見出し画像

平穏な生活か、健康な腰か

 よく分からない欲望の発露でよく分からないことをしていませんか。私はしていました。幸いにも人目を避けてコッソリやっていたので、公にはなりませんでした。そのよく分からないこととはよく分からない踊りでございます。

 例えば、ひとりエレベーターを待っている時です。何もしないでただ待つには長いですけれども、何かをするにはあまりにも短い。そんな中途半端な自由時間が生じた時、誰も見ていないのをいいことに、よく分からない踊りをしていました。

 何しろ踊りを習ったことがございませんから、踊ると言ったってその場の思い付きで身体を適当に動かす程度のものでございます。エレベーターが来たり人の気配を感じ取ったりすれば即座に踊りは止めますし、なんなら自分でどんな踊りをしていたのかも忘れてしまう。

 今のところ踊りを誰かに見られた経験はございませんが、こんなことをしていればいつかは誰かに見られてしまうかもしれない。気まずい想いはしたくない。そこで私、よく分からない踊りを封印し、胸を張って背筋を伸ばしてエレベーターを待つようにしました。大人になったと言えましょう。封印した時、年齢的には十八歳をだいぶ越していましたが。

 それからしばらくして、私の身体に異変が現れ始めました。腰から背中にかけてが痛いんです。何か身体に負荷のかかる作業をしたわけではありません。姿勢のせいかと思いましたが、むしろ姿勢はいいはずです。年齢を積み重ね、いよいよ身体が衰えてきたのかと絶望しそうにもなりましたが、その割には突然すぎます。年齢ならばもっと徐々に影響が出るはずなんです。

 日常生活に何か原因があるはずだと思いまして、自分の痛みに注意しながら日々を過ごしていたんです。すると、痛みにとある傾向があると気づきました。何かを待っている時、特に痛みが気になるんです。逆に歩いていたり、何か作業している時は痛くない。

 そこで調べてみたら案の定、「いい姿勢」がむしろ腰痛を誘発しているとの記事を発見しました。

 一般に「いい姿勢」とされる、「胸を張る」という行為が腰痛に繋がるようです。胸を張るのは、実は身体に負荷がかかっていたわけですね。胸を張らずとも、同じ姿勢のまま長時間すごすことは腰によくないようです。つまり、無理のない範囲で身体を動かしたほうが、腰には負担がかからない。

 胸を張ることはもちろんですが、よく分からない踊りをやめてしまったのも腰には良くなかったようです。「いい姿勢」なんかで待たず、欲望の赴くままに踊っていたほうが良かったとは。

 しかし、私も大人の端くれです。今後も年齢を重ねてゆきます。よく分からない踊りは加齢との相性が良くありません。よく分からない踊りをしているのが少年だったら「子供がふざけてる」で済まされますが、大人だったら下手すれば職務質問からの連行です。

 「人生は選択の連続だ」と言いますけれども、まさか平穏な生活か健康な腰か、とちらか選ばなければいけない場合もあるとは思いませんでした。人類が未来を完璧に予想できる日は、まだまだ遠いのだと痛感させられた次第です。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?