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計算のないものへの愛情

長年ワークショップを企画運営されている知人の話を伺う機会があり、仕事の組み立てかたについて省みることができました。

知人曰く、ワークショップを企画する際にスクリプト(進行台本)をしっかりと作成すると、運営するときの光景やアングルなどが詳細にイメージできるようになるそうです。

そうすることによって、記録撮影のシナリオも具体的に作りやすくなり、Webサイトなどに掲載するアーカイブの質が上がるとのこと。

また、スクリプトがしっかり作られていると、ファシリテーターが変わってもワークショップの質が担保できるそうで、なるほど組織として属人化を防ぐ意味でもスクリプトを共有するのは有効だと感じました。

ワークショップだけに限らず、営業やヒアリングといった場面においても、トークスクリプトを準備して臨むことで、アウトプットの質を高めることができそうです。

再現性を担保するための事前準備

クリエイティブを提供する仕事において、再現性を担保するという考え方はとても重要です。

再現性(さいげんせい、英: reproducibility)とは、同一の特性が同一の手法により発現するとき、その結果の一致の近さのことである。言い換えると、実験条件を同じにすれば、同じ現象や同じ実験が同一の結果を与える場合、再現性があるという。

再現性(Wikipedia)

私たちは職業柄、やったことがないことを依頼されることが多く、とりわけ初めて対応する仕事において、再現性を担保するのは容易ではありません。

ですが、引き受ける側が「できるかどうか分かりません」というスタンスでいては、依頼する側は不安になってしまいます。なので、経験やリサーチを通して、どの程度のリソースがあればできそうか?という当たりを付けて、見積もりと計画を作成します。

リスクを軽減するひとつのテクニックとして、できる単位に分解するという手法を過去に紹介しました。

スクリプトも同様の効果があり、シナリオを通して事前にシミュレーションすることによって、やってみないとどうなるか分からないという状態から、やってみたらどうなるか?を想像することができます。

スクリプトの作り方

ワークショップでも打ち合わせでも、スクリプトの組み立てかたは同じで、多くの場合は下記のような構成になるでしょう。

  1. 挨拶~アイスブレイク

  2. 導入

  3. 本題

  4. クロージング

スクリプトには定型のフォーマットがあるわけではなく、オリジナルで問題ありませんが、組織では共通フォーマットを利用したほうが良いでしょう。

スクリプトの例として、山口大学 国際総合科学部の「100均hack!」というワークショップの記事を紹介します。「用意した機材とワークショップの様子」という部分がスクリプトです。

どこまで具体的なスクリプトを用意するかは、ファシリテーターの人の経験値にもよりけりですが、人生初のワークショップを担当するといった場合は、いつ何を話すかという台詞まで書いておくと良いかもしれません。

また、下記はカスタマーサポートのトークスクリプト例です。こちらは途中にいくつかの分岐があります。

カスタマーサポート用 トーク スクリプト テンプレート40選(HubSpot)

ワークショップの場合、運営側に主導権があることが多いですが、カスタマーサポートなどはお客様に主導権があるため、そのときの状況に応じて変化する柔軟なスクリプトが求められます。

このように、スクリプトを作成して想定される状況をあらかじめ洗い出しておくことで、仕事を円滑に進めることができます。

スクリプトにあえて余白を設ける

ここまででスクリプトの有用性について書いてきました。

それは充分に理解できたうえで、自分がスクリプトを作成するときは骨子だけざっくり作って、あとは現場に委ねるようにしています。

例えば、先日開催したLT(ライトニングトーク)イベントでは、事前に準備することと、当日の流れに任せることを、下記のように設定しました。

事前に準備すること
・登壇者を10名集める
・5分間のプレゼンテーションと自己紹介文を準備してもらう
・運営スタッフ選定
・BGM選曲
・進行スライド作成
・会場の下見・機材チェック

当日の流れに任せること
・登壇順(クジで決定)
・登壇者が話す内容
・登壇者へのコメント

円滑な進行を最優先するなら、登壇順は事前に決めておいたほうがよいでしょうし、登壇者のプレゼン資料に目を通して、コメントを準備しておくべきでしょう。

個人的には、円滑に進みすぎないように、スクリプトには適度な余白を残すようにしています。さらに、あえてコントロールできない要素を織り込むことによって、想定されていない出来事が起きるようにしています。

これは、イベントでもヒアリングでも同じスタンスで、現場で想定外な現象が発生しやすいように設計して、それをなるべく見落とさず拾い上げるようにしています。とても抽象的な話になりますが、そうすることで予定調和からは生まれない熱量を引き出すことができるという経験則があります。

これはとても属人的な方法論なので、個人の仕事だからこそ成立し得る手法だとは思います。もし組織の仕事に落とし込むのであれば、事前に準備する要素をもう少し増やしたほうがよいかもしれません。

素晴らしい偶然を楽しみたい

日本の音楽家、ヤン富田の「必然性のある偶然」という思考があります。

犯罪学では、犯行を計画し実行する中で何らかの偶然の要素、たとえば犯行時に普段は一定の交通量があるのにその時に限って無かった、というような犯罪者に対して都合のよい偶然が3つほど重なると完全犯罪は成立するといいます。これを音楽にあてはめてみると、犯行→楽曲、 計画→編曲、 実行→演奏といった中に、偶然にも思いもよらなかった、素晴らしい要素が入りこめば、自己を超えた作品が出来上がるはずだと考えられます。私はそう言った素晴らしい偶然を、或は偶然とは思えない奇跡ともいえることを 「必然性のある偶然」とよんでいます。

『素晴らしい偶然を求めて』(ヤン富田)

私が期待しているものは、おそらくこれに近いと考えています。

どこまで準備するかは、人それぞれで違って良いと思います。ただし、一番コントロールが難しいのは、何も準備しないというケースでしょう。全てを偶然に委ねるというスタンスでは、パフォーマンスとしては成立するかもしれませんが、仕事として成果をあげるのは難しいでしょう。

これは、全てを偶然に委ねるという方法に焦点を定めたジョン・ケージの「偶然性の音楽」とは、自ずとその目的が異なり、結果的に相反するものになるのでした。何故ならば、私はただ単にただの偶然を聞いてもらおうとは思っていないからですし、私もただの偶然をあえて聞こうとは思わないからです。

『素晴らしい偶然を求めて』(ヤン富田)

スクリプトを準備するからこそ、そこから逸脱したときにどうするか考えることができるし、計算外のハプニングをポジティブに昇華することもできるのです。

準備ができているからこそ、素晴らしい偶然を享受できるのです。

では。


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