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ワンネコをたずねて①:トルコ東部への誘惑

「ワン湖急行Van Gölü Ekspresi:火曜日:10:55」

史料調査でアンカラを訪れたぼくの目に一番はじめにとまったのは駅の電光掲示板にあるこの文字であった。

2018年11月5日、イスタンブルでの研究に行き詰っていたぼくは、急遽、アンカラに行くことにした。アンカラは言うまでもなくトルコ共和国の首都であり、トルコの中央部に位置する都市である。目的は、ワクフ総局のワクフ研究センターでオスマン帝国時代の古文書を収集することとしていたが、なによりも気分転換をすることが最大の目的であった。当初、東部地域に行くことなど考えてもみなかった。しかし、駅で見てしまったのだ。この列車に乗れば、遠くに行けるのかと思うと、心の奥の何かがいてもたってもいられなくなる。アンカラ滞在が一週間であったので、その間に考えることとした(アンカラ滞在の話はまた別稿で)。

ワン(Van、ヴァンとも表記される)湖とはトルコで一番大きな湖である。名前のとおりワンという地域にあり、この地域はちょうどイランと国境を接している。まさに、トルコの東端である。トルコの東部というと、クルド人と呼ばれる人々が多く住む地域であり、たびたびクルド系「テロリスト」を掃討するべく、軍隊が作戦を展開している。このように少しきな臭いイメージが東部には付きまとう。しかし、この地域に行けば、僕らが普段住むトルコ西部とは全く異なる環境を見ることができるはずである。

さらに東部のなかでもワンは上述のように大きな湖に加えて、この地域にしか生息しないネコがいることでも有名なのである。ワンネコという。ワン湖(コ)なのにニャンコなのだ。ふわふわなまっしろな毛に、左右異なる色の瞳、鳴き声はもちろん「みゃ~」。じつは、ぼくはトルコに来て以来、ケディ・デリスィ(Kedi delisi)つまり、「ネコバカ」または「ネコ狂い」になってしまった。とにかく、この「伝説の」ネコを見に行くという目的ができたぼくは、東部に行くことを決めた。時期は11月も半ば。東部は相当に寒いはずだ。いまだ秋用の装いであったので、あらたに冬用コートと帽子を買いそろえた。11月11日9時、ぼくは特急の出発に合わせてアンカラ駅に向かった。

「ワン湖特急」は、毎週日曜日と火曜日の午前10時55分にアンカラ駅を出発して、ワン湖西岸の町タトワンに向けて25時間かけて走る。客席の種類は三つ、座席、寝台の相部屋、寝台の個室である。座席の場合だと47TLと格安であるが、ぼくはどうしても寝台列車の旅という浪漫と旅情あふれる体験をするべく、199TLの寝台個室のチケットを購入した。

寝台個室は十分な広さ。座席と引き出し式のテーブル、それに冷蔵庫に洗面所もある。快適である。おそらく座席の背もたれを落とすとベッドになるのであろう。しかし、カギがかかっていて下りない。それに気がつかずに無理に引っ張っていると、駅員さんがやってきて切符の確認、椅子の背もたれの鍵を外し、倒してベッドにしてくれた。おー。上部にもベッドがあり、最大二人、この部屋にいられる。

ベッドを上げたり、下げたりして遊んでいるうちに、列車は走り始めた。こうしてぼくの丸一日の列車の旅ははじまった。ぼくのテンションはグイグイグイグイと上がっている。その先に不安など一つもないのである。

さて、この僕の無計画な旅はどのような方向に向かうのだろう。少なくとも、恐れるものは何もない、的なこの状況は極めて危ない。さあ、どうなる、ぼく(つづく)

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