉

▼10年後の読者が読んだら何のことかわからないので、もともとの法案の話も引用しておく。朝日新聞から。

検察庁法改正、今国会断念 政府、世論の反発受け 定年特例、撤回せず継続審議〉(2020年5月19日 5時00分)

〈政府・与党は18日、検察庁法改正案について今国会での成立を断念することを決めた。幹部ポストを退く「役職定年」の年齢を過ぎても、政府の判断で検察幹部にとどまれる規定の新設が、ツイッター上などで強く批判されていた。〉

▼この検察庁法改正は、黒川氏の定年延長と直結しており、「黒川氏を重用(ちょうよう)することで、安倍総理が有利に事を運ぼうとしている」という猛烈な批判を生んだわけだ。

さらに複雑なのは、もともとこの検察庁法改正は、国家公務員法改正とセットになっていた点だ。あとは省略。

▼「公務員の定年延長」の論議から「賭けマージャン」に至る報道に接すると、検察の暴走以外にも、さまざまなことを考えさせられる。複数の法案の混同について。新聞記者の情報の取り方について。国家が認める博打(ばくち)と認めない博打とがあるが、両方とも博打であることに違いはないことについて。これらについては稿を改める。

▼検察は暴走するものである。取り調べで脅し上げ、好き勝手に情報をマスメディアに漏洩(ろうえい)し、証拠を改竄(かいざん)し、冤罪(えんざい)をつくりだしてきた長い歴史と伝統がある。言うまでもないことだが、検察自体が「巨悪」になりうる存在なのである。

なぜ、今、これほど検察を守り応援する世論がSNSを中心に巻き起こったのか、筆者にはよくわからない。コロナ・パンデミックのストレスが、安倍総理のわかりやすい愚かさに向かったのだろうか。そうだとしても、なぜあれほど恐ろしい組織を、「安倍批判」の文脈一本で、これほど持ち上げることができるのだろうか。

▼ツイッターの「オンラインデモ」で、時の政権の意向を変えた動きそのものは、とても素晴らしいことだ。しかし、そのことと、暴走しがちな検察を持ち上げることとは、別の話だ。

検察擁護(ようご)の不思議な泡沫(うたかた)を、コロナ・パンデミックの副作用の一つとして、メモしておきたくなった次第。こちらの顛末(てんまつ)も、映画になるかもしれない。

(2020年5月23日)

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