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JAGDA新人賞への道。 [前編]

JAGDA新人賞への道。
執筆 :石黒篤史(OUWN / People and Thought.)
協力:原田優輝(Qonversations)

はじめに

「JAGDA新人賞を本気で獲りにいく」。
自分の中でのテーマを決めて取り組んだ3年間だった。

1年目 → 入賞は多数あれど、最終ノミネートに残らず
2年目 → 最終ノミネートに残るも、JAGDA新人賞 受賞はならず
3年目 → 前年同様、最終ノミネートに残るも、JAGDA新人賞 受賞はならず

惜しいところまではいったものの、JAGDA新人賞を獲ることはできませんでした。

この業界には天才と思えるような神がかった感性を持つデザイナーがいて、歴代の新人賞受賞者の中にもそういう人は少なくありません。
一方の僕はそんな天才たちとは程遠く、努力一本でここまで来た凡人です。
人よりも多くの時間をデザインに費やし、こなした仕事の数だけ上手になってきたというタイプだと思います。

美大も出ておらず、新卒で有名デザイン事務所に入るようなタイプでもない、自分のような叩き上げの人間が新人賞を獲ることができたら、若いデザイナーや学生に夢を与えられるんじゃないか。
そんな思いで必死に取り組んだ3年間でした。

日本を代表するデザイン賞のひとつであるJAGDA新人賞を獲得したデザイナーは社会的に注目を集め、その人が語る言葉には大きな重みがある。
かたや、受賞を逃した多くのデザイナーたちは日の目を見ることは少なく、彼らが語る言葉はあまり影響力を持つことはないだろう。
当初自分の中にあったこんな考えは、この3年間で大きく変わりました。
JAGDA新人賞と3年間本気で向き合い、受賞を逃した自分だからこそ語り得ることがあるんじゃないか。
そんな思いで、これまでの3年間の取り組みについてまとめてみることにしました。

これからJAGDA新人賞を狙おうとしているデザイナーの参考になればうれしいですし、自分よりも上の世代ですでに業界で実績を残してきている先輩デザイナーの方にも、一人のデザイナーが何を考え、どんなことに取り組んできたのかということを少しでも知っていただけたら幸いです。

なぜ、3年間なのか

JAGDA新人賞は、JAGDA正会員が手がけた仕事・作品を収録する年鑑のために作品を出品したデザイナーの中から、新人賞の資格を持つ39歳以下のデザイナー3名に毎年与えられるものです。
以前から僕も出品は続けていたのですが、これまでは日頃のクライアントワークがどれだけ評価してもらえるかという観点しかなく、JAGDA新人賞に関しては、自分はそこでは戦えないとブレーキをかけていた気がします。

つまりは、「逃げていた」の一言に尽きるのですが、30代も半ばに差し掛かり、知り合いのデザイナーが最終ノミネートに残ったりするなる中で、真剣に新人賞と向き合ってみようと思うようになりました。
39歳という年齢制限が迫り、同じ年に迎えるOUWNの10周年という節目を見据えた時に、本気で取り組むならいましかないと考えたのです。
これまでのクライアントワークを通じて蓄積してきた技術や経験もきっと活かせるはずだという思いもありました。

3年という期間は最初から決めていました。
JAGDA新人賞は簡単に獲れるようなものではないことはわかっていたし、会社としての負担も大きくなることが想像できたので、体力やモチベーションを維持できる期間はせいぜい3年だろうと。
選考結果を受けて軌道修正をしていけるという点でも、3年という短いスパンを設定することがベストだと考えました。

1年目

年鑑に出品できるのは、原則的に直近1年間で手掛けた作品です。
枠は15と設定されていて、1枠で4作品まで出品できます。
仮にポスターであれば、Aというシリーズの作品を1~4枚提出でき、これで1枠。
もし仮にAというシリーズを5~8枚提出したら2枠という計算になります。
つまり、特定のシリーズや案件の作品を集中的に提出することも、色々な仕事のバリエーションを見せることもできるのです。
とはいえ、出品に値する仕事ないし作品を15枠を揃えることは、個人で活動しているデザイナーにとってかなり大変です。

これまでは1年間の仕事の中から良さそうなものを選び、スタッフと共に協力して出品の準備をしてきましたが、新人賞を獲りにいくと決めた1年目は、クライアントワークに限らず、オリジナルのアートワークをつくったり、テープ貼りなど出品の準備まですべて一人でやり遂げ、自分がベストだと思うものだけをシンプルにぶつけてみることにしました。
その結果、入選した作品の数はこれまでの倍程度まで増えました。
そして、白場やマージンが一定程度あり、ヌケ感がある作品が評価されやすい傾向があることがわかりました。
ただ、それだけでは入選止まりで、新人賞はおろか最終ノミネートにも残れないということも改めて感じた1年目となりました。

2年目

1年目の結果を受けて、2年目は自分の作風や強みと改めて向き合った上で、
JAGDA新人賞というアワードの傾向を意識して作品をまとめていくことにしました。

例えば、同じグラフィックデザインのアワードである東京TDC賞は、評価対象が単体の作品となっていて、その個性や先進性が問われる傾向にあります。一方でJAGDA新人賞の評価対象は、あくまでも「人」です。
良い作品をつくることは大前提ですが、提出した作品をまとめて見た時に、
そのデザイナーならではの個性がしっかり感じられるか、さらには、「これからの日本を任せられるデザイナーであるか」というところまで判断基準になってくるはずです。

JAGDA新人賞の審査はいくつかの段階に分かれています。
まずは広大なスペースに出品作が並べられ、個別の作品に対して厳正にクオリティを吟味する全体審査が行われます。
そして、3枠以上の作品が評価されたデザイナーは2次審査へと進み、この時点で新人賞の候補は40名程度に絞られることが多いです。
2次審査ではデザイナーごとに作品が集められ、これらが改めて審査され、
およそ10名程度が最終ノミネートに残り、最終的に3名が新人賞に選出されるという流れです。

2年目は、自分が得意とするグラフィカルでボールド、カラフルな作風を軸に一貫性を持たせつつ、それぞれの作品に異なる手法を取り入れることで幅も見せるということを追求しました。
その結果、最終ノミネートまでは駒を進めることができましたが、惜しくも受賞はなりませんでした。
自分の個性を理解した上で臨んだ2年目でしたが、受賞された方々の作品からは、その人の「色」がより感じられました。
また、カラフルでグラフィカルな構図のデザインは良くも悪くも昨今のデザイントレンドと重なるもので、近い作風のデザイナーが多いということも感じました。

3年目

そして、いよいよ最後の年を迎えました。
2年目は自分の作風と向き合った上で、新人賞にしっかり照準を合わせたことで最終ノミネートまで進むことはできましたが、ここまで来ると技術や手法の新しさだけではなく、一歩抜きん出た表現力が求められ、自分には最後の爆発力のようなものがまだ足りないと感じていました。

JAGDA新人賞の傾向や自身の作風というものを頭で理解できた2年目でしたが、3年目はより根源的に自己やデザインと向き合い、自問自答をする時間が長くなりました。そして、ひとつの答えにたどり着きました。
それは、「比べない」ということです。

僕のようにロジカルに考えることもなく、好きなものをつくっているだけで、新人賞を受賞してしまうような人たちがいます。
そんな天才たちと比べても勝てるわけがない。
それなら、自分だからこそできることに徹しようと。

僕は自分のことを優れているなんて思ったことはないし、これからも思うことはないだろう。
だからこそ、クライアントさんとも素直に向き合えるし、駆け出しのデザイナーとも対等だと思って接することができる。
誰も見たことがない作品を生み出すことよりも、目の前の人や案件のことを親身に考えることができる。
そんな自分の特性を存分に出せれば良いんだと思うと気が楽になっていきました。
そして、「JAGDA新人賞」というものを、クライアントワークとして考えることにしたのです。

ライバルとバッティングしない抜け道

競合プレゼンで他社とバッティングしそうな案を避けるのと同じように、
消去法のように誰ともかぶらない抜け道を探っていこうと。
これは、自分の色にこだわるタイプではない僕だからこそできるアプローチであり、これが武器にもなり得ると考えました。

先述のようにJAGDA新人賞は毎年3人が選ばれますが、ポイントは、必ずしも上位3位までに与えられるものではないということです。
これまでの受賞者の顔ぶれを見てもそれは明らかで、所属先で言えば広告代理店、デザイン制作会社、個人事務所、表現の方向性で見れば広告系、イラスト系、特質系グラフィックといった具合に、同年の受賞者はある程度バランスも勘案して選ばれているように思います。

最終ノミネートに残るためには作品のクオリティの高さが大前提になりますが、その先は大げさにいえば、クオリティ的には10位だったとしても、
他に同じタイプがいなければ選ばれる可能性はあるということです。

そう考えた時に、OUWNのような個人事務所は、広告代理店や有名制作会社に所属するデザイナーのように、案件の規模感や幅を見せることがなかなか厳しい。
また、イラストを描くことも多いのですが、このフィールドで他の人と勝負するのは今の自分には難しい。
その中で、やはり自分は特質系グラフィックというところで他の人とはかぶらない表現を追求していくしかないと改めて考えました。

ラストイヤーだからこそできた「賭け」

これは自分の良いところでも悪いところでもあるのですが、10個の仕事すべてで95点を取れたとしても、9つの仕事で80点、残りのひとつで300点を取るようなことができるタイプではありません。

JAGDA新人賞はどちらかというと後者の方が選ばれやすいと思うし、ましてや最終ノミネートに残る人たちは80点を取るようなことなんてないだろう。
だからこそ、徹底的にリサーチをしてバッティングを避けることで競合相手を減らし、10の仕事すべてで100点以上を取る。
さらに作品単体ではなく、それらが並んだときの見え方を意識して日々の制作に取り組みました。

イラストのようでもあり、グラフィックでもある、
ヌケ感があって美しく、異様さも感じられる黒い作品群。
これがラストイヤーに僕が選択した方向性でした。

すべての作品が不気味で気持ち悪い。
下手をすれば予選敗退もあり得るかもしれないが、それでも良いと思いました。
上手くハマれば破壊力が生まれるだろうという確信があったし、これこそが自分が勝てる抜け道だと信じていました。
ラストイヤーだったから、思い切ってこの方向性に賭けられたところがあったのだと思います。

JAGDA新人賞への道。[後編]

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