【短編小説】魔法使いになりたかっただけ その1【連載】
玲子が行方不明になった。そんな話を聞いてからどのくらい経っただろうか。少なくとも一年以上は経っているだろう。
携帯に電話しても通じず、一人暮らしのマンションに行っても留守。そんなところから始まり、彼女の務める会社から彼女の実家に連絡がいったらしい。玲子のご両親はひどく心配をしてあちこちを探していたと聞く。しかし全くもって手がかりがつかめないそうだ。もちろん警察にも捜索願を出したが一向に手がかりがつかめないと、そんな話だっただろうか。
電車がニ時間に一本という田舎で育った玲子と私は、小学校からの付き合いだ。小学校、中学校、高校とともにそんな田舎で過ごした私達は、同性の友達にしてはとても仲が良かったと思う。親友とも言えた。高校を卒業すると、大学進学に伴い彼女は東京の大学へ、私は地元の大学に進学したため離れ離れになってしまった。
そんな関係だった。
彼女は色んな意味で変わっていた。
この世の中は不便すぎると豪語し、前時代的な手作業や人力のものに愚痴を言っていた。あんなものは“無駄”以外の何物でもないと。そしてもし使えるのならば、私は魔法が使いたいといつも言っていた。
魔法を使ってどんなことがしたいのか。それを尋ねると、彼女は決まってこう言った。
「毎日をね、キラキラに過ごしたいね。便利な世の中は、それは素敵だろうさ」
そう語る彼女の目は輝いていた、と思う。そして彼女は私に自分の理想の世界を語った。
きっとこんな何にもない田舎の生活に飽き飽きしていたのだろう。私はそれをいつも話半分にしかきてなかったのだが、彼女は本気だったと思う。あらゆる全てが魔法によって無駄を省いた世界。それはもちろん非現実的であるとは思われたが、楽しそうに語る彼女を見ているだけでなんだか実現しそうだった。私はそんな彼女の夢見がちなところがとても好きだった。
大学に進学して二年ほど経った頃、玲子と久しぶりに会った。東京に行く用事があったためそのついで、ということだったが、その時に会った彼女は私の知っている彼女とは少し違っていた。
いつも会うたびに聞いていた前時代的なものに対する愚痴をほとんど言わなくなっていた。代わりに聞くのは東京がいかに素晴らしい場所か、ということ。交通網が発達し、様々な機械が活躍している中心都市はいかに便利か。どんなに便利か。私はそれを何度も何度も聞かされた。実際に私も東京に来て、如何に便利な場所かというのはひしひしと感じていたところはあった。
私は彼女にこう聞いた。
「ということは東京はあなたが理想としていた世界なの?とても便利じゃない。無駄なものなんて全く見当たらないし。毎日キラキラ過ごせているかしら?」
彼女の返した答えは、ノーだった。
「私はまだこんなものじゃ満足しないよ。もっともっと手作業や人力……つまり“無駄”なものを無くしていくべきである、と思うね。天下の東京はきっとこんな程度のものじゃあないさ」
そう言って彼女は、それでもとても満足しているかのような笑顔を見せた。
それから何年経っただろうか。あの日以来私は玲子に会っていなかった。就職先を東京にした私だったが、彼女にそのことを告げはしなかった。単純に仕事が忙しかっただけなのだが、なんとなく彼女が……玲子が以前のような貪欲さ、というか夢見がちなところをあまり見せなくなったのもひとつの理由なのかもしれない。地元にいた頃の彼女の語る夢物語は、私の想像をはるかに超えていた。その壮大なストーリーを私は楽しみにしていた。魔法なんて存在しないとはわかっていたのだが、それでも実現させてくれそうな彼女の勢いに私は惹かれていた……と思う。
かくして私は、玲子が行方不明になったことはつゆ知らず、仕事に明け暮れていたのだった。
彼女の消失の話を聞いてからは私も私なりの努力はした。以前彼女が住んでいたマンションに行ったり、彼女の実家に電話したり。偶然職場に彼女の大学の後輩がいたので話を聞いてみたり。それでも彼女の手がかりを得ることは叶わなかった。
心のどこかにひっかかりを抱えたまま、私は日々を過ごしていたのだった。
そんな時だ。彼女から”あれ”が届いたのは。
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