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【読書】 あの空は夏の中 銀色夏生

私は孤独である限り、詩を書き続けるでしょう。思い出も現実も、それほど変わりがない毎日は、生きていくにはあまりにもつかみどころがありません。センチメンタルにもロマンティックにも、どんなふうにもできるから、人々は夢を、みたいようにみるのでしょう。どうぞ幸福になって下さい。私があなたを守ります。                   銀色夏生

 私は、ずっと詩の世界を馬鹿にしてました。どんな詩を読んでも現実味がなくて、ふわふわしていて、つかみどころがなくて。詩を読んで自分の人生が変わるなんて事はないと、ぷいと横を向いて生きてきたのでした。

 日常的に詩に触れるようなった今、詩は後から読むものだと思うようになりました。誰かの言葉に傷ついた後、自分の中のごちゃごちゃとした感情、どこかにありそうでどこにもない自分だけの現実と向き合った後、詩は時に私の気持ちを代弁してくれたり、傷ついたのは私じゃなくて相手だったんだと教えてくれたり、一人の反省会に付き合ってくれたり、怠けがちな私の尻を叩いてくれる存在だと気づきました。

 銀色夏生さん。極端な比喩はなくて、直接的な言葉で紡がれていく詩。飾らない言葉で、すっと胸に入ってくるような言葉の数々を少しだけ紹介させてください。

夏の宿題

夏の宿題にたくさんの本を読んだ
どの人が言っていることもウソじゃないと思うけど
どの人が言ってることも本当じゃない
私はすこしつかれた気持ちになって
夕立の窓を開ける
私が知りたいことは
もっとかんたんなこと
私が知りたいことは
もっと大切なこと
なにか もっと ちがうこと
ね、わたしのまえでは本当の意気持ちを言ってね
私、驚いたり、沈んだりしないようにするから

悲しい恋

 好きと言った次の瞬間には、もうその気持ちを支えきれないほど感情があふれ出て、この恋はどこにも向かったり帰ったり寄ったりできない恋であるから、そのあふれた想いはその瞬間に行き場を失い、そのことによって気持ちをふらつかせてしまうほどで、なんと純粋で透きとおった恋であっただろう。
 好きという言葉がくちびるから命のように生まれてあの人へとまっすぐにとどいて、そしてそれはそれだけのことで、それから先、その言葉がどこへたどり着くのか見定めることを最初から諦めている、孤独な恋でした。
あの人は、私の考えていることを知りたい知りたいと言うけど
あの人は、私考えていることを知ったら
きっとびっくりなさるわ
私がどんなに強くあの人を愛しているか知らされて
あの人きっと、逃げだしてしまう
恋人同士の会話にはムダなものは一つもない

ストローの袋が秋空を飛んだ 波に落ちるとそれはとけてしまうのだった

恋よりもつよいある愛の中で
私たちにしかわからないとても価値のあるものの中で
それがとても大切で貴重であると私たちは知っていて
私たちが知っているということを私たちは知っていて
一点の曇りもなく確信できて
そのことをちゃんとわかっているなら
私だけでなくあなたもわかっているとわかれば
もう それだけでいいんだのに
心から信じられるあの人か自分に
誇れることだけをして
つつましく純粋に生きていく
私たちは何もおそれない

 銀色夏生さんの詩を読んでいると、詩は、手紙や小説と違って、自分に向けて書くものなのだと感じる。誰かに読まれることや、手に取られることを想像して、誰かのために書くというよりも、どうしようもなく溢れてしまった自分のありったけの想いを、ただ一人で歌うこと。

 夏生さんの描く、究極的な一人称の世界。恋をしていても、愛していても、食べていても、寝ていても、一人なのだということ。一人でいるしかないということ。勝手に期待して、勝手に裏切られて、勝手に慰めれて。そんな一人のおおよそに、どうしようもなく自分自身を見つめているような。

 それでも、誰かを求めて、触れようと手を伸ばすとき。詩は、心もとない私たちの心に寄り添ってくれるんだと、そう感じさせられました。

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