見出し画像

もう彼はここにいないけど、今も確かにあたたかい。

【 30代半ばだった頃 亡き友だちに
 思いをめぐらせた日のお話です 】


***


今日は次の新しい仕事に向けて
家のテーブルで作業中。
ゆるめの音楽を流し
あったかいラテを飲んだり
ときどきぼんやり
雨の風景を眺めながらの作業です。

ローズマリーの香りが
ふんわりと拡がるアロマポットからは
飾りのお月さまが澄ました顔で
こちらを見ています。

このアロマポット
私にとって大切な思い出がこめられた
特別なもの。

これはまだ私が20代の頃
同い年の男の子からもらったものなのです。
彼が病気で亡くなったあと
いつも穏やかで優しかった彼のお母さんが
渡してくださいました。

「あの子があなたに渡そうと用意していたみたい」
そう言って。

彼は私がまだ看護助手をしながら
(病院附属の)看護学校に通っていた頃
個室に入院してきた患者さんでした。

ベッドサイドに積まれていた
何冊かの村上春樹の本がきっかけとなり
いろんなことを話すようになりました。

(東京の大学に在学中だった彼は闘病中で
休学して地元に戻り、その病院に
入退院を繰り返していたのでした)

同い年だったし
本の趣味も合ったので
本を貸し借りしあったり
音楽の話しをしたり
当時遠距離恋愛中だった
私の彼氏(現夫)の話をしたり。
それから彼が気になっていた
きれいな看護師さんの話をしたり…。

青春の会話ですね笑
勉強と仕事の両立で多分
人生でいちばん忙しかった時期でしたが
彼と話すのはほんとうに楽しかった。

でも。
最後の入院をしてきたとき
私は看護学校の実習のため
数日間仕事を休んでいました。
久しぶりに病棟の仕事に戻ったら
いつもの個室に彼はいませんでした。

祈るような気持ちで
早朝お茶を入れながら
順番に病室をまわっていたら
ナースステーションにいちばん近い
「リカバリールーム」に
彼のネームプレートをみつけました。

部屋に入ると
意識不明の状態で
ついこの前話したときとは
全く違う顔をして眠っていました。

お茶をいれてまわるとき
自分で顔を洗えない患者さんの顔や手を
温かいおしぼりで拭くのも
そのときの仕事でしたが…

彼の顔を拭くとき
ぽろぽろ ぽろぽろ 
涙がとまらなかった。でも
『生きていてくれて本当によかった』
そう思いました。

それからしばらくして
静かに旅立っていきました。

彼は在学中 東京では
中央線沿いに住んでいたようでした。
なので当時
東京と(彼が入院していた)地方都市で
遠距離恋愛中だった私は
「じゃあいつか東京でも会おうね!
私の彼にも会ってね」
なんて話もしたりして。

電車でその近くを通り過ぎるとき
今でもときどき思い出します。

病院の近くを一緒に散歩していたときに
すれ違った
大きな黒い犬をつれて
仲良さそうに歩くご夫婦を見て

「あんなふうにいつか私もなっていたいなぁ」

ぼそっと私がつぶやいたら
にっこりこちらを向いて

「きっとそうなるよ。」

あのときの
彼の穏やかな笑顔とこの言葉が
お守りみたいに
今でもじんわり温かく
心を包んでくれています。

大きな黒い犬はいないけど…
ほんとうだね。
あのときの楽しそうなご夫婦みたいに
もしかしたら
今私はなっているのかもしれないね。


***

Tくん、私50代になったよ。
いろんなことがあったけど
でもきっと今会ってもまた
好きな本とか音楽の話をしちゃうだろうな。

あれからもずっとお月さまのアロマポット
大切に使い続けています。

この記事が参加している募集

眠れない夜に

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?