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サラダは漬け物である

 日本でのサラダの作り方を思い浮かべてみよう。

 好みの野菜を食べやすい大きさに切り、小さい、あるいは大きいサラダボールに盛り込み、そして手製か市販のドレッシングをかける。私も、サラダの作り方(とも言えない作り方だが)をそのように思い込んでいた。

 ところが、フランスに住んでみると、びっくり。作り方がまるで違うのだ。

 フランス人たちは、必ず大きなサラダボール――小さいのは使わない、というか以下の理由から使えない――に、まず、ドレッシングを作る。一番オーソドックスなドレッシングは、(日本では「フレンチ・ドレッシング」などという)油、ワインヴィネガー、塩、胡椒。それに好みで、マスタードを入れたり、チーズを刻んだり下ろしたりなどする。そこに、水をしっかり切った――専用の水切り器がある――野菜を入れ、かき回して、ドレッシングに和え、しばらくの間(ふつうは10〜20分)そのまま放置しておく。つまり、野菜類がドレッシングになじむのを待つのだ。そのなじませる時間は、もちろん、野菜の種類によって変わる。一番驚いたのは、友人の両親の家に日曜の昼食に招かれた時(その家ではたいがい料理好きのお父さんが作る)、お父さんがイタリア産の細長いトマト(通常は煮込んでソースにするもので生食にはしない)を3〜4ミリの厚さに薄く切って、皿に並べ、ドレッシングに漬け込んでいるのだ。2時間後に食べるという。こうやって長い時間漬け込んでおくと、皮と果肉が硬いトマトもドレッシングとうまくなじんで、美味しいサラダになると言う。

 私はその解説を聞きながら、はたと気づいた。これは(日本で言えば)「浅漬け」、つまり漬け物ではないか、と。

 この時のように、2時間も漬け込んでおくのはもちろん例外だが、しかし、単にレタスのサラダであっても(のちに述べるように正確には「レタス」ではなく「サラダ菜」なのだが、とりあえず日本人に馴染みのあるレタスにしておく)、先に述べたように、必ず、レタスを、先に作ってあったドレッシングと和え、10〜20分放置する。すなわち、(浅)漬けこんでおくのだ。

 だから、フランスでは(ごく例外を除き)決して日本のように生野菜の上にただドレッシングをかけたものがサラダなのではない。サラダはあくまで浅漬けなのだ。

 ところが、である。日本に帰ってきて、同じようにサラダ(=浅漬け)を作ると、結果がまるで違う。野菜(にもよるが)がドレッシングになじむどころか、水分がどんどん出てしまい、ビチャビチャになってしまうのだ!

 なぜか。おそらく、日本の(少なくとも当時の)野菜は、総体的に細胞(膜)が弱く、水分も多いため、ドレッシングの侵入に耐えきれず、いわば決壊を起こし、浸水してしまうようなのだ。(だから、ある意味で、日本風のサラダの作り方は、日本の野菜の理にかなっているとも言える。)

 私もだから、日本では、基本的にフランス風な作り方をするが、なじませる時間は1〜2分にとどめ、すぐ食べてもらうように促している。(ビチャビチャになる前に。)

 ところで、私のオリジナルのドレッシングがある。フランスでも日本でも好評なドレッシングだ。でも「オリジナル」と言っても、実は、もともと、映画監督だった伊丹十三が、監督になる前ヨーロッパに長期滞在していて、その経験を綴ったエッセイ集『ヨーロッパ退屈日記』に載っていたレシピを参考にしアレンジしたものだ。

 (30数年前に読んだので記憶が定かではないが)肝は、サラダボールにニンニクを丸ごと入れ、それをサラダサーバーの背で押し潰し、ボールの内壁に擦り付けていくことだ。そうすると、生ニンニクの香りが(サラダ)ボール中に広がり、強いアクセントを生む。

 私の場合(以下がオリジナルだが)、そうしておいて、もちろん油、ヴィネガー、塩、胡椒とともに、ほんの少々の砂糖、ほんの少々の醤油、ほんの少々のごま油を隠し味的に入れる。そうすると、えもいわれぬハーモニーを醸し出し、素敵なドレッシングができあがる。このドレッシングなら、うちの娘たち(6・9・12歳)もサラダをむしゃむしゃ、奪い合うように食べる。

 ところで、ここまでフランスでのサラダの具材を単に「野菜」と記してきたが、フランスの多くの家庭で日常的に食べるサラダは、実は(日本のように)トマトやキューリが入っていない、いわば素(す)のサラダ、(日本で言う、今ではあまり見かけなくなった)「サラダ菜」だけのサラダである。「レタス」ではなく、いわゆる「サラダ菜」である。

 先に、私は、フランスのサラダは浅漬けであると書いたが、フランスの家庭の夕食ではいつ、どのタイミングでサラダを食べるのか。フランスのディナー(「ディネ」と言う)は、平日でさえ、順番に時系列で、食前酒、前菜、メインと食べていくのだが、(サラダ菜の)サラダは、メイン(たいがいは肉)の直後に、肉の油分をさっぱりさせるために食べる。そして次に、必ずチーズ、デザート、コーヒーとつづく。(飲みたい人は食後酒も)。平日でも毎日この順番で食べる。だから、夕食の時間は1時間半〜2時間はかかる。

 もちろん、地方によって、サラダも変わる。有名なところでは、米の入ったニース風サラダ、じゃがいもなど具だくさんのリヨン風サラダなどがあるが、やはり一般家庭での最もスタンダードなサラダは、サラダ菜だけのサラダ=浅漬けなのだ。

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